生きる力
――暗い。
どこまでも、暗い。
音もない。
感覚もない。
ただ、“壊れては戻る”だけの世界。
リンはそこにいた。
死ぬ。
砕ける。
消える。
そして――また戻る。
「……またここか」
声にならない声が、虚無に溶ける。
どれだけ繰り返したのか、もう分からない。
時間という概念すら、ここにはない。
(……もういい)
ふと、そんな考えが浮かぶ。
(もう、十分じゃない?)
自分の弱さが嫌になる。
守れなかった。
結局、また。
あの時と同じだ。
ダンジョンコアの時も何もできなかった自分。
力があっても、意味がない。
――守れないなら。
心が、静かに沈んでいく。
(もう、終わっても――)
そう絶望しかけた瞬間だった。
――リンの世界に、光が差した。
「……え」
リンはその光に見覚えがある。
ありえない。
この世界に、“光”なんて存在するはずがない。
でも確かに、遠くに小さな光があった。
揺れている。
暖かくて。
まるで――
「……ククロス……?」
無意識に、その名前を呼んでいた。
もしそうなら。
もし違うなら。
そんなことを考える余裕すらなく――
光が、少しだけ強くなる。
応えるように。
呼吸をするように。
そして。
声が、届いた。
『――まだ終わってない、リン』
はっきりとした声だった。
震えているのに、その心は折れていない。
『私は……今を、生きたい』
光が、大きくなる。
リンが囚われている暗闇を、押し返すように。
『怖いし、痛いし、全部つらかった』
映像が、流れ込む。
母の死。
孤独。
誰にも頼れなかった日々。
リンの目から涙がこぼれる。
「ライネ…ス…」
『でも――』
一瞬だけ、言葉が詰まる。
『……それでも』
小さく、でも確かに。
『私は、生きたい』
その瞬間。
光が、揺らぎから“意思”へと変わる。
『それも全部――私だから』
私は拒絶しない。
否定もしない。
私の過去を全部受け入れる。
『全部抱えて、それでも前に進む』
光が、さらに強くなる。
『リンに会えて、初めて楽しいって思えたの』
光が、さらに強くなる。
『一緒に笑って、一緒に生活して……』
『あの時間が、全部、大切な思い出』
その光は、もう迷っていなかった。
『だから――』
一瞬の静寂。
そして――
『終わらせない』
光が、爆ぜた。
――その瞬間。
リンのいる世界に、無数の亀裂が走る。
暗闇が、砕ける。
「……っ」
リンの体が、初めて“軽く”なる。
まるで何かから解放してくれたかのように
『リン』
今度は、はっきりと近くで聞こえた。
『一人で背負わなくていいのよ』
光が、少女の形になる。
手が差し伸べられる。
『私も、一緒に今を進むから』
リンは、震える手を見つめる。
守れなかった。
何度も、何度も。
それでも――
「……まだ、終われない」
小さく、呟く。
「今度こそ、守るって決めたから」
涙を拭う。
「……ありがとう」
でも、リンの声は震えていた。
「……私をこの暗闇から救ってくれてありがとう」
手を、伸ばす。
その光に触れた瞬間――
リンの世界が、崩壊した。
暖かな光が、すべてを塗り替える。
そして――
「……っ!?」
時が止まっていた。
目を覚ましたリンが見たのは、変わらない戦場。
だが――
復讐者も、ティルガンも、ダミアンも動かない。
そして。
ダミアンに捕まっているライネスの目が、開く。
その瞳は――
淡く、光っていた。
ライネスはこちらを見て微笑むと
「……私は、過去を受け入れて今をあなたと生きたい」
「どれだけ過去が辛かったって…」
「絶望なんて選択肢にはないから」
声は静か。
でも、その眼は揺るがない。
ライネスの血に濡れた手が、ゆっくりと剣を掴む。
「これは、“治癒”じゃないのかも」
ライネスの傷口が、閉じていく。
ああそうだ、それは魔法の光ではない。
「――“生きる現象”そのもの」
空気が震えた。
その時、リンは理解した。
ライネスの生きたいという思いが、因果の流れをも超えて時を止めたのだと。
「だから」
ライネスが一歩、踏み出す。
「もう、過去の記憶に縛られない」
「未来を、生きる」
その瞬間――
リンの体から、光が溢れた。
絶望と希望が、交差する。
そして――
時が、再び動き出した。
――動いた。
世界が、一気に音を取り戻す。
風。
衝撃。
血の匂い。
「なっ――!?」
最初に動いたのはダミアンだった。
だが。
その剣は――
止まっている。
「……何?」
自分の手なのに、動かない。
違う。
動けない。
ライネスの手が、剣を掴んでいた。
ぐしゃり、と。
剣が、握り潰される。
「……は?」
ダミアンの顔が歪む。
「言ったでしょ」
ライネスが静かに言う。
「もう、生きるって」
その瞬間。
空気が“燃えた”。
炎じゃない。
でも――燃えている。
「ぎゃあああああああああ」
「何が起こっている…」
ティルガンは呆然と立たずんでいる。
その時
――ズン。と
空間が沈んだ。
復讐者が、動いた。
赤い裂け目のような目が、リンとライネスのどちらもを捉える。
「……ァァァァ……」
その声は、怒りではない。
“拒絶”だった。
未来への光を、否定する叫び。
「来るよ!」
「わかってる!」
リンが手をかざす。
ティルガンと復讐者を拘束しながら、最大限の光で、存在ごと消しにかかる。
それと同時にライネスも踏み込む。
手を振る。
それだけで――
“爆発”が発生する。
死、過去、絶望という概念を存在ごと消し去ろうかという光を帯びた爆発だ。
復讐者が、悍ましい悲鳴を上げる。
「返あ…ぐあうあぐぁわわあわあああ」
「生きたあかったあたああああああ」
ライネスの手が、止まる。
光が――わずかに揺れる。
「……違う」
小さく、呟く。
「あなたは、“死にたい存在”じゃない」
復讐者の叫びが、歪む。
「ぐああああああああああ!!」
崩れながらも、何かを求めるようにライネスに手を伸ばす。
リンが叫ぶ。
「ライネス! 迷ったら――!」
でも。
ライネスは、一歩前に出る。
「分かってる」
光の質が変わる。
暖かく、“包み込むもの”へ。
「終わらせるのは、“苦しみだけ”」
そう言ったライネスの
光が強くなりすぎる。
空間が軋む。
リンが気づいた。
「……まずい」
ライネスの体が、崩れ始めている。
「それ以上は――!」
ライネスは笑う。
「……大丈夫」
でもその声は、少し掠れている。
「これは、“生きる”って決めた私の力だから」
だが、光が一気に収束した。
復讐者が笑う。
「無駄だ…お前の光よりも…俺の絶望の方が深い…」
そう言って復讐者はなんとかリンの拘束を振りほどこうとする。
それを横目で確認しながら、リンは隣で消えかかっているライネスを抱きしめた。
そして――
微かに。
ほんの微かに。
腕の中の温もりが、揺れた。
「……リン……」
消えかけの声。
かすれるような、小さな声。
それでも。
確かに届いた。
ライネスの指先が、ぴくりと動く。
(……ああ)
思い出す。
一緒に笑った時間。
一緒に過ごした時間。
一緒に…
数えきれないほどの楽しかった思い出が浮かんでくる。
(これは私の大切な思い出…消えることなんて絶対ない)
完全には消えない。
消えきらない。
絶対に忘れない。
そう覚悟を決めたリンは
ゆっくりと目を閉じた。
そして――




