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月免戦相  作者: あおみど
3/18

二話  月からのホームステイ

「結思、ウサギ生きてる?」

「うん、すごく元気だよ!」


急ぎ足で帰ってからの最初の会話はこんな感じだった。


雪は学校から帰るときには、嘘みたいに止んでいた。


弟、高空たかそら 結思ゆうし はもう夕飯の準備をしていた。



二年前、両親は交通事故で他界。

俺、青雲せのんと結思は助かったのだ。

今は親戚の仕送りで、二人だけで生活をしている。


料理はてんでダメな中学三年生の俺に代わって、

まだ小学六年生の結思は色々な家事をこなすようになった。


そんな結思が、ウサギの世話一つできない訳がない。


「結思、お昼は何あげたの?」

「唐揚げ、なかなか食べてくれなくて…」


「いや、ウサギ腹壊すぞ!?」


学校で理科を習っているのだろうか。

ウサギは草食系ということを、知らないのか。



「で、結局にんじんあげたらおいしそうに食べたよ。」

「そうか・・・それならいいんだよ。」



俺はウサギに詳しいわけではないけれども、

にんじんがウサギの身体にいいことはなんとなく分かる。




「・・・で、ウサギはどこでどうしてる?」


「とりあえず、虫かごに入れておいたけど・・・。居間にいるよ。」



まあ、そりゃそうだな。

よかった、ポリ袋とかじゃなくて・・・。



俺の弟は、中々トンチンカンだから、もっと大変なことになっているかと思った。





安堵して居間をのぞきこむと、机の上にぽんと虫かごが置いてあった。

口が半開きになってしまった。



問題は、容積。




ガラス蓋からわかる惨状。

中にはギチギチに白いものが詰まってた。



「うおい!!これコオロギ用のやつじゃねえか!」



言うが早いか、蓋を開けて、中身を机の上に転がす。

・・・ごろりと出てきたのは、ぐったりとした白い毛玉のようなウサギ。



・・・腹が動いてるから、まだ生きてる。セーフだ。



俺としたことが、油断していた。

普通虫かごといえば、カブトムシを入れるあれを想像するだろう。


しかし、これは違う。





「・・・だめー?」


やっと夕飯の準備を終えた結思が駆けつけた。


「だめ。結思、去年カブトムシ飼ったあれを持ってきて。」




「・・・土は?」

「入れんでいい。」



弟が部屋から出て、やっと一息つくと、俺はウサギをじっと見つめた。



垂れたふわふわの白い長耳。

鈴を張ったような赤い瞳。


見れば見るほど、なかなか可愛かった。



「名前、どうしようかな・・・。」



そんな事をつぶやくと、不意にウサギは耳をピクリと動かした。




「・・・お兄、これでいいよね?」


少しの間を置いて、戻ってきた結思が机に大きな虫かごを置く。

この大きさなら安心だし、綺麗にしてある。


「上出来。それよりもさ、この子の名前どうする?」



俺は向き直って、笑顔で結思に問い掛ける。

結思は少し考えると、顔をぱっと明るくした。


「んー・・・ウサ男!!」


ウサギは机に耳をパタパタと打ち付けだした。

不満なのだろうか。


「いや、女の子かもしれんぞ。」


「じゃあ、ウサ美!!」


ウサギは尚もパタパタを強めて抗議する。

一体、何が不満だというんだ・・・。


「じゃあ、ウサっぴなんてどうだ?男の子でも女の子でも大丈夫!」

「おおー!お兄天才!!」


弟がにわかに拍手を送ったその時、ウサギは思い切りパシッと机を叩いた。


「ウサから離れてよ!!」

「あ、そうだよね、ごめん・・・。」


ウサギに一喝されて、しゅんとなる俺と結思。



・・・そして、次の瞬間に激しい違和感が襲ってきた。


あれ・・・?

ウサギから・・・声がした。


澄んだ、高めの少年の声。

結思とは、また違った声質だ。



・・・ということは。


結思と、顔を見合わせること数秒。


ウサギに視線を戻すと、ウサギは寝たふりをしていた。



「おい!このウサギにスピーカーが取り付けられてるぞ!!」

「お兄、ウサギが喋ったんじゃないの!?」

「ウサギは喋らん!根拠は以上!」

「夢を持ってよお兄!ウサギは喋るよ!」


俺たちの言い合いをよそに、

ウサギはその隙に机から下りて、脱兎の如く駆け出した。



「あっ・・・台所だ!」



弟がそう叫んで、台所の方に走っていった。

俺も、それに続く。



・・・格闘すること数分、あえなくウサギは捕まった。



逃げられないように、今度はウサギを台所の高机に乗せた。



そして、ウサギに尋問タイム。


「・・・お前はウサギか?」

「・・・。」


ウサギ、答えず。


「・・・にんじんはおいしかったか?」

「・・・。」


ウサギ、答えず。


「・・・ウサ男、そろそろご飯だぞ。」

「ウサ男じゃな・・・うん、んん。」


ウサギ、喋ったが、痰を切る仕草でその場をごまかす。

そもそも、喋るのと一緒に口が動いている。


ますます、おもしろい。


「・・・りんご。」

「・・・ゴリラ。」


結思と顔を見合わせる。

・・・こいつ、しりとりできるぞ。


しかも、ゴリラを知っている。

・・・これは面白い。


というか、確実に吹っ切れている。



「らっぱ。」

「パセリ。」


「えー・・・リゾット。」

「鳥。」


「えっと・・・リーフレット。」

「とっくり。」


「・・・理解!」

「遺品整理。」


・・・おい、こいつ地味に強いぞ。全部「り」で返してくる。

しかも、恐ろしいことに即答してくる。


それ以前に、どうして遺品整理を知っているんだろうか。


り・・・り・・・。


「りんごジュース!」

「それ反則だよ。」


・・・うわ。ウサギにしりとりで負けた。


「お兄、人間の恥だよこれは!!」

「・・・いや、これはきっと、誰も勝てないよ。」


弟がものすごく辛辣だった。

というか、このウサギ、只者ではなかった。


どういうわけか、ウサギは誇らしげに目を細めて鼻をひくひくさせていた。



・・・改めて、そのウサギを見据えて尋ねる。



「・・・さて、お前は何者だ?」



ウサギは、ゆっくりと目を閉じた。



「・・・じゃあ、もう少し広いところへボクを連れて行って。」



少しの間、俺は結思と顔を見合わせた。

そして、二階のベッドの上に連れて行くことにした。




「・・・少し、離れて欲しいな。」


ウサギはベッドの上から指示を飛ばす。

言われたとおりに、俺と結思は離れる。



ウサギは、身体を縮めて、力を溜めるような動作に入った。



そして、一気に飛び上がり、一瞬、強い光に包まれた。

余りの光の量に思わず目をつぶってしまったが、すぐに目を開けた。



・・・そこには、さっきのウサギの姿はなかった。



そのかわり、ウサギがいたところにはアヒル座りの小柄な少年。


薄桃色の髪の毛。紅の瞳。白いニット帽からは白い長い垂れ耳が二つ。

上半身はレインコートを髣髴とさせる、長袖の真っ白な外套。

下半身は、もこもこの白の毛糸のような短パンに、白のハイソックス。

その間のすらりとした足は服ほどではないが、肌色みを残した白だった。

腰には、白いポーチ。反対側には、ポンポンのような小さな丸い尻尾。


中性的な容姿だったが、少年のそれである。



目の前で起こった事が、半ば信じられずにいた。

頭が追いついていないのだ。


拾ったウサギが喋って、少年になって。



頭がくらくらしているみたいだった。


少年は、音も立てずにベッドから飛び降りた。


そして、立ち上がるとこちらに近寄ってきた。

少年の耳を含めない身長は俺の鼻先ほどだった。



「・・・ボクの名前はシロト。月から観光に来たんだ。

 ねね、しばらくこの家に居候して大丈夫かな・・・?」



少年、もといシロトは笑顔でこちらの手を握ってきた。

その手は小さくて、色白で、少しだけ温かかった。



「うん!いいよ!俺の名前は結思っていうの!

 シロト君だっけ?よろしくね!月からなんてすごいね!

 うちはお父さんとお母さんがいないから大丈夫だよ!」


呆然としている俺に代わって、結思はシロトの肩を叩いて負けじと笑顔で言う。



「おっ、俺は青雲っていうんだ!よろしく、シロト!」


・・・その言葉で我に返った俺は、慌てて返事をした。


最初のほうは声が裏返ってしまったが、後半は落ち着きを取り戻すことができた。



「あははっ、疑わないんだね。うん・・・嬉しいよ、ありがとう!

 これからよろしくね、セノン、ユウシ!」


シロトはくすっと笑ってから、それだけ言った。





自分の手は、まだ震えていた。




つづけ

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