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戀憐廻祈  作者: 空月
ただ、祈る
3/6

戀恋回帰



同じ思いは返せなくて、憎むことなんてできなくて。

ただ、傍に居ることしか、できなかった。それだけしか、できなかったのに。






 一面が、赤かった。

 私がこの世界に来る直前に見た夕焼けより、この世界で何度も見た血の色より。

 鮮やかで、そして残酷な、炎、が。


 部屋を――屋敷を、包んでいた。


 開かない扉を叩き続けた手が痛い。立ち込める煙と熱気でくらくらする。

 うまく動かない身体をどうにか動かして、扉を背に座り込んだ。


 どうしてこうなったのかは、知らない。気付いたら部屋は炎に包まれていて、鍵なんてないはずの扉は開かなかった。


 数日前に「少し遠いところに行ってくるよ」と言った彼は、多分まだ帰って来ていないんだろう。もし居るのなら、きっとここに来たはずだから。……自惚れじゃ、なく。


 炎の勢いが一番強いのは、窓の傍みたいだった。

 きっと、私を逃がさないためなんだろうと、思った。




 ――いつか、こんな日が来るだろうと思ってた。



 彼を狂わせた私を、誰かが裁く日が。

 いつかの日、死を覚悟して屋敷を襲撃したあの人みたいに、私がいなくなることを望む人はたくさんいたはずだから。


 私が、いなければ。

 彼は今も、いろんな人に囲まれて、笑って、幸せに日々を過ごしてた。

 敵は居ても、それ以上の味方に囲まれて、たくさんの人に慕われて。


 ――少なくとも、あんなふうに血に塗れるような人じゃ、なかったから。



 いつの間にか床に倒れ込んでたことに、ぼんやりとした意識の中で気付いた。火事の時は姿勢を低くするんだったっけ、なんて、懐かしい知識を思い出す。

 身体は動かないし、脱出できる可能性はほとんどない。そんな状態では、意味のない――死への時間を少しだけ延ばす効果しかないんだろう。


 ……死ぬのかな。


 視界にちらつく炎を見ながら、思う。

 きっと、私はここで死ぬんだろう。私が育った世界じゃない、ここで――ひとりで。



 『生きたい』とは、やっぱり思えなくて。

 『死にたくない』とも、やっぱり思えなかった。



 ――ただ、ひどく遠くに来てしまったと、思った。


 異なる世界。『私』を知る人は少なくて、血の繋がりのある人なんているはずもない。

 私はただ、彼の親切と好意によって、生きながらえていただけ。

 だからこれは、当然の終わりなのかもしれなかった。先延ばしされた、私の生の終着点。



 彼が帰るのは、いつだっただろう。今ここに居ないのなら、全てが終わるまで、かえってこなければいいと思った。


 もし、全てが終わる前に戻ってきたのなら、きっと彼は躊躇なく炎の中に飛び込んで、ここへ来ようとするだろうから。

 それがどんなに無謀なことで、たとえ私の生存が絶望的でも、きっと。


 だから、来ないでほしいと、思った。

 ――それは多分、祈りに近かった。


 罪だけ残して置いていくのか、と心の奥から声がする。

 それでも、これ以上彼から何も奪いたくなんてない。


 私がいなければ在ったはずの彼の全ては、私が奪ったようなものだから。


 意識が少しずつ薄れていく。幕が落ちるように。


 ……ごめんなさい。


 届かないことをわかっていて、心の中で呟いた。



 あなたが何を望んでいたのか、知っていて。

 あなたが何を恐れていたのか、知っていて。


 それでも。


 触れてあげられなくてごめんなさい。

 名前を呼んであげられなくて、ごめんなさい。


 最後の最後まで。

 あなたの望むように想えなくて、ごめんなさい。



 勢いを増していく炎が、私の全てを燃やし尽くしてくれることを、願った。

 私が居た証も、彼の私への想いも、全て。




 ――声、が。

 聞こえた、気がした。




 来なければいい。気付かなければいい。

 私は『帰った』のだと、彼が思ってくれればいい。


 ――そう、思った、のに。


 扉が大きな音を立てて壊された。そしてそこから飛び込むようにして入ってきたのは、彼で。


 ……やっぱり、私の願いはかなわないのだと、知った。



 炎のせいだけじゃない赤が、彼を染めていた。

 それが彼自身のものなのか、それ以外のものなのか――きっと、両方なんだろうと思った。


 床に伏せたままの私を見てくしゃりと顔を歪ませた彼は、大丈夫かとも、早く逃げようとも言わないで、ただ私の名前を呼んで。

 膝をついて、私の体を抱き寄せた。


 何もかもから守ろうとするかのように強い力で抱きしめる彼の背に、そっと触れる。

 ゆっくりと、首を振った。彼なら意図を汲んでくれるはずだから。


 少しだけ力を緩めて、体を離した彼は、だけど強く首を横に振った。――それは、明確な『拒否』だった。


「君を置いて、逃げるなんてできない。……できるわけ、ない」


 分かっていた。だけど、どうして、と思ってしまう。

 いくら彼でも、この炎にまかれれば死んでしまう。命を懸けられるような価値が、自分にあるのだとはどうしても思えなかった。


 だけど、彼はもう、覚悟してしまったんだろう。



 向けられた想いにも応えられない、彼を歪ませただけの、私のために。



 どこで、間違ったんだろう。

 何をすれば、この終わりを回避できたんだろう。

 ……今更、そんなことを考えても意味なんてないけれど。


 こんなふうに終わるために、出会ったのだとは思いたくなかった。



 この世界では、死んだ人は転生するのだという。

 前世も来世も、当然のように存在するものだと聞いた。


 私はこの世界の人じゃないけれど、ここで死ぬのならこの世界の法則に組み込まれるのだろうか。

 確実な来世というものが、私と彼にあるのなら。


 まるで、普通の。


 普通の、なんてことない、出会いをして。


 今度こそ、ちゃんと恋ができたらいい。


 噛み合わない想いを抱いて、ただ、傍にいるだけしかできないような関係じゃなくて。


 あたたかい気持ちを、ゆっくりと育てていけるような、恋を、したい。



 ……ああ、そろそろ限界みたいだ。

 私を抱えたまま微動だにしない彼に、笑いかける。ちゃんと笑えたかどうかは、分からなかった。

 視界ももうきかないから、彼がどんな顔をしているのかも分からない。ぽつりぽつりと落ちてくる雫が、泣いているのだと教えてくれるだけで。


 ――遠ざかる意識の中、唇だけでかたどった「ごめんなさい」と「ありがとう」に。

 彼が気付いただろうかと思ったのが、さいご。




(来てくれて嬉しいと、一瞬でも思ってしまってごめんなさい)

(さいごまで、ひとりにしないでくれて、ありがとう)

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