三話 長男、次男、三雄
ある雪の朝、俺はウサギを拾った。
そのウサギは喋って、人間になった。
名はシロトというらしい。
実は、月から観光に来たという。
口が裂けても他人には言えまい。
保健所の前に、病院を紹介されてしまう。
でも、確かにそのウサギは理知的で、人間らしかった。
変身した後、三人でシチューを食べていたときのことだった。
「お兄、今日はどうだった?遅刻したんでしょ?」
「ああ、中々大変だった。立たされるわ、職員室呼び出されるわ・・・。
いいよなお前らは。俺も今日は休みたかった。」
「お兄あれでしょ、どうせ間に合わないと見て吹っ切れて、
歩いてたら大遅刻したっていう感じだよね?」
「ぐっ、なぜそれを。」
二人で何気ないいつもの会話。結思は相変わらず鋭かった。
一応シロトもシチューの余りを一緒に食べている。
三人で机を囲み、話しながら食事。
この光景が、彼の目には異様に映ったのだろう。
話が一段落するのを見計らったように、少年はその小さな口を開いた。
「・・・ねえ、セノンのお父さんとお母さんは?」
朗らかな口調のその言葉は俺のスプーンを止めた。
それと同時に、隣から乾いた金属音が耳を突いた。
一瞬、本当に一瞬だったのだろうが、彼が気付くには十分すぎる長さだった。
結思はすぐに我に返って、机に落としたスプーンを拾い上げた。
シロトは酷く狼狽しながら、交互に俺と結思に目をやった。
「二人とも、交通事故で死んだ。二年前にな。」
本当は、さらりと言うべき事だったのかもしれない。
もう過去のことだし、重々しく言った所で二人が帰ってくる訳でもないのに。
訪れる、しばしの静寂。
これがたまらなく嫌だった。
シロトは垂れた耳をより落として、瞳を濁らせていた。
「まあ、なんだ。それよりも、俺達そろそろテストだな。
結思、しっかりと勉強はしたのか?小学生トップだろ?」
間を詰めるようにして、何でもなかった風に言う。
現に、そろそろテストなのだから話題としては間違っていない。
「あ、うん。お兄こそ、数学強いんだから頑張ってよ?」
「まあな。クラスで5番に入れればいいかな。400点取れれば大丈夫だ。」
・・・よし、空気が戻った。
結思も、かなり乗り気だ。
一方、シロトはそんな会話を、ますます疑問符を大きくして聞いていた。
「あれ、二人とも学年が違うんだよね・・・?」
そんな彼の疑問も無理はなかった。
地球、日本の事情を相当勉強してきたのかもしれないが、
俺の学校は他と比べるとちょっと変わっている。
「俺達の学校は、小中高一貫校。で、テストは全学年問題が共通なんだ。
学校、学年ごと、クラスごとに上位はランキングが張り出される。」
「え、どういうこと?詳細を教えて!」
身を乗り出して、目を輝かせながら尋ねるシロト。
確かに、それだけ聞くとかなり不可解なシステムだと思われるだろう。
シロトに軽く説明することにした。
そう、俺達の学校は、変わった教育方針なのだ。
まずテストの際に各教科、スタンプを押された専用ノートが一冊配られる。
つまり、これが解答用紙の代わりを果たすのだ。
そして、その後に辞書ほどの分厚い専用テキストが配られる。これが問題用紙。
あとは、そのノートにどの問題番号かを書いて、解答を書く。時間は各教科60分。
ノートを集めて、中に点数を書かれて後日返される。
このテスト、実は何を持ち込んでもいいのだ。
教科書だろうと、電子辞書だろうと一向に構わないのだ。
ただし、電波を遮断する装置があるのでスマホは不可。
教科も特殊だ。
数学、国語、理科、社会、英語、常識、哲学の七科目で審査する。
このうち、体育や美術などの実技は常識に属する。
70000点満点で合計を出して、評価。
それが俺達の学校のテストだ。
一応、満点は各教科10000点なのだが、辞書ほどの問題量を全て解いたときの場合。
現実的には、出来そうなのを目次から探し、ひたすら解いていく。
数学なら、簡単な計算問題は配点が低く、1、2点とか5点とかがほとんど。
逆にパズル系の超難問は一問800点の物がある。(学校で正解者がたまに出る)
要するに、持ち込み教材で解けるような問題は配点が低いのだ。
だから、小中高で同じテストをやっても公平に審査できる。
そのテストが、今週末に行われるのだ。
そんな話をシロトにすると、彼はその大きな赤い瞳をより一層輝かせた。
「おもしろそうだね!!よし、ボクもその学校に入るよ!」
そんな突拍子も無い発言と一緒に。
「えっ、ほんとう!?」
結思は素っ頓狂な声を上げた。その声は、弾んでいた。
俺は思わず唖然としてしまったが、彼は本気だった。
気を取り直して、彼をたしなめよう。
「あのさ、入学には色々な手続きがあるんだよ?」
「んっふっふー・・・月の科学力をなめんなよ?」
どや顔で腕を組む様子が、どうにも腹が立つ。
そもそも、入学手続きが科学の力でどうにかなってたまるか。
「まあ、見ててよ。明日、ボクは二人についてくからね。」
「シロト君も俺達の学校くるの!?わーい、やったやた!」
すでにハイタッチをしている二人をよそに、俺は思い切りアウェーだった。
俺はシチューの最後の一口を飲み終え、台所に行って食器を下げた。
長々と説明していたせいか、俺は食べ終わりが一番遅くなった。
「あれ・・・。」
台所から今に戻ると、二人は仲良くじゃれあっていた。
耳を引っ張ったり、押し倒したり、プロレス技もどきをかけたり。
その様子を目の当たりにして、ふっと口から息が漏れてしまった。
家族がひとり、増えたみたいだなって。
二年前の事故以来、心の底から笑う結思は久しぶりに見た。
もしかしたら、結思はずっと寂しかったのかもしれない。
英単語帳をポケットから引っ張り出して、
食後のお茶を飲みながらその様子を眺めることにした。
幾分か読み進めると、不意に静かになっていた事に気付いた。
単語帳から目を離すと、ハの字に寝ていた二人の姿が目に入った。
また、小さなため息が口から漏れてしまった。
風邪を引かれても困るから、俺は二階から毛布を持ってきた。
そして、起こさないようにそっと二人に掛けた。
また椅子に戻り、明かりを手元のスタンドライトだけにして、単語帳を開いた。
仄暗い明かりは、温かく手元を照らしていた。
つづけ