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月免戦相  作者: あおみど
16/18

十五話 お医者さんは患者

目を覚ますと、既に病室の中は温かい光で包まれていた。

蛍光灯は消えていて、窓からは明るい斜光が差し込む。


軽く伸びをすると、横を振り向く。


視線の先には、几帳面に畳まれた布団と、真っ白なシーツ。



時計に目をやると、文字盤は朝の九時を指していた。

面会時間まで、あと一時間ほどである。


枕元には、彼女からもらった本。


もう一度、読んでみようかな。



そんな事を頭に浮かべた瞬間、ガラッと音を立てて、病室の戸が開けられた。

音のした方に目をやると、白衣の青年が黒いファイルを持って立っていた。


ストレートの目を隠す程度の長さの黒髪。

すらりと背が高く、整った顔立ちだが、どこか冷めているような細い印象の目。


年齢は、二十代後半だろうか。

もう少し年はとっているだろうが、若く見えてしまう。



「どうだ。具合は。」


ぶっきらぼうに言い放つその青年は、こちらを見ずに椅子を出して、そこに座った。


「ああはい、おかげさまで痛みもなく・・・」


苦笑いで、取り繕うように言いかけた、その瞬間だった。



「そうか。じゃあ手術だ。」



・・・今、じゃあ手術って聞こえたような。

いや、気のせいだ。シーツっていう単語と聞き間違えたのだろう。


じゃあシーツだ。


意味がわからない。


まったく、このお医者さん、若いからすごくおちゃめだなあ。あはは。



「ああ、あったあった。」


そんな動揺する気持ちを抑える俺を一切無視して、

病室の引き出しをガチャガチャやりだすお医者さん。


そして、間髪入れずに目の前に銀色の光るものを突き出した。



「ひっ・・・!」


って・・・メスじゃん!何してんだこの人。



「あ、あの、まさか・・・んぐっ」


「動くな。喋るな。はい深呼吸~・・・。」


言い切る暇もあらばこそ、青年がどこからか出したのか、

酸素マスクを外し、脱脂綿のようなものを鼻に押しつけられ、意識が一瞬で飛んだ。




「え・・・」


「お疲れ。摘出完了だ。」


目を覚ますと、大きめの黒いビニール袋が床にあること以外は、

まるで何事もなかったかのような涼しい表情で何かを書いている青年がいた。


すでに酸素マスクもなかった。



時計を確認すると、長針が半周していただけだった。


さ、30分?


「い、一体何を摘出したんですか・・・?」


すでに突っ込みどころしかないが、それをすべて飲み込んで、質問を投げた。



「爆弾だ。」


「なんですと!?」


駄目だ、医者と会話している気がしない。

ほとんど無表情なのに、文字通り爆弾発言しかしない。


もう信じられる気がしたが。


呼吸を整えて、


「な、なんでそんなものが入っていたんだ?」


あの機械の戦いのときに、体内に何かを埋め込まれた感触はなかったはずだけど・・・。



「ああ、俺が入れた。」



もう逃げていいかな。いいよね。

というか、ここでこの人を頑張って倒しても、罪に問われなさそうな気さえしてきた。



「そんな怯えた目をするな。ちゃんとした理由はある。

 だから落ち着け、あと抜いた点滴針を俺に向けるな。」


やっと眉を動かしたような青年は、はふとため息をついた。



「見ての通り、俺は医者になってまだ一年なんだ。」

「わかりません。」


本当に会話が成立しているのか怪しくなってきた。

この人、本当は妄想癖があって、病院に忍び込んだ変な人なんじゃないだろうか。


だとしたら逃げてもすさまじく速いカニ歩きか何かで捕まってしまう。

この人ならやりそうで怖い。


どうして、こんなに容姿と発言がちぐはぐなんだろうか。



「で、お前が運ばれてきた。俺はその場の処置でお前の怪我を全て治した。」

「えっ、それじゃあ・・・。」


「そうだ。今のお前は怪我を一切していない。

 痛みは残っているから、点滴で鎮痛剤は打ってある。」


よかった。点滴はそういう理由だったのか。



あれ、それじゃあ爆弾はどういった理由で・・・?



「だが、俺だって医者だ。おまけに新米と来たものだ。」

「はい」



その青年は、嘆息して、こちらを見据えた。


「だから、お前の肺に爆弾を埋め込んだ。」

「わかりません。」


たぶん、訴えたらこの人は法で裁けるんじゃないだろうか。

いや、その前に精神鑑定に引っかかるか。


まあ、なんでもいい、逃げたい。

というか、この人と関わりを持ちたくないんだ。



「掴まないでください。俺は急用を思い出したんです。袖を離せ。離せ!」

「まあ待つんだ。俺だって鬼じゃない。ただ、手術に緊張感が欲しかったんだ。」


「そんな個人的な理由で患者の命を天秤に掛けるな!いいから異常な握力で掴んだ袖を離せ!」


「とりあえず、爆弾の摘出は完了した。もう危険はないから落ち着け。

 動きすぎで血行が促進され、沈痛剤が切れたらお前は痛みでショック死しかねない。」



うん。落ち着いた。ベッドに座って、はい深呼吸。


「よし。いい子だ。」

「・・・。」


この人、途轍もなく頭が良いんだろうけど、すごく馬鹿というか、大馬鹿だ。

どうしてこの人が医師免許を持っているんだろうか。取り消されてしまえ。


・・・そうだ。


「名刺、ください。持ってますよね?」


とりあえずこれを裁判所に提出してしまおう。

他の患者を考えると、それが一番である。



「ああ、ここにある。何に使うんだ?」


そう言って、青年は白衣の胸ポケットに手を入れ、

白衣よりも真っ白なカードを取り出した。


「日本一の名医に出会ったので、名前を覚えておこうと思いまして。」

「ん・・・。」


青年は、鼻を軽くひくつかせた。


ウソはついていない。

本当に、日本一の迷医である。冥医かもしれない。


めいいだよ。自信もっていいよ。


それにしても、真っ赤なカードとか取り出すと思ってたけど、名刺は普通なのか。

そう思い名刺を受けとり、無機質な黒文字に視線をやった。



目が点になってしまった。


かわるがわる、青年と目の前の名刺を見つめる。


「どうした、何か変な事でも書いてあったか。」

「いや・・・。」


明らかに、今の俺は平常心ではない。

それもそのはずである。


その名刺に書かれていたのは、

画材がざい 灼熱しゃくねつ」といった、目を奪う文字列だったのだから。


「あの、画材先生・・・?」

「なんだ」


青年は怪訝そうな声を出して、首をひねった。

顔は無表情だった。


「画材 雛乃って、知ってますか?もしかして、兄妹だったり・・・」


恐る恐る尋ねてみると、青年はわずかに眉を引き上げた。


「ノーコメントだ。患者の個人情報は教える訳にはいかない。」

「あ、すみません。」


こういう所だけは医者っぽいな・・・。

まあ、仕方ないか。正しい対応だ。


「さて、もう退院していいぞ。あと、この錠剤を朝晩飲むこと。沈痛剤だ。」

「え?あ、はい。」


肩を落としたところに、突然白い紙袋を渡されて、そんな事を持ちかけられた。

結局、そのまま、なすがままに病院を出ることになった。


お代は、もう払ってもらってあると彼は言っていた。


名刺と青空を交互に見ると、俺は小さくため息をついた。

彼は本当に、画材さんと無関係なのだろうか。


確かに、目元も態度も口調も似ているような雰囲気はなかった。

だから、気のせいかもしれない。


少なくとも、手術の練習に患者の肺に爆弾を埋め込むなんて物騒な奴である。

彼女の兄であるはずがない。


名刺を財布の中にしまって、俺は家路を歩きだした。



嘘みたいに体は軽くて、まるで翅のようだった。




つづけ

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