―意地っ張りの末路―
家の前に立ち、ゆっくり深呼吸をした。
俺の家にはシェアーズが居る。
そのことをしっかりと受け止め、
『…よし。』
ドアを開けた。
勿論「ただいま」なんて言わない。ただ同居人が増えただけで、普段となんら変わらないのだから。
雑に靴を脱ぎ捨て、すぐ目の前の右にある階段を上っていく。
そのかすかな足音に気づいたのか居間のふすまが開いた。
「きゃっ!?あ、明弥さん!?いつのまに帰ってきてたんですか?」
俺の階段を上る姿を見るなりビクっと体を動かして俺にそう言ってきた優芽。
『たった今』とだけ答えて階段を上ろうとすると、パタパタと階段のとこまで近づいてきた。
「あ、あの。明弥さんの分の朝食残ってるんで…その…夕飯どうですか?お味噌汁も温めてあ―」
『だから。朝も言っただろ。俺は食べない。』
「そ、そんな!明弥さん何も食べないんですか!?駄目です!本当に倒れちゃいますよ!!」
そう俺に訴えかける優芽の声を流しつつ、俺は階段を上りきって部屋に入った。
カバンを床に置いて制服からスウェットへと着替える。
ぼふっとベッドに座り込み、携帯を開くとメールが1件。
見てみると拓夢からで、明日の連絡事項が書かれていた。
ざっと流し読みして携帯を閉じる。
頭に入ったか入ってないか分からない状態でそのまま横たわった。
『…なに律儀に俺の分のご飯とってんだよ…』
まるで親みたいだなと考えて、ふっと鼻で笑った。
今年に入ってから親は一度も帰ってきてないし、かれこれ1年くらいは帰ってきてないんじゃないか。
グロリオーサ学園に入学したてのころは3ヶ月おきに帰ってきてたが二年になってからはパッタリとこなくなった。
もう良い歳なんだから大丈夫だと思っているんだろう。
実際、あんたがたの息子は毎日パンかコンビニ弁当しか食ってないし。
挙句の果てには見ず知らずの女の子3人と同居してるし。それも一度死んだ人だし。
こんな状況を知ったらどんな反応するんだろうか…
そう考えようとしてやめた。
別に知らせるつもりもないので無意味だ。
居間に行っても優芽が居るし、何もやることがない。
だとしたら出来ることは1つ。俺は掛け布団だけかぶり目覚ましをセットして寝た。
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―ジリリリリリリリリ。
バン!っと乱暴に目覚ましをとめる。
こんな止め方をしてるからすぐ目覚まし時計が壊れるんだろう。
目覚まし時計を止めてから、しばらく布団の中でもぞもぞと布団の余韻を楽しんでいると
「明弥さーん!朝ご飯できましたよー!明弥さーん!おきてますかー?」
…そんな能天気な声が聞こえてきた。
あんなに食べないと言ったのに。一度死んだら精神が図太くなるものなのか。
「明弥さーん?聞こえてますかー?もう朝ですよー!学校遅れちゃいますよー?」
それにしても図太すぎだ。繊細そうに見えるが強靭な精神の持ち主とみた。
それに起きれと言われるほど起きる気が失せるというものだ、これ人間あるあるだと思ってる。
あー。やっぱりベッドっていいなー。学校休もっかなー。
などと思いながらゴロゴロとベッドの上を転がってるとガチャリとドアが開き、
「明弥さん!!!朝です朝です!!!朝ですよー!!!」
俺の部屋に勢いよく入ってきた。
『…おい。』
「朝ですよー…って、や、やだ!明弥さん起きてるじゃないですか!だったら返事くらい―」
『じゃなくて!!もっと先に言うべきことがあるだろう!!!』
俺にそう言われた優芽は少し考えてから、「おはようございます」とアホっぽい笑顔を見せてきた。
『ちげえよ!!ノックだノック!!部屋に入るときはノックぐらいしろ!そして俺の許可を取ってから入れ!!』
今すぐ優芽を窓から放り投げたい気持ちを必死に押さえ込みつつ言うと、
何を思ったのか「わ、わかりました!」と返事をして部屋から出て行き―
―コンコン。
ノックをしだした。
…仕切りなおしってことなのか?
いや、仕切りなおしだとしても朝だし時間が―
「明弥さーん?入っていいですかー?」
そんな俺の気持ちなどおかまいなしに聞こえる優芽の声。
でも、こうして素直に聞き入れてくれるのは良いことだ。
『だめ』
―時と場合によるが。
制服に着替え、カバンを持ってドアを勢いよくあけると、
「ひゃわあ!!」という声と同時にバン!っとドアが何かにぶつかった音が聞こえたが気のせいだろう。
「ひ、ひどいですよ明弥さん…ちゃんと聞いたのに部屋に入れてくれないだなんて…いたた…」
『必ず許可するとは言ってないだろう。』
俺の言葉に何も返せないのか優芽は黙って俺のうしろをついてくる。
階段を降りて洗面所に向かうとそこには、
「うわ…。ごほんっ。おはようございます。」
「…?…明弥おにーちゃん…?おはよ。」
陽菜と結月の二人の先客が居た。
俺の顔を見るなり「うわ…」と本音をもらしたあと、すぐ咳払いをした陽菜だが正直いって逆効果だ。
っていうか俺にハッキリ聞こえたし。むしろ聞かせる気満々だっただろお前。
そんな悪意すら感じる陽菜とはうってかわって、結月からは善意しか感じない。
気配で分かるの、か顔を俺の方に向けて挨拶をしてきてくれる。
『ああ』とだけ答えたはいいものの…
『なあ。俺、学校行く準備しなきゃなんねえんだけど。』
堂々と洗面所の前で結月の髪をしばってる陽菜に、急いでることを主張するも虚しく。
陽菜は俺を一瞬見て…すぐ結月に視線を戻した。
…ここ俺の家だよな?
