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第23話 闇の本拠地、王都地下区画へ

 王都の夜は、表から見るぶんには静かだった。


 貴族街の灯りは整っている。

 大通りは夜警が巡回し、酒場街にはまだ笑い声があり、下町の宿場では遅くまで客が行き来している。

 一見すれば、この国の中心にふさわしい秩序と繁栄がそこにあるように見える。


 だが龍真たちは、もう知っていた。


 この王都は、静かなのではない。

 うまく隠しているだけだ。


 《三つ足カラス亭》の二階、狭い部屋の机の上には、紙片や走り書き、簡単な地図がいくつも並べられていた。王都ギルド裏口の見取り、ロートベル商会の搬入口、代理人アルベルト・シュタインの行動時間、守備隊筋から拾った夜間通行記録、そしてカティア・ローゼンフェルトから間接的に届いた情報まで。


 そこへリリィが、紙束を机へ置いた。


「……整理しました」


 疲れた顔をしている。

 だが、目はまだ死んでいない。

 この元受付嬢は、こういう時ほど強い。


「王都ギルドの“別処理”案件、ロートベル商会の搬入時間、それから地下通行許可の記録。全部並べると、流れが見えます」


 龍真は腕を組んだまま、紙束を見下ろしていた。

 エレオノーラは横から地図へ目を落とし、ノアとミアは少し緊張した顔で話を聞いている。


 リリィは深呼吸してから続けた。


「まず、王都ギルド裏口から出る“別処理”案件の荷は、ほとんど例外なくロートベル商会の裏搬入口へ行く」

「そこまでは見たな」

「はい。でも問題はその先です」


 彼女は紙の上に小さな丸を三つ書いた。


「ロートベル商会の裏で受けた荷のうち、普通の商品は地上の倉庫で止まります。でも、人が入ってる可能性が高い荷だけ、夜明け前に別の経路へ再搬送されてる」

「どこへ」

「南区画の旧流通地下道です」


 エレオノーラが頷く。


「守備隊筋の話でも一致しています。南区画には、昔の王都で使われていた地下搬送路がある。今は封鎖されたはずですが、一部の商会と役人だけが鍵を持っている」

「役人まで噛んでるのか」

「そうでなければ、王都の地下がこれほど静かに動くはずがありません」


 ミアが不安そうに耳を伏せた。


「地下って……そんな大きいの?」

「かなりです」


 今度はエレオノーラが答える。


「王都は古い都です。増築、改修、戦時の備え、貴族街の避難路、商会の秘密搬送路、そういうものが積み重なって地下区画ができている。表向き閉鎖されていても、実際には全部死んでいるわけじゃない」


 ノアが地図を見ながら呟く。


「つまり、人を攫っても表通りは通らなくていい……」

「ええ」


 エレオノーラの声は硬い。


「地上では消えたようにしか見えない。だが地下では、そのまま流れていく」


 龍真の顔が静かに冷える。


 地方で見た闇オークションは、倉庫や隠し小屋を使った“場当たり的な悪事”だった。

 だが王都は違う。

 仕組みになっている。

 役人、ギルド、商会、貴族、地下道。全部が繋がって、最初から“人を流すための線”ができている。


「……胸くそ悪いな」


 低い一言だった。

 だが、部屋の全員が同じことを思っていた。


 その時、宿の窓を小さく叩く音がした。


 全員が一瞬で黙る。

 龍真が立ち、村正へ手をやる。

 だが外から聞こえたのは、落ち着いた女の声だった。


「敵意はないわ。窓を開けて」


 カティア・ローゼンフェルトだった。


 エレオノーラが先に窓辺へ寄り、細く開いて外を確認する。

 令嬢は夜用の地味な外套を纏い、護衛を一人も連れていなかった。相変わらず、面倒へ自分で足を突っ込んでくる女だ。


「……本当に学習しませんね」

「今日は襲われていないわ」

「それを“安全”とは言いません」

「細かいわね、女騎士」


 そんな応酬のあと、結局カティアも部屋へ入れることになった。


 彼女は机の上の地図と紙束を見て、目を細める。


「ずいぶん進んでいるのね」

「お前さんが思ってるより、こっちは暇じゃねえ」

「ええ、それは分かってきたわ」


 カティアは鞄から折り畳んだ紙を一枚取り出した。


「私も持ってきた。正規の地図じゃないけれど、侯爵家の古文書庫にあった王都旧地下区画の写しよ」

「そんなものを簡単に持ち出すな」

「簡単じゃないわ。かなり面倒だった」


 そう言いながら机へ広げたそれは、驚くほど精密だった。


 現在の街区とは少しずれているが、地下区画の古い主通路、貯蔵庫跡、封鎖壁、抜け道、古井戸からの連結位置まで描かれている。


 リリィが息を呑んだ。


「これ……! ロートベル商会の裏搬入口から続く線、ここで地下へ入ってる……!」

「王都ギルドの旧倉庫も近いわ」


 カティアが指先で線をなぞる。


「それに、この辺り。昔は“換金市場”と呼ばれていた地下倉庫街。今は閉鎖されたことになっているけれど、ゼルヴァイン公爵家の会計筋と繋がる商人たちが最近この周辺を頻繁に出入りしている」


 エレオノーラが眉を寄せた。


「換金市場……」

「名目は、戦時の備蓄品や差し押さえ品を処理する場所。けれど実際には、表に出せないものを裏で動かすための市場だったと聞くわ」


 ミアの耳がぴくりと震える。


「表に出せないものって……」

「人も含むのでしょうね」


 ノアが静かに言う。

 カティアは答えず、ただわずかに目を伏せた。それだけで十分だった。


 龍真は地図を見下ろした。


 線が繋がる。

 王都ギルド裏口。

 ロートベル商会。

 南区画の旧流通地下道。

 換金市場跡。

 ゼルヴァイン公爵家の会計筋。


 これが王都の闇の流れだ。


「……いたな」


 龍真が低く言う。


「本拠地が」

「ええ」


 エレオノーラも頷いた。


「おそらくここです。王都地下区画、旧換金市場跡」

「地方の闇オークションなんて比じゃねえな」

「比べ物にならないでしょうね」


 カティアが皮肉のない声で言う。


「地方の倉庫なんて、ここから見れば荷の一時置き場よ。王都の地下は、もっと完成してる」

「完成、か」


 リリィが顔をしかめる。


「嫌な言い方ですけど、分かります。だってこれ……最初から“流す”ための仕組みだもの」


 帳簿、許可証、地下道、搬入口、商会、貴族。

 誰かの思いつきじゃない。

 制度化された闇だ。


 龍真はその言葉を受けて、改めて地図を見る。


 旧換金市場跡。

 そこは王都の地下に広がる空洞地帯の中心で、複数の通路が合流し、なおかつ表の貴族街と商会街の両方へ抜けられる位置にあった。


「逃げ道も多いな」

「だからこそ選ばれているのでしょう」


 エレオノーラが言う。


「何かあっても、貴族街側へ消えるか、商会街側へ消えるか、地下へ潜るかを選べる」

「守備隊が入る頃には空っぽか」

「その可能性は高いです」


 だからこそ、正面から告発しても潰しきれない。

 その前に証拠も人も場所も消される。


 ミアが龍真を見る。


「じゃあ……行くの?」

「行くに決まってるだろ」

「でも地下だよ?」

「地下でも地上でも、やることは変わらねえ」


 ノアは少しだけ眉を寄せた。


「違うのは相手の規模ね」

「だろうな」


 カティアが龍真の顔を見て、小さく息を吐いた。


「やっぱり、引くって選択肢はないのね」

「あると思うか?」

「思わないわ。聞いて損した」


 そう言ってから、彼女は少しだけ真面目な顔になる。


「でも、王都の地下は地方の倉庫とは違う。貴族の密会、違法取引、裏金融、流通記録に載せられないあらゆるものが集まる場所よ。人身売買だけじゃない」

「つまり」

「王都の闇の中心」


 リリィが肩を小さく震わせる。


「本当に……そこまで行っちゃうんですね」

「来た時点で、半分は行ってるようなもんだ」

「それ、全然慰めになってません」


 だが、誰ももう“やめましょう”とは言わなかった。


 地方の町を抜け、村を救い、王都へ入り、下町の失踪を追い、ギルド裏口と商会街を見て、公爵家の代理人と顔を合わせた。ここまで来て引くなら、最初から王都へなど来ていない。


 エレオノーラが地図へ手を置く。


「潜るなら、準備が要ります」

「どういう」

「入口、出口、警備の巡回、地下の換気口、灯りの位置、音の響き方。地下は地上と違って、走れば終わりでは済みません」

「分かってる」

「リリィ」

「はい」

「帳簿と搬出記録から、旧換金市場跡へ繋がる荷の時間を絞って」

「やります」

「ミア、ノア」

「うん」

「はい」

「地下へ流される獣人たちがどの程度いるか、下町側からさらに聞いて。檻の位置や売り場の形を知っている者がいればなお良い」

「分かった」

「探してみるわ」

「カティア様」

「“様”はやめて、今は」

「ではカティア。あなたは上流側の出入り情報を」

「任せて。貴族街から地下へ入る口があるなら、そこを探る」


 最後に、全員の視線が龍真へ集まる。


「俺は?」

「もちろん、元締めを叩く役です」


 エレオノーラがそう言うと、リリィが小さく頷く。


「やっぱりそこですよね……」

「だろうな」


 龍真は当然のように返した。


 部屋の空気は重い。

 だが、方向は定まった。


 王都の闇オークション本拠地。

 ただの地下倉庫ではない。人身売買、違法取引、貴族の密会、商会の裏金融、その全部が混ざり合う巨大な闇の中心。


 地方の事件は、やはり末端にすぎなかった。

 ここを叩かなければ、王都も地方も何も変わらない。


 龍真は村正の柄へ手を置いた。


「……ようやく元まで見えてきたな」

「ええ」


 エレオノーラも静かに頷く。


「ここから先が、本当に王都の本番です」


 そしてその夜、一家は本格的に役割を分け、動き出すことになった。


 誰がどこから入り、誰が何を見て、何を持ち帰るか。

 どの合図で動き、どの段階で踏み込むか。


 狭い宿の一室で始まったその話し合いは、やがて王都の地下深くへ潜るための、最初の潜入計画へ変わっていく。


 王都の闇の本拠地は、もう見つかった。


 次に必要なのは、そこへ――

 どう潜るかだった。

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