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魔法の感覚

それから一週間くらい


ライネスに魔法の構造という物を教え込んだ。


今の時代に人々が唱えている、魔法の詠唱とは、


大昔にククロスという大賢者が広めたものだ。


ライネスが笑顔で目を輝かせる。


「わぁ…大賢者ククロス様ですね!」


 リンが微笑みながら続ける。


例えば火の魔法。


 ククロスは、無数に存在する“現象の起こし方”の中から、

 誰でも再現できる一つの手順を選び出した。


 それが――ククロスの言う“構造”である。




 例えば、火。


 本来、火を起こす方法はいくつもある。

 摩擦、圧縮、熱の蓄積、あるいは未知の力。


 だが、それらはどれも条件が複雑で、再現性に乏しい。




 そこでククロスは考えた。


 「結果だけを安定して引き起こす形」を作れないかと。




 試行錯誤の末、彼は一つの答えに辿り着く。


 それは――


 “火が成立するための条件”を、

 魔力によって人工的に再現する型。




 つまり。


 本来の工程をすべて踏むのではなく、


 「火が存在している状態」を、直接作るための設計図。




 それが、魔法の構造。




 そして。


 その複雑な設計図を、正確に再現するために生まれたのが――詠唱だった。


 言葉によって手順を固定し、

 イメージのブレを防ぎ、

 誰でも同じ構造を再現できるようにする。




 それが、現代における魔法体系の正体である。




 だが――




 リンは、それを“遠回り”だと考えている。




「だってさ」


 リンは、軽く言った。


「それってただ“設計図をなぞってるだけ”でしょ?」


 ライネスは言葉を詰まらせる。




「ククロスは、魔法をつくるための“正解の形”を一つ決めた」


「それはすごいことだよ。誰でも使えるようにしたんだから」




 リンは空中に小さな光を浮かべる。




「でもね」




 その光が、ゆっくりと揺らぐ。




「火って、“構造”じゃない」




 一瞬で、それが炎へと変わる。


 詠唱は、ない。




「現象なんだよ」




 ライネスの目が見開かれる。




「だから私は」


 リンは続ける。




「ククロスの“構造”を一回バラした」




「……え?」




「どういう条件で火が起きてるのか」


「どういう流れで成立してるのか」


「全部、分解して理解しようとした」




 そして。




「自分の中で、“一番わかりやすい形”に組み直した」




 炎が、指先で静かに踊る。




「だから私は、詠唱いらないの」




「設計図をなぞってないから」




「“もう知ってる”から」




 静寂。




 ライネスは、ようやく理解し始める。




「……じゃあ」




「詠唱って」




「“理解できてない部分を補うもの”なんですか?」




 リンは少しだけ笑った。




「うん、そういうこと」




「言い換えるなら――」




「“他人の答えを借りてる状態”」




 その言葉は、優しくて、残酷だった。








一週間がたってもなおライネスは苦戦していた。


ライネスはリンの言葉を思い出しながら、魔力をイメージして操作しようとする。


一週間で学んだ成果を示そうとライネスは頑張っていた。


今日もリンの教え通りに魔力の操作に励んでいたところだ。


 「……また、失敗しました」


 ライネスは、俯いたまま言った。


 手が震えている。


「私、昔からこうなんです」


 ぽつりと続ける。


「剣は、少しできるのに」


「魔法は、何一つうまくいかない」


 リンは何も言わない。


「周りはみんな言うんです」


「王女なのに、って」


 ぎゅっと拳を握る。


「“できて当たり前”だって」


 声が、少しだけ震える。


「でも私は――」


 一瞬、言葉が詰まる。


「……何もできない」


 しばらくの沈黙。


 その空気を、リンが破った。


「嘘だね」


「……え?」


 顔を上げる。


「覚えてない?」


「え……?」


「竜巻」


 あっ……ライネスの呼吸が止まる。


「普通の人だったら死んでるよ」


「……」


「でもライネスは生きてるでしょ?」


 そう言いながらリンは一歩近づく。


「それってさ」


 リンは少しだけ笑った。


「“できない人”じゃないよ」


 ライネスの目が揺れる。


「ただ」


 リンの声が、少しだけ鋭くなる。


「少し制御できてないだけ」


「……っ」


「つまり」


「やればできるのに、できてない状態」


 沈黙。


 そして――


「……悔しいです」


 ライネスが、はっきりと言った。


「できるなら、ちゃんとできるようになりたい」


 顔を上げる。


 その目には、さっきまでなかった熱がある。


「やります」


「何回でも」


「壊れない範囲で教えてください」


 リンは、少しだけ笑った。


「いいね」


それからというものライネスは休憩もせずに鍛錬に励んでいた。



そして――


急に空気が揺らぐ。


ライネスの周りの地面から炎が沸き上がった。


それは前に起こした炎とは全く次元の違う炎という概念そのもののような…


そんな気がした。


 