ついそんな当たり前のことでさえ疑問に感じた。恐るべし少女。
陽菜に髪の毛をポニーテールにしてもらった結月が、縛ってもらった部分を手で触って微笑む。
「終わりましたし、もう使っていいですよ。失礼しました。」
一方的にそう言って、結月の手を引き洗面所を出て行った。
『…はあ』
思わず深いため息が1つ口から出た。
シェアーズという存在が家に居るだけでも疲れるというのに。
それが一気に三人だ。ましてやみんな年齢はバラバラだし異性だし。
シェアーズじゃないとしてもこんな状況は疲れる。
洗面台の前に立ち、さっと顔を洗い、歯を磨き、居間へと向かう。
目指すは―――パンだ。
昨日は絵に描いたような朝食が並んでいた+拓夢の訪問もあったから食べれなかったが。
棚に入った食パンだ。あれならば優芽も手をつけていない。
あれにジャムをつけて食べれば立派な朝食じゃないか!ナイス俺!!アイラブ小麦!!
パンを食べる気満々で居間のふすまを開けるとそこには
「どうぞ。明弥さんの分はもう出来てますよ。」
―ハムエッグトーストがあった。
笑顔でそう俺に語りかける優芽はキッチンに立っていて、手にはフライパンを持っている。
きっとハムエッグトーストのエッグとなる部分を作っているんだろう。
そしてキッチンには食パンが入っていた袋が置かれていた。
食パンが入っていたんだ。確かに昨日までは入っていたんだ。
俺の唯一の食料だったパンが。優芽の手によって。ハムエッグトーストに。
「明弥さん?早く食べないと遅刻しちゃいますよ?」
そう言ってハムエッグトーストをまた1つ完成させる。
俺はその光景をしばし見つめたあと、ゆっくりとふすまを閉めて家を出た。
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「明弥?大丈夫?なんだか顔色悪いよ?」
『…ちょっとな…』
よっぽどヤバそうな顔をしてるのか知らんが、教室に入った俺の姿を見るなり拓夢が慌てて寄ってきた。
いつにも増して頭が働かないし、身体がだるい。
「あ、そうだ明弥。昨日僕が送ったメール見た?」
『ん?ああ、見たぞ。』
内容は覚えてないが、見たといえば見た。と心の中でつけたしておく。
「そっか。じゃあちゃんとタオル持ってきたんだね」
『当たり前だ。ちゃんと持ってきてー…え?タオル…?』
―目がくらみそうな強い日差し、無風で木の葉すら揺れない、真っ青な空。
『なるほどな…』
一時限目が行われるグラウンドに向かってる途中で、腕をおでこら辺にかざしてそう呟いた。
どうやら俺が昨日テキトーに流し読みした拓夢のメールの内容は重大だったらしい。
今日から体育は陸上で、しかも長距離だ。
なのでタオルを持参するように…と全開の授業で言われたらしいが俺が聞いてるわけもなく。
そんなことだろうと思い、拓夢は気をきかせてメールを送ってくれたらしいんだが…
「明弥…僕のタオル貸そうか…?」
『あー、いや、大丈夫だ。今日はそんな本気で走らない。暑いし」
タオルも持ってきてないし。
「それじゃ今日から長距離を走ってもらう!記録はもちろんとる!各自無理はしないように!」
そんな体育教師の言葉にちらほらと不満の声があがる。
天気が悪いのが嫌とはいっても、良すぎるのもまた問題だ。
だらだらと各自スタート地点につく。
「じゃあいくぞー!よーい…はじめっ!!」
スタートの合図で一斉に走り始める。
長距離はグラウンド6周と決まっているし、体力的にもマシな方なんだが。
正直この天気で6周はキツいものがある。
無理は禁物だと言い聞かせて、いつもよりペースを落として走ることにした。
グラウンド3周目にさしかかったところで、突然クラっと目眩がした。
軽い目眩だったのですぐに元通りになったし、気にせず走っていたら今度は吐き気が俺を襲った。
きっと胃が空っぽの状態で運動、ましてや長距離を走ったからだろう。
まるで胃がしめつけられているようで今にも吐きそうだ。
さすがに先生に事情を伝えて休んだほうがいいか…
そう思い足を止めようとした瞬間、
「おい!河野!大丈夫か!?おーい!保健委員だれだー!」
―意識が飛んだ。