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月免戦相  作者: あおみど
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十六話 ほめられる喜び

さっきまで順調に雪の解けた、硬いコンクリートを踏みしめていた足取りは、

既に、まるで重石でも張り付いたかのように重く、遅くなっていた。


ひとつの不安が頭をもたげてきたからだ。


これから家に帰って、学校の準備をして、遅刻という形で出席。

そのまま、何事もなかったように学校生活を終えればよいのだ。


しかし、学校に行ったからといって、彼らが帰っているわけではない。

その確率は非常に低いと信じたいが、捨てきるにはあまりにも大きすぎる、ある事象。


俺の隣の椅子、同じ長机にだれもいない事だ。


あの夜に、三人が生きて帰っているなんて、誰も決めてなんかいない。

それに、画材さんの推測にすぎないのだが、彼らは戦いに出たのだ。


月と戦っている以上、彼らに命の保証なんてない。


早く、学校に行かなくちゃ。

でも、行きたくない気持ちもあった。怖かったのだ。



冷たい手に背中を押されるかのように、俺は走り出した。






病院を出てから一時間ほどで、教室の戸の前に辿り着くと、死んだように静かだった。

ただ、中に人がいるような気配はあった。


しかし、明らかに様子がおかしい。


こんなにも静かだったろうか。

周りの教室は移動でいないようで、廊下は静寂に包まれていた。



嫌な予感は、いよいよ絶頂に達しようとしていた。


最悪の出来事、それが頭にリフレインして、止まらない。

黙祷という可能性が、確信になってくる。


いてもたってもいられなかったが、戸に掛けた手が、硬く冷たく動かない。


開いたら、現実が、現実が。


見たくもない考えたくもない現実が。


嫌だ。



嫌だけど・・・勘違いであってほしい。



目をぎうと閉じて、扉をゆっくりと空ける。

今目を開いたら、たくさんのしずくがこぼれてしまいそうで。





そっと薄目を開くと、目の前に人影はなかった。


あれ・・・?



「あれ、青雲か、どうした?」


聞こえてくる聞きなれた先生の太めの声。

完全に目を開くと、思わず涙は引いた。


教室の端で一人冊子の上、赤ペンを持つ手を止めてこちらを見つめるいかつい顔。


手には、火のついたタバコ。なぜか鉛筆持ち。


いつも黒ジャージに赤マントのオールバックの髪型、彫りの深い顔立ち、

それが俺たちの担任の先生なのだが。


彼は「あお 紀夫のりお」と言った。生徒からはアオノリと呼ばれている。



ちなみに担当は古典。中学主任である。

そんな先生の手元には、普段の彼からは見慣れぬそれが握られていた。


「遅刻・・・です。」

「そうか、彼らは入院と言ったが、もう退院したのか。」


それを聞いた俺は、弾かれたように教師用の机に走り出した。


「彼ら・・・ってまさか、シロトと修ですよね!?無事なんですよね!?」

「ああ、二人とも元気だな。にしてもお前がうろたえるなんて珍しいな。どうした?」


食らいつくように尋ねる俺を軽く笑いながら見据えるアオノリ。


「いえ、なんでも・・・」


ほうと深いため息が、口からもれた。

顔が熱くなって、胸がじーんとした。


二人とも、生きていたんだ。無事だったんだ。



もう、それだけでよかった。あとは何も要らなかったのだから。

修か結思がいなくなっていたら、その場で自殺も考えると思う。


よかった。本当に、よかった。


少しだけ心に余裕ができると、ごくごく小さな疑問も、頭に湧いてくる。


「アオノリ先生、タバコ吸ってましたっけ?」

「あ?これか?今日初めて吸うんだが、味は悪くないが、煙がきつい・・・」


いったい何で吸ってるんだ。ティーンエイジャーか。


「一体何でそんな冒険をしたんですか・・・」


俺が呆れ気味にアオノリに尋ねると、彼は苦笑いを浮かべた。


「いや、最近すごくかっこいい映画を見てな・・・」


彼はすごく純粋だった。

奇抜な恰好からも想像がついていたが、やはりそうだった。


というか、その少年のような心を大切にしてほしいと思った。


「というか、今第四体育館でバスケだが、体調は大丈夫なのか?」

「ああはい、大丈夫ですよ。すぐに行きます。」


持っているかばんに目をやると、ある事に気がついた。


運動着・・・忘れた・・・。


体育の先生めちゃくちゃ怖いからなあ・・・怒られるんだろうな。


「お、その顔は運動着を忘れたな?」

「あ・・・わかりますか、やっぱり。」


「俺のを貸してやろうか?この色は貸せないがな。」

「本当ですか!?」


顔で人は判断できない。アオノリ先生は、存在するだけでそれを如実に物語っている。




「・・・で、そのジャージか。爆笑だわ。」

「見るな。目を閉じて、一生開くな。」


「セノンの先生、おもしろいね!!この虎柄もすごい!」


体育館で座りながら、別チームのバスケの試合を見ていながらの会話。

不定期交代で、今休憩中。


途中からきた俺は、シロトと修のチームに入れてもらうことにしたのだ。

虎柄は、いろいろ目を引く色だった。


少なくとも、青集団の中ではよく目立っていた。


アオノリこのやろう。



寒いのにシロトは相変わらずというか、長袖半ズボンだった。

おそらく、この恰好が一番好きなのだろうか。


だけど。



「あの子、すっげえ俺好みなんだけど・・・脚やばくね?」


遠くから、囁くような小さな声。

聞こえてきた方向をちらと見ると、休憩中の他のクラスの男子だった。


熱のこもった視線が、俺のすぐ横に注がれているのがわかった。

俺に向けられていないのに、その男子の言い方の下衆さに吐き気がしそうだった。


確かに、長袖半ズボンで、足を揃えて座るシロトの仕草は明らかに女の子のそれだった。

顔立ちも加味すると、男だと言っても信じてもらえないに違いない。


俺が体育館に入り、しばらくしてみると、

なるほど俺に注がれていた好奇な視線は外れ、ほとんどがシロトに行っていた。


大声で彼が男だと叫んだら、冗談抜きで殺されかねない勢いで見ている者もいた。

男子と女子が混合で試合をやっているだけに、なおさら見分けがつかないのだろう。


まあ、万が一シロトに何かがあっても、俺は知らない。

それはこいつのせいであって、俺には関係ない。


小さくため息をつくと、俺はシロトに話しかけた。


「なあ、昨日の夜、何があったんだ。」

「うん、ちょっと月が小手調べの部隊を送ってきたの。大したことはなかったよ。」


シロトは何事もなさげに答えた。


「でもね、ちょっと面白い事をしたから、詳しい経緯は後で教えるね。もうすぐ時間だし。」

「はあ・・・。」


面白い事・・・?


首を傾げたその瞬間、ブザーが大音量で鳴り響く。


液晶のタイムカウンターが、二十秒を指した。

おそらく、この間にゼッケンをつけろとのことだ。


修からゼッケンを受け取り、素早くつける。


チームは俺を除く五人。そのうち二人は知り合い。

修以外に親しいヤツがいない俺にとって、心強かった。


もう一度ブザーが鳴って、ジャンプボールの合図。


バスケ部の審判がボールを持った。

敵チームの人が準備が整う。


「じゃあ、ボクがいくよ!」


シロトが笑顔で手を挙げて相手の反対側に回り込む。



審判が笛を吹くと、ボールが高く上げられた。

そして、ボールと一緒にジャンプした奴がいた。


ボールと一緒に上昇した薄桃色の髪の少年は、ボールの最高高度の地点で、それをはたき落した。


「セノン!」

「えっ・・・。」


全員が唖然としていた。俺もだったが、すぐに我に返り、ボールを受け取る。

そして、ドリブルを駆使して、三人抜き、相手ゴールに近づき、修にパス。


「あのしまじろうを全力でマークしろ!」


おい、誰がしまじろうだ。こら。


修がシュート。入らない。


リバウンドを素早く奪いレイアップを決めると、

ぽすっと小さな音がして、ボールがゴールに吸い込まれた。


拍手。やっぱりなという視線。あっけにとられる敵チーム。ざまあ。

シロトと修にハイタッチ。


そんな調子で、俺は計7本シュートを決めた。

それと、シロトが全体的に挙動がおかしかった。


まず、相手シュートはほとんど弾く。

ロングパスも、横っ跳びで奪い取る。


シュートこそ打たなかったが、ある意味彼の独擅場だった。

そして、時間も三十秒を切った時、ゴールを決められた直後。


笛の音、シロトがボールを両手で床に斜めに叩きつける。


素早くボールを奪い取り、ドリブルで二人ほど抜く。


「修っ!!」


ゴールの前に来ると数人が立ちふさがり、壁ができたので後ろに回す。


しかし、修はボールを取り損ね、相手にわたってしまった。

他の生徒が頑張って奪い返そうとするが、取れない。


動きからして、相手はどう見てもバスケ部か、経験者。

敵はスリーポイントゾーンの外から、かがんでシュートを放つ。


ああ、これは入ったな。


きれいな放物線を描いたボールは・・・入る直前に空中で何かに弾かれた。

高く跳んだシロトだった。


も、もう驚かないからな。なんだこいつ。



そしてシロトは、はたき落したボールを素早く奪い、

センターラインまでドリブルすると、膝を大きく曲げた。


おい、まさか・・・ここから放つ気か・・・?

10mはあるんだぞ・・・?


そしてシロトは、膝を伸ばして・・・跳んだ。



少年は大きく放物線を描き、その曲線は、頂点に達した。


ブザーが同時に鳴り響いた。



シロトはボールを持ったまま、水泳の高飛び込みのような姿勢で、

ボールごと、頭からゴールに飛び込んだ。


もう、何が起きてるのか、わからなかった。



そのままシロトは体を空中でひねり、ボールを持ったまま、片手を突いて着地した。



着地する、スタンという音以外には、何も聞こえてこなかった。


しばしの静寂の後、拍手喝采の嵐。

皆がシロトに駆け寄って、賞賛やら質問やらを投げる。


シロトはそのあとしばらく、両手を頬に当てながら、デレデレしていた。



なんだこいつ。



試合が終わって教室に戻って、お昼の時間、

シロトはずっとはちきれんばかりの笑顔で、ボク、ほめられたんだって連呼していた。


どれだけ嬉しかったんだよお前は。幼稚園児か。



・・・でも、ほめられただけであんなに、喜べるのかな。



ひょっとして・・・



いや、今はそんな邪推はやめよう。

それよりも、例の話を聞かなくてはならない。



「なあ、シロト、体育の時言ってた面白い事って?」


「えっ、ヒーローのボクに何か用かなっ!?」


頬にご飯粒を付けたシロトに尋ねると、調子に乗っていたことが分かった。

こんな間抜けなヒーローがいてたまるか。


「修化してないで、話してくれ。」

「何で俺を引き合いに出した今!?」


だって、常に調子に乗ってるから。



少しするとシロトは落ち着いたようで、箸を休めて、こちらを見た。


「うん、実は昨日、新しい指令が入ってきてね・・・」



いつになく、神妙な表情だった。



つづけ

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