―シェアーズだけの空間―
明弥視点ではなく全体視点です!
時間はさかのぼって朝の話になっています。
時計の長針はまもなく8時10分を示そうとしていた。
優芽はイスに座ったまま隣にある明弥の分の食事をただ見つめている。
「…どうして…なんでしょうか」
優芽には分からなかった。
何故そこまで明弥が自分達のことを嫌うのか。
確かに、突然現われた見知らぬ人に最初から優しく接しろというのは無理な話だ。
警戒するのが普通だが、明弥のはそれとはまた違う。
自分たちの存在そのものを嫌っているかのような―。
自分のことを嫌っているなら、仕方ないと引き下がれるかもしれない。
でも、そうではないから。きっと私が一度死んでいるから。
だからこそ何かモヤモヤとしたものが優芽の心にわだかまりを作る。
「優芽姉?どうしたの?食べないの?」
結月に食事を食べさせながら陽菜が尋ねる。
「あ…食べますよ。ちょっとぼーっとしちゃってました。美味しいですか?」
「うん。美味しい。ね?結月もそう思うよね」
「優芽おねーちゃんお料理上手。とっても美味しい…」
優芽は二人の「美味しい」という言葉を聞いて嬉しそうに微笑む。
だけど隣にある、何も手がつけられてない食事を見るとどうしても悲しい気持ちになってしまう。
本当は三人からその言葉を聞きたかった。
昨日会ったばかりなのにそんなことを思うのは変かもしれないが、朝起きて冷蔵庫の中を見て気づいたのだ。
全くといっていいほど食材がなく、まるで使ったことがないような綺麗なキッチン。
棚をあけると食パンしかなく、偏った食生活をしているのを表していた。
きっと男の人だから料理が難しいんだろう。
全くといっていいほど食材はなくとも、少しならある。味噌汁くらいは作れる。
何故か手がつけられてないタッパにつめられた漬物と、冷凍されている鮭もあった。
これだけあればきっと満足のいく朝食が出来るだろう。
これからお世話になる身としては何かしたい。
その一心で朝食を作った。
けれどもその気持ちは明弥には届かず―。
「悪いがお前らシェアーズが作ったものなど食べられない。」
その一言で跳ね返されてしまった。
「シェアーズの数はここ数ヶ月で一気に増え、今ではおおよそ100人もの―。」
突然そんな声が聞こえて顔を上げると、テレビ画面の中に居るニュースキャスターが淡々と記事を読み上げていた。
「ふーん。私たちのことシェアーズっていうんだ。変なの。」
そう言うと陽菜はカチカチとボタンを押して次々にチャンネルを変えていく。
こんな時間帯にやっているのは情報番組か通販番組くらいしかないので「つまんな。」の一言でプチッと電源を切った。
「なんか私たち人間じゃないみたい―。」
その言葉に結月が反応して顔だけを陽菜の方に向ける。
「…結月…人間じゃないの?」
そんな純粋な疑問を陽菜にぶつけると、陽菜は「なんでもないよ」と言って結月の頭を優しく撫でた。
「じゃあ私は後片付けをしますね。」
そう言って優芽は立ち上がり、自分の分と陽菜と結月の分の食器を手に持ち台所へと向かう。
水を出して手を濡らした途端にチクリとした痛みがはしる。
思わず「いたっ」と言って手を引っ込めると左手の親指からは血が出ていた。
さっきの痛みは水が傷口に沁みたからだ。
切った覚えはないのだが、きっと大根の皮を包丁でむいてる時に切ってしまったのだろう。
普段ならこんなことはしないのに…恥ずかしいな…。
そう思い水を止めて絆創膏はないかと探そうとして、ふと思いとどまった。
普段なら…?
自分の名前しか思い出せないのに何故そんな言葉が出てきたんだろう。
一度死んで、昨日ここに現われたのだからその「普段」が指し示すものは生前の自分のことに違いない。
そこまで優芽は考えたが何か思い出せるわけもなく、絆創膏探しを再開した。
「優芽姉。これどうすんの?どうせアイツ食べないと思うよ。」
サランラップを持って明弥の分の食事の前に立った陽菜が言う。
「そうですね…。一応ラップかけておいてください。もし帰ってきても食べなかったら私が食べますから。」
薬箱らしきものを見つけた優芽はそう答えて、中から絆創膏をとりだし左手の親指に貼った。
わずかに期待していた。明弥が料理を食べてくれることを。
その期待通りにいくかいかないか、それはまだ分からない。
食べてくれない可能性の方が高いのは分かっているのに。
絆創膏を貼った親指を少し見つめてから、薬箱を元あった場所に戻し食器洗いを再開した。
「あ!それと陽菜ちゃん。」
「ん?なに?優芽姉。」
「アイツ呼ばわりは…その…なんていうか、だ、だめだと思いますっ!」
自分なりの精一杯の迫力で陽菜に言ってみたが中々うまく決まらない。
どこかマヌケというか、なんとなくしまりがつかない。
そんな優芽の言葉に陽菜は何をいうでもなく黙っていた。
無言で優芽の言うことを拒絶している、そうとれる陽菜に結月が声をかけた。
「おねーちゃんも、おにーちゃんって呼んだら良いとおもう。」
「な…っ!結月。バカなこと言わないの。お姉ちゃんはそんなこと言わない。」
「…?どうして?だって、おにーちゃんなのに…」
「結月はそれで良いかもしれないけど…私は、そういうわけにはいかないから。」
陽菜が何でそんなことを言うのか理解できない結月は首をかしげていた。
陽菜は現在中学三年生の15歳で、妹の結月は小学二年生の8歳だ。
複雑な年頃の陽菜の気持ちが理解できないのも無理はないのだが―。
「結月ちゃん!それとってもいい考えです!陽菜ちゃんも明弥さんのことをお兄ちゃんって呼べばいいんです!!」
ほんわかした暖かい雰囲気をかもしだしながら優芽が笑顔で結月の意見に賛成する。
どうやらここにも陽菜の気持ちを理解できない者が一名。それも高校三年生の18歳。
やわらかなたれ目で陽菜に優しい眼差しを送るも陽菜のため息にかき消された。
「優芽姉まで…。アイツの態度が変わるまで、私は名前すら呼びたくないの。」
明弥の分の食事にラップをかけ終え、冷蔵庫にしまう。
食器を洗い終えた優芽が手を拭きながら「そうなんですか…」と残念そうに言葉を漏らした。
時計の長針は間もなく9時30分を示そうとしている。
特に何もすることがないので、陽菜と結月は昼寝をしに部屋にもどった。
居間に残った優芽は、テレビをつけてたまたま映った昼ドラを見ることにした。
キスシーンが出るたびに「ひゃあ!」と慌てて両手で目を隠すが、気になるのか指の隙間からチラチラ見ている。
そうこうしている間にドラマは終わり、ふと時計を見てみると時刻はもう15時になっていた。
そろそろ明弥さんが帰ってくるころでしょうか―。
そう思い優芽は味噌汁を温めなおすのだった。