プロローグ
あなたと逃げたあの日から、本当に色々なことがあった。
嬉しいことや楽しいこと。
つらいこと、悲しいこと。
そんな感情をあなたの隣で抱きながら、今日まで生きてきた。
あの日、戦争の為に戦う兵器として生きているから、自由を望むことはないと。
そう言ったあなたの顔が、私は何処か悲しそうに見えた。
自由を求めることは悪いことじゃない。
皆、平等であるべきなのに、戦争のせいで、『兵器人間』というあなたのような存在が作られてしまった。
時折、思う。
私があの日、あなたの手を取ってあの場所から逃げようと言っていなかったら、君は今も戦争に駆り出されて、兵器として使われ、いずれ亡き者になっていたのだろうかと。
けれど、今こうして、私とあなたはこの場所で生きている。
これは、全ての始まりのあの日から今に至るまでの私とあなたの話だ。
✴︎
軍事国家アルヴェリア王国。
戦争によって大陸の覇権を握り、強大な軍事力を誇る王国である。
そしてこのアルヴェリア王国には、人間を『兵器』として戦争に駆り出される少女たちが存在していた。
「——そこまで!」
鋭い声が訓練場に響いた。
アティシアは握っていた剣を下ろす。
目の前には王国騎士団の青年が息を切らしていた。
「……参りました」
青年の言葉に周囲から、ざわめきがおこる。
アティシア王女が騎士を打ち負かした。
それは、この訓練場では珍しい光景ではなかった。
アティシアは幼い頃から、王族としての教育だけではなく、剣術、弓術、馬術まで叩き込まれてきたのである。
国王であり父親のラルドからは、何度も同じことを聞かされてきた。
『王族は、国を守る盾でなければならない』
だから、強くなった。
剣を握り、弓を引き、馬を駆る。
戦場に立ち、敵を射抜くことさえも躊躇わない。
「アティシア様、素晴らしい腕前です」
騎士の言葉にアティシアは柔らかく微笑んだ。
「ありがとう」
けれど、そんなアティシアの笑顔の奥には、誰にも見せない弱さがあった。
弓を引く指先、放たれる矢。
遠くで倒れる敵兵。
あの時、あの戦場で聞いた、鈍い音。
今でも、眠る前に思い出すことがある。
私は、国を守ったんだからと自身に言い聞かせるように心の中で呟く。
思い出してしまったからか、木刀を持ってない方の右手が少し震え始める。
だが、右手に力を込めると、震えは徐々におさまってくる。
強くいなければ、弱さを感じさせないほどに。
そうしなければ自分の弱さに飲み込まれてしまいそうだ。
✴︎
その日の夕方頃。
アティシアは国王であるラルドから呼び出され、玉座の間へと訪れていた。
「明日、地下軍事施設へ視察に迎え」
玉座の間にある席に座っている黒髪に黒い瞳を持つ国王からそう告げられるなり、アティシアの青い瞳が揺れる。
「地下軍事施設……ですか?」
「ああ、お前にも、王国がどのような力によって、守られているのか知っておいてほしい」
父親の言葉にアティシアは「わかりました」と言い、頷き返した。
翌日。
王城の地下深く。
普段なら国王以外の王族や貴族は立ち入ることのない場所へ、アティシアは足を踏み入れていた。
冷たい石造りの廊下。
鉄の扉、鼻につく薬品の匂い。
「ここでは、王国のための兵器について研究しています」
案内役の研究員がそう告げる。
アティシアは研究員の話しを聞きながら、黙って歩いていた。
やがて、廊下の先に一つの部屋が見えた。
鉄格子の向こう。
薄暗い部屋の隅に——
一人の少女が膝を抱えて座っていた。
白い肌、痩せた身体。
緑色の瞳に紫の髪。
ぼさぼさの髪、傷だらけの手足。
そして感情のない瞳。
アティシアは思わずそんな少女がいる鉄格子の前で足を止めた。
「……あの子は?」
アティシアの問いに研究員は振り返る。
「ああ、彼女は兵器人間です」
研究員がそう言うのと同時に、兵器人間と呼ばれたその少女はゆっくりと顔を上げた。
アティシアは鉄格子の中にいる少女を見つめた。
何故か、目を離すことができなかった。
少女はアティシアを見るなり、こてんと首を横に傾けて、目をぱちくりさせるだけで、言葉を発することはしない。
この時、私はまだ知らなかった。
彼女と出会いを通して、私の運命が大きく変わっていくことを。




