八話 俺は山羊座だから
「とりあえずさ、これどうするよ?」
「そりゃまあ、警察に連絡だろ。不審物だろう?」
机の上の金属球を前に尋ねる俺、ごく冷静に突き返す修。
思ったよりも夢がなかった。
「未知の金属か、レアアースの塊の可能性だってあるじゃん。」
「いや、どう考えてもこんな物が家の前にあったら爆弾だろ。」
不思議な光沢を放つ黒色の塊。
その黒にはうっすらと青が混ざっているように思える。
重さは鉄球を思わせるそれ。
実際の鉄球はもっと重いが、金属球と言われたら納得できる重さ。
しかし、爆弾だったら、確かに危ない。
俺達は素人だから何とも言えないが、警察に任せた方がいい話ではある。
・・・だが、俺はそんなに夢のない人間じゃない。
そもそも、落ちていた金属球が爆弾だなんて心配性だ。
捨てるのは、これが何か判明してからでもいいと思う。
修が帰ったら、とりあえずどこかに保管しておこう。
「しかし、妙な話だよな?」
「なにが。」
頬杖を突いて、修が玉をまじまじと見る。
「いや、お前これを電車に乗る前に見たんだろ?
でも、家の前にあったって事は青雲に付いて来ているんじゃ?」
神妙な顔をして俺を見つめる、整った青ぶち眼鏡。
修らしくもない。急に現実的じゃないことを言い出すなんて。
「んな訳ないだろ。誰かのいたずらで動かしたに決まってんだろ。」
「そうかなあ・・・。」
強くはねつけると、修は考え込んでしまった。
少しだけ、語勢を強くしてしまったことを後悔し始めた瞬間、
ドアを勢いよく開ける音。
「お兄ただいまーっ!!」
「はいはい、お疲れさん。」
そして、どたどたと帰ってくるなり俺に強く抱きつく結思。
胃液がリバースするくらい強く抱きしめられてしまった。
そんな結思の頬はかなり冷たかった。
「おお、弟くんじゃん。お帰り。」
「修くん!ただいまーっ!!」
今度は狙いを修に変えて疾走するミサイル。
修はキャッチできずに、後ろに転がった。
そんな様子を横目でため息をついて見やる。
二人は、そのまま転がっていってひそひそ話を始めた。
ただ、距離がそんなに遠くないので、単語の端々が聞こえてくる。
お祝い、プレゼント、ドッキリ。
そっか。もう明日になったか。
俺の誕生日は12月23日なのだ。祝日である。
もちろん、修以外に親しい奴がいないから、祝ってくれるのはこいつと結思だけだ。
学校に行く機会がないし。
こんなにクリスマスと近いのなら、普通は一緒にお祝いするかもしれない。
でも、それとは別にお祝いしてくれるのだ。
修は、明日俺の家に泊まる。
夕飯を一緒に食べて、お泊り会をしてくれるのだ。
どうしてこんな奴にと思うが、修だから納得だ。
彼は友人が多いけど、すごく大切にしてくれてるように思う。
そこまで考えたところで、時計に目をやる。
既に、時計は完全下校から一時間を指していた。
いくらなんでも、そろそろシロトが帰ってきてもいいはずだ。
電車で帰ると、一時間弱かかる。
完全下校と同時でも、もう着いているはずなんだけどな。
さては、あの外見だからよからぬ人に捕まったとか。
なんちゃって。
「お兄、この金属球はなに?タングステン?」
「タングステン?」
詮無き事を考えていたら、結思がテーブルの上を指差して言う。
知らない名前が出てきて困惑する。この弟やだ。
「結思、覚えたて?」
「うん、本を読んでたらあった。」
修がたしなめるように結思に話しかける。
なんだよ。俺以外みんな知ってるのかい。
疎外感を感じるな。
今度は、修が結思にこの金属球の説明、これまでの経緯を話した。
そのときだった。
「だーれだっ!!」
「うわああっ!?」
突然、後ろから頭を押し引かれ、急に倒された。
視界がぐるんと回って、目の前に細くて白いふくらはぎがあった。
上を向くと、憎たらしそうな表情のウサギがいた。
「ふっふっふー、あのときのお返しだよっ。」
「そこを動くなよ。人生を後悔させてやる。」
一気に戦闘態勢に入った俺とシロト。おかえり。
こっそり入ってきたのだろう。泥棒もびっくりの技で。
拮抗した状態が続くこと、少し。
シロトが不意に俺から視界を外した。
「あーっ!!」
すると、思い出したように大音声で叫びだした。
「やかまし。どうしたんだ。」
「そ、それって・・・。」
二人がそれを聞きつけて駆け寄ってくる。
シロトは震えた指先でそれを指すと、すぐに形相を変えた。
「すぐにそれを捨てて!出来るだけ遠くに!!」
「どうしたどうした。」
いきなりうろたえだしたシロトをなだめ、訳を聞いた。
どうやら、聞くと月で作られた不発弾だという。
地中に埋めると活性を失うとの事だった。
「近くに、裏山があるけど・・・。」
「じゃあ、すぐにそこに行こう、これを持って!」
突然の出来事だったが、俺達は言うとおりにした。
肌寒い中、四人で裏山につくと、土をスコップで掘って地中1mほどに埋めた。
土を掛け戻し、しっかりと固める。
そして、近くに「熊出没!」と看板とロープを張った。
修案である。
これって、何かの犯罪じゃないだろうか。
・・・ただ、どうして月の不発弾がここにあるのか。
そんな事は誰もが思っていたが、誰も訊かなかった。
修と途中で別れを告げ、三人で家に帰る。
「のね、・・・お兄の・・・」
すると、結思がまたひそひそ話をシロトに持ちかける。
「そっか!明日なのか!!」
「しーっ!!」
シロトが笑顔でそんな事を言うと、結思は慌てて彼の口を手で塞いだ。
「そっか、ごめん・・・。」
彼は目を白黒させてから、うなだれた。
そんな様子を横目で見ていると、
結思は笑顔でいかにもわざとらしく、手を振った。
「お兄、何でもないからね!」
もうだいぶ前にわかってんだけど。
まあ、そんないじらしさが、ちょっと面白かったし。
それに、嬉しくもあった。
ありがとう、みんな。
「んじゃ、俺はそろそろ寝る。」
「「あ、おやすみー!」」
ご飯をその後食べ終え、俺は布団を引いて、狸寝入りをはじめた。
しばらくしてからうっすら目を開けると、
結思とシロトは受話器をとって、ボタンをワンタッチした。
そんな様子が、たまらなくうれしいのだ。
つづけ