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第25話 王都の地下で、売られる命

王都の地下は、地上よりよほど整っていた。


 それが一番、胸くそ悪かった。


 石造りの通路は古い。

 壁にはひびが走り、ところどころ天井から水が垂れている。

 だが、その古さの上に新しい手が入っていた。灯りの位置、見張りの立ち位置、荷車が通りやすい床の補強、鍵のついた鉄格子、売り場と待機室と会計区画の区別。全部が“使うため”に手を入れられている。


 人を人として扱わねえために、ここまで整えてやがる。


 龍真は石柱の影から、地下市場の全景を見下ろしていた。


 旧換金市場跡。

 王都の地下深くに広がるその空間は、地方の闇オークションなんぞ比べものにならねえ規模だった。


 広い。


 まず、それが最初の感想だった。


 天井は高く、古い市場跡らしく中央が吹き抜けになっている。そこへ仮設ではなく、半ば常設のような壇が組まれ、左右には檻、奥には商品控えの石室、さらに会計台と筆記机、商会側の確認席、客席までもが整然と並んでいた。


 地方のそれが“隠れてやる悪事”なら、こっちは“制度として運用される悪事”だ。


 人を売ることが、最初から一つの産業みてえに組み上がっている。


 檻の数も違う。


 ただ獣人の娘が何人か押し込まれている程度じゃない。

 年若い娘、痩せた孤児、借金で売られたらしい女、地方の服を着たままの農村の男、亜人、魔族の血が薄く入った子ども。

 檻ごとに分けられ、値札までは下げていないが、明らかに“種類”で並べられている。


 それを見たミアの指が、ぎゅっと震えた。


「……ひどい」


 小さな声だった。

 だが、その一言にノアも無言で頷く。


 姉妹は龍真たちより少し後方、暗い脇通路の陰から檻の位置と中の人数を見ている。

 同じ獣人だからこそ分かる表情がある。耳の寝方、尻尾の固まり方、目の死に方。見たくなくても分かってしまう。


「地方から来た子もいる……」


 ノアが低く言った。


「服が違う。あの子、北の村の織り方だわ」

「こっちの人だけじゃないんだ」

「ええ。集められてる」


 地方の村や町で消えた人間が、結局ここへ流れ着く。

 グランフェルの倉庫も、途中の村を荒らしていた野盗も、その全部がこの王都の地下へ繋がっている。


 龍真はそれを見て、怒りが逆に静かになるのを感じていた。


 もう驚きはない。

 あるのは確信だけだ。


 こいつらは、最初からそういう仕組みを作ってやがる。


 一方、会計区画側へ回っていたリリィは、石壁の陰から小さな帳面へ必死に何かを書きつけていた。


「……多すぎる」


 彼女は半ば呆然と呟く。


「荷の番号、搬入符号、値のつけ方、客の格付け……全部が細かい」

「分かるのか」


 少し離れた位置のエレオノーラが訊くと、リリィはこくこく頷いた。


「分かりたくないですけど分かります。これ、場当たりの取引じゃない。帳簿のつけ方が完全に“継続前提”です」

「継続前提?」

「はい。売れ残り、再分類、二次流通、貴族向け優先、商会預かり、国外流し……」


 言いながら、リリィの顔が青ざめる。


「人に対して使う項目じゃないです」

「だが使ってる」

「……はい」


 その言葉が、地下の空気よりずっと冷たかった。


 エレオノーラは警備の流れを見ていた。


 見張りは地方のごろつきと違い、ある程度統率されている。

 鎧は揃っていないが、配置が洗練されている。売り場本体に四、会計側に三、檻区画の巡回が二組、さらに上流客の入口に別系統の護衛。

 表に出せない私兵と、商会側の用心棒と、貴族の手駒が混ざっているようだった。


「質も違うわね……」


 エレオノーラが小さく言う。


「地方の闇市場なら、腕力のある賊を集めれば足りた。でもここは違う。統率、口の固さ、役割分担、全部が組織化されてる」

「そりゃ王都の本拠地だからな」

「ええ。だからこそ厄介です」


 上から潰すだけでは足りない。

 記録も、人も、構造も押さえなければ、すぐに別の顔で再生する。

 エレオノーラはそのことを理解している顔だった。


 そこへ、カティアが別の通路から戻ってきた。

 外套の裾に薄く香油の匂いがついている。貴族側の客席近くまで見てきたのだろう。


「……想像以上ね」


 普段の皮肉っぽさが薄い。

 本気で嫌悪している時の声音だった。


「客の質が?」

「質も、顔ぶれも」


 カティアは短く答える。


「表では慈善家を気取っている商会主。王都の法務官と繋がりのある代書人。地方領主の名代。貴族本人ではないけれど、家の財布を握っている執事や代理人。みんな“表に出せない買い物”をする顔で座ってる」

「直接来ねえんだな」

「来るわけないでしょう。そこまで馬鹿ではないもの」


 だが、逆にそれが王都の闇の深さを示していた。


 本人は来ない。

 家名も表では出さない。

 だが買うのは本物の上流だ。


 つまり、“知らなかった”では済まない位置の連中が、最初からこれを支えている。


「しかも、席順まであるわ」


 カティアが眉を寄せる。


「上座は王都の大商会筋。その次が貴族代理人、次いで地方領主の使者。買う順番まで決まってる」

「市場じゃなくて儀式みてえだな」

「ええ。だから余計に気持ちが悪い」


 龍真は黙って売り場を見た。


 壇上には今、まだ本格的な競りは始まっていない。

 その前の“見本出し”の段階らしい。


 石壇の上へ一人ずつ引き出される。

 耳を見せろ。

 歯を見せろ。

 傷はあるか。

 魔力は。

 病気は。

 従順さは。


 人間に向ける目じゃない。

 獣にすら失礼な目だ。


 ミアが唇を噛みしめる。


「……あの子、泣いてる」

「見えるわ」


 ノアも低く返す。


「まだ子どもなのに……」

「分かってる」


 龍真が短く言った。


 分かっている。

 だからこそ、今すぐ斬り込みたい。

 だがまだ早い。

 ここで飛び出せば、助けられる人数より逃がす証拠の方が多くなる。

 今は見て、掴んで、最奥を知る段階だ。


 その時、地下の奥で鐘が一つ鳴った。


 空気が変わる。


 見張りが姿勢を正し、客席側のざわめきも一段落ちる。

 売り場にいた商会役人が慌てて衣を整え、会計台の人間も帳面を持ち替えた。


「……何か来る」


 エレオノーラの声が小さくなる。


 カティアも同じ気配を感じ取ったらしく、客席のさらに奥を見る。


「さっきまでより、空気が重い」

「大物か」

「ええ。地方の闇市場に出入りするような連中とは格が違うわ」


 奥の通路が開く。


 そこから現れたのは、豪奢ではないが、明らかに仕立ての違う数人の男女だった。


 派手さは抑えられている。

 だが、布の質、歩き方、護衛の距離、周囲の人間の反応、その全部で分かる。


 “大物”だ。


 地方領主の使い程度ではない。

 王都の空気に慣れ、買う側としても売る側としても場を支配する側の人間。


 そのうち一人、白銀の杖を持った細身の男が入ってきた瞬間、会計役が深々と頭を下げた。

 さらに、別の通路からは商会街でも名の通った大店の家令らしき男が姿を見せる。

 貴族本人ではない。だが、本人が来なくても十分に重い。


「……地方とは比較にならない」


 リリィが、ほとんど息だけで言った。


 グランフェルの闇市は、あくまで田舎の裏取引だった。

 倉庫に集まり、値をつけ、流すだけ。

 だが王都は違う。


 ここでは、貴族の代理人と商会の中枢と役人筋が、最初から同じ席に座っている。

 ただ人を売るだけじゃない。王都の権力そのものが、この地下を通じて裏側で握手している。


「ここが、王都の闇の中心……」


 ノアの声には、はっきりした嫌悪があった。


「ええ」


 カティアも硬い顔で頷く。


「地方の村や町で攫われた人たちが、ここへ流れ着く。その上で、王都の上流が品定めする。これが、この国の裏側よ」


 ミアはもう怒りで耳が震えている。

 リリィは震える手で記録を続け、エレオノーラは歯を食いしばって警備を見ている。


 龍真だけが、やけに静かだった。


 怒っていないわけじゃない。

 むしろ逆だ。怒りが深すぎて、もう沸き立つ段階を越えている。


 こいつらは、人を売ってる。

 しかも、地方よりずっと綺麗な顔で、ずっと整った仕組みで、ずっと慣れた手つきで。


 王都の地下で、売られる命。


 その現実が、今はっきりと目の前にあった。


 そして、その地下会場には、地方とは比較にならない“大物”が、次々と出入りしている。


 つまり、ここを叩くことは下町の一件を越える。

 王都そのものへ刃を入れることになる。


 その重さを、全員がようやく実感していた。

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