「……今の」


 ライネスの声は、かすれていた。


「私が、やったの……?」




 リンは驚いたような顔をしながらも笑顔でライネスに駆け寄る。


「ちゃんと成功してる!すごいよライネス様!」


「成功……?」


 ライネスは自分の手を見る。


 震えている。




「これは魔法じゃないからね。少し手が痺れる?」


 ライネスが驚いている。


 リンは続ける。


「正確に言うと、“従来の魔法じゃない”だね」


 リンは地面にしゃがみ、指で円を描く。


「普通の魔法って、“魔力で現象を再現する技術”なの」


「火なら、火になるように構造を作る」


「でもさっきのライネス様は――」




「“現象そのもの”を引き起こしてた」




 沈黙。


 しばらく理解できなかった。




「ものすごいエネルギーを秘めてたでしょ?」


「はい……」


「それは“火の魔法”じゃなくて」


 リンはさらっと言う。




「“燃焼現象の再構築”」


 現象として空間から呼び起こしているような感じ




「……っ」


 ライネスの顔が青ざめる。




「だからすぐ消えちゃったのかも」


「今回の炎は、構造が三重とかそういう問題じゃない」


「もっと根本的に――」


「“枠を外れてる”」




 リンは少しだけ楽しそうに笑う。


 だが、その目は真剣だった。




「すごいよ、ライネス様」


「普通の人はそこまで行かない」


「というか、行く前に壊れる」


 あっさりと言う。




 ぞくり、とする空気。


「じゃあ私は……」


「ギリギリ耐えたんですね…」


 ライネスは、言葉を失う。




 しばらくの沈黙のあと。


「……リン」


「うん?」




「これ、覚えていていいものなんですか?」




 すごく本質的な問いだった。




 リンは少しだけ考える。


 そして、正直に答えた。




「おすすめはしない」




「え……」




「だって現象の再構築なんて体とか精神がもたないよ」




 はっきりと言い切る。




「私が使えてるのは、環境のおかげだし」


「普通にやったら、たぶん壊れる」


 リンはそう言って笑った。


「休憩も大事だよライネス様」


 もう夜だし…そう言いかけたところで


 ライネスは、ぎゅっと拳を握った。




「……でも」




 顔を上げる。




「それでも、知りたいです」




 真っ直ぐな目。




「今のままじゃ、守れない」


「ちゃんと制御できるなら」


「危険でも、やります」




 リンは、その目をじっと見て――


 少しだけ、懐かしそうに笑った。




「そっか」




「じゃあ、やろうか」




「ただし――」




 一歩、距離を取る。




「これからやるのは、“魔法の練習”じゃない」




 空気が張り詰める。




「“魔力の扱い方そのもの”の訓練」


 幸い、さっきライネスが現象に干渉して助かったのは


 ライネスの膨大な魔力量のおかげ…


 ならば、魔力の修行を積んだ方がいい。




 リンの周囲に、光が集まる。


 だがそれは、形を持たない。


 ただの“密度”。




「まずはここから」




 手のひらに、見えない“圧”が生まれる。




「何も作らないで、魔力だけ出してみて」




「……え?」




「火にも、水にも、しない」


「ただ出す」




 ライネスは困惑する。




「そんなの……できるんですか?」


 実際、ライネスは一瞬だけ魔力を出すことが可能なのだが、本人はそれに気づいておらず、たぶんその状態を保持することができていない。


リンはライネスを優しく見守りながら教え始める。


 そして――




 その訓練を見守る者がもう一人


 遠くから見ていた。




 中庭の外。


 柱の影。




 男は無言でそれを見ていた。




(……なるほど)




 笑みが、浮かぶ。




(あれは、“使える”な)




 興味の対象は、王女ではない。




(あの女――リン)




 静かに、踵を返す。




 その先にあるのは、


 王宮の地下へと続く階段。




(計画を、少し早めるか)




 光の届かない場所へ、


 男は消えていった。



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