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第11話 道を塞ぐ野盗ども、泣いてる村は見過ごせねえ

 グランフェルを発って三日目の朝だった。


 街道はよく踏み固められており、両脇には初夏の草が風に揺れている。遠くにはゆるやかな丘陵、その向こうには薄青い山並み。空は高く、雲は少なく、旅日和と言っていい天気だった。


 ――天気だけなら、だが。


「ひゃっ!?」


 後ろで情けない悲鳴が上がった。


 龍真は歩みを止めず、肩越しにちらりと見る。案の定、リリィが街道脇の浅い溝に片足を突っ込み、両手をばたばたさせていた。背負った荷が揺れ、危うくそのまま尻もちをつきかける。


「り、リリィさん、大丈夫!?」

「わ、私は大丈夫です! たぶん! いやあんまり大丈夫じゃないです!」


 ミアが慌てて駆け寄り、ノアも苦笑しながらその荷を支える。エレオノーラは額に手を当て、いかにも頭が痛いと言いたげな顔をした。


「だから言ったでしょう。荷の重心は片側へ寄せず、腰で支えるように、と」

「わ、分かってるんですけど! 分かってるんですけど、旅って思ってた以上に足場が悪いんですよ!」

「街道の溝ごときでそれでは、山道に入った時に死にますよ」

「縁起でもないこと言わないでください!」


 龍真は前を向いたまま、小さく鼻を鳴らした。


「うるせえな、朝から」

「朝からって、龍真さんが平然としすぎなんです! