十一話 少年の中の宇宙戦争
「安心して。オサムは眠っただけだから。ユウシも、寝ているよ。」
分かっていた、分かっていた。
怪しいところは、いくつもあったんだ。
今まで、気付けなかった俺が、馬鹿だったんだ。
霞んだ視界の中の、純白の銃を構えている少年は、
もう、俺が知っている知り合いなんかじゃないんだ。
ねじ切れるような喉の痛みを押して、やっとそれだけ言えた。
「今までいっぱい嘘吐いて、ごめんねっ?」
はちきれんばかりの笑顔を浮かべる、あの愛嬌のあった顔。
今となっては、もう俺の涙か憎悪かで歪みきっていた。
「まあいいや。キミは、これから死ぬんだから。
せめて、最期に色々教えてあげる。冥土の土産って言うのかな?
短い間だけど、今までお世話になったしさっ。ね?」
こちらの形相に少しでも恐怖を覚えたのか、
シロトは口調や表情とは裏腹に、額に油汗を浮かべていた。
黙って、目の前の敵を睨み続けた。
動くななんて、彼は一言も言っていないのだが、動くと撃たれるのだろう。
シロトはしばし呼吸を整えてから、再び凍ったような笑顔で口を開く。
「月魂装填計画。ボクは、これの重役なんだ。
一言で言うのなら、人間の身体を使って、地球への移住をしようとね?」
計画の詳細なんて、知る由もない。
でも、一つだけ分かったこと。
目の前の少年は、「敵」だ。
少しでも心を許した途端にこれだ。
最初から、こいつを信じるべきじゃなかったんだ。
頭の中には、そんな自分へのいらだちや後悔が渦巻いていた。
「どうせ自分の身体になるのなら、傷が無い方がいい。
だから、いかにして傷つけずに、瀕死に追い込めるか。
そういう意味では、あの機械は失敗作だったんだよ。」
少年の開いた口元は、ひくひくしていた。
何かを、必死にこらえているような様子。
そんな様子を、俺はいぶかしんだ。
実弾だとしたら、外傷なく倒れるはずがない。
また、どうせ自分の身体になると言っていた。
その発言から察するに、身体を乗っ取るのだろう。
どうせ、この拳銃は麻痺銃なのだろう。
くそっ・・・こんな奴を、一瞬でも信用した俺が馬鹿だった。
このままじゃ、結思も修も殺されてしまう。
額からとめどなく落ちる自分の嫌な汗は、恐怖から来る物か。
それとも、痛みから来る物か。
それすら分からなかったが、お互いの瞬きは、確実に少なくなっていた。
「キミは、これから死ぬ。ユウシとオサムは、中身が違う人になる。
地球はこれから、ボクたち月の移住者でいっぱいになる。
地球という星は、第二の月になるんだ。」
耳に入ること全てが、信じられなかった。
言っていることは納得できる。
この言葉が、少しでも信頼した奴の口から、発せられていた。
そんなあがくことの出来ない絶望的な事実に、打ちひしがれていたのだろう。
目頭が熱くなって、視界が揺れて。
俺のせいで、護ると誓った弟も、
ずっと一緒にいてくれた親友も、この世からいなくなるんだ。
不意に歪んだ視界の中の少年は、ポーチから新しい銃を取り出した。
色は純白だったが、小さなボトルがついており、形状は水鉄砲のようだった。
「この銃には、月の住人の『気質』が入っているんだ。
ここの言葉で言うのなら、魂とか、心とか、そういったものかな。
生身の人間に撃ち込むだけじゃ、その人間の気質に負けちゃうんだ。
だから、瀕死の状態の人間に打ち込まなければ、『移住』ができない。」
あまりにも、自分勝手だった。
何の罪もない人間を殺して、身体を乗っ取る。
彼らの目的は、地球人を全て根絶やしにして、征服することだった。
いわば「寄生虫計画」だった。
この宇宙人は侵略者だった。
考えてみれば気付くべきだった。
社会情勢に異様に詳しいとか。地球の知識が豊富だとか。
あの機械を、不発弾と偽った嘘も。
気付けないはずなんてなかったのに。
邪魔したのは、ほんの小さな、信頼もどき。
それさえなければ、俺は彼をそうなる前に殺していたのに。
そんな俺をよそに、シロトは首を軽く横に振ってから、再び俺に元の銃を向けた。
「さて、と。これから死ぬ奴に、いくら情報をあげてもいいよね。
だから、こんなに大切な事をいっぱい話したんだよ。」
ただ、一つだけ疑問があるとしたら、彼の声が震えている理由だ。
声だけじゃない。手元も、あからさまに震えている。
小さな確信が、俺の中で生まれた。
「恩が、お前の手を震えさせているのか?
殺すのが怖いから、殺さなきゃいけない状況を自分で作ったのか?」
底冷えのするような、軽蔑した視線をシロトに送ると、彼はたじろいだ。
「まさか。ボクがキミに恩を感じているとでも?ボクの意思でキミを殺すんだ。
それと、あまり喋らない方がいい。寿命がこれ以上縮まるのは、嫌でしょ?」
思わずせせら笑ってしまった。
こういう時に、こいつはこんなに中途半端なんだな。
「じゃあ、撃てよ。」
「うるさいっ・・・!」
情報なんか与えずに、さっさと殺せば良いのに。
殺せないから、たくさんの情報を吹き込んだ。
そうすれば、どうしても殺さなければならないから。
立場上、彼は俺らを殺さなきゃならなくて。
でも、殺せなくて。
「ボクは・・・どうすればいいんだよっ・・・!!」
少年は、銃をより一層震わせて、手に力を込めた。
大粒の滴が、紅の両の目からぼろぼろこぼれていた。
今の俺は、機密情報を知ってしまった。
だから、向こうからすればここで殺されなくてはならない。
でも、目の前の少年はそれが出来ずにいた。
自分と、必死に戦っているのだろう。
ついには頭を掻き毟って、うずくまってしまった。
やろうと思えば、銃を奪って殺害することも出来る。
・・・でも、俺には皆目そんな事は出来そうもなかった。
もしかしたら、俺はこいつに同情しているのかもしれない。
彼は、こういう時すごく不器用だ。
時間が凍ったまま、沈黙が流れていた。
どれくらいの冷や汗が、彼の顎から落ちただろうか。
目の前の少年は、こんなにも震えていて。
俺は、その様子をひたすら見ているしか出来なくて。
しかし、その沈黙はもう、長くは続かなかった。
「・・・ボク、決めたよ。」
少年は、ふっと微笑んで麻痺銃を持つ左手を離した。
ポーチから、小指の爪ほどの小さな金属球を取り出して、銃の上に落とした。
麻痺銃は、粉々に砕け散った。
そんなこいつに、いつの間にか同情の念を覚えていたのかもしれない。
「・・・そんな事して、これからどうするんだよ。」
「決まってる。」
喉が、もう張り裂けそうだった。
呼吸も限界に差し掛かっていたのに、尋ねずにはいられなかった。
「救急車を、呼ばなきゃねっ?」
少年は、涙を浮かべた屈託のない笑顔で言った。
一点の曇りもない、晴れ晴れとした顔。
すこしだけ、表情が緩むのが自分でもわかった。
つづけ