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月免戦相  作者: あおみど
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五話  吹雪の冷え込む夜闇

「悪いねー、突然泊めてもらうことになっちゃって・・・。

 親には連絡つけたから、その辺は心配しなくていいからな。」


バスタオルで濡れた頭を拭きながら、

今朝とは違う服で申し訳なさそうに言う修。


俺の服である。



「まあ、昔からのよしみだし、それは構わない。

 それに、一緒に勉強だってできるしな、結思?」


「うん!修くんが一緒なら、一兆倍楽しいよ!!」



満面の零れるような笑みで言う結思。



彼の笑顔になった背景には、四人で帰った瞬間降り出した吹雪にある。


家に寄らせて一緒に勉強しようと思ったのだが、

とても帰れない状況になってしまった。


ただ、インターネットで天気をチェックすると、

どうやら大雪はかなり狭い範囲で、この辺りだけのようだった。


にわか雪の一種なので、明日には止んでいると思う。



夕飯を食べ終えて、みんなで教材を用意している時だった。



たった一人、無言で食い入るようにテレビを見ていたシロトの姿が、目に留まる。


・・・ちょっといたずらしちゃえ。




後ろに、そっと忍び寄って、息を潜めて。



「・・・バイザウェイ(ところでさ)!!」

「ひわぁっ!?」



垂れた長い白耳を後ろから一瞬だけ引っ張った。

素っ頓狂な声を上げて、後ろにこてんと倒れたシロト。


掛け声に深い意味はない。驚かしたかっただけ。


「い、いきなりひどいよ・・・。」


軽いいたずらのつもりだったのに、

よほど驚いたのか彼の赤い澄んだ目には涙が溜まっていた。


「いや、ごめん、そこまで驚くとは思ってなくて・・・。」


「お兄、子供っぽい。」

「そーだそーだ。もっと言ってやれ結思。」


白けた様な冷たい視線を送る結思、笑顔で茶化す修。


三つ下の弟に子供っぽいって言われるなんて心外だ。

まあ、確かに結思はそんじょそこらの小学生よりもずっと大人びてるけど。



不意に修がすっくと立ち上がって、こちらに近寄ってきた。



何をするかくらい、こいつの幼馴染ならすぐに分かることだ。

正面に対峙し、お互いが動きを止める。


しかし、その拮抗は長くは続かなかった。



沈黙の一瞬を破ったのは、修だった。



「リグレット(後悔)!!」

「させるかあっ!!」


みぞおちを狙った地獄突きを、横に転がって間一髪でかわした。

しかし、転がった先には既に勝利の笑みを浮かべた修が回り込んでいた。


「しまっ・・・」

「年貢の納め時じゃあっ!」


その先に待ち受けていたのは、修の殺人コチョコチョだった。

身体を突き、抉り取るような、手数の多いそれは、俺を悶絶させるのに十分すぎた。


視界にちらっと映った結思は、ため息をついて更に呆れていた。


弟よ、お前はこういうものを見くびっている。

だが、食らってるほうはめちゃくちゃキツいんだからな。



笑いすぎて息が苦しくなってきたので、ギブと叫ぼうとしたそのときだった。


突然、修のコチョコチョの手が止まった。




「・・・暴走した用途不明の機械は現在も停止する気配は無く・・・」



不意に抑揚の少ない女性の声が耳に入ってくる。



既に部屋の中は静かになっていた。

見回すと、みんなの視線はある一方向に釘付けになっていた。


振り向くと、液晶画面に口を素早く動かすアナウンサーが見えた。

直後に画面が切り替わって、吹雪の中に見覚えのある暗い商店街が映った。


そこにはアームをめちゃくちゃに振り回す黒っぽい四足ロボットが映っていた。


既に雪は積もっていた。

街灯に照らされた雪の一部はへこんでいたり、赤く染まっていたりしていた。



画面の端には、ズタズタになったマフラーが落ちているのが映っていた。



また画面が切り替わり、アナウンサーが映る。



「・・・被害は増え続けており、現在死者は一人、重軽傷は十五人に及んでいます。

 被害が拡大する恐れがあります。付近の住民は注意して下さい。」



思わず、背筋がぞくりとした。

目の前の画面で淡々と告げられるその一言一言が、胸に突き刺さる。


そのニュースが終わると、次の番組が始まった。



明るくトークを始める画面の中。

凍りついたように誰も言葉を発しない居間。



既に誰もテレビなど見ていないが、消そうとする人はいなかった。


今テレビを消したら、本当の静寂が訪れる。

死んだように静かになるのは、火を見るより明らかだ。



たとえテレビを消したところで、

その静寂はあの画面の中にいたさっきの機械に破られるかも知れないのに。




結局、ほとんど会話を交わす事なく、四人で居間で雑魚寝をすることに決めた。

布団の間の隙間はほとんど無く、寄り添うようにして横になる。


電気を消すのもはばかられるほど、静かであった。



不意に、俺はあることを思い立った。



「・・・戸締り、確認してくる。」


もちろん、今まで鍵を掛け忘れていた事なんてない。

でも、確認せずにはいられなかった。



「お兄、一緒に行こう。」

「俺も行く。」

「ボクもいいかな?」


俺が立ち上がると、皆立ち上がった。

たかが、鍵がかかっているのか確認する。それだけなのに。


不思議と、笑えなかった。



「良かった。掛かっていた。」


ため息のように、鍵を見た瞬間、自然に漏れた言葉。



「そ、そうだよ、お兄たまに掛け忘れるもんね、鍵!」


それに被せるようにして、声を張る結思。

その声が上ずっていたのは、きっと逆効果だったろう。



あの後会話が無いまま四人で居間に戻り、布団に潜り込む。



硬直したまぶたを閉じようとしたとしたその瞬間、

俺の寝巻の裾を握った小さな手があった。


結思だ。



俺がその手をそっと握ると、小さな手は力を緩めた。


・・・しばらくすると、横から静かな寝息が聞こえてきた。



大丈夫だ、俺がいる。

もう、お前に辛い思いなんて、絶対にさせるもんか。



そんな事を心に誓い、俺はゆっくりとまぶたを落とした。








吹雪く外の銀世界は、死んだように静かだった。




つづけ

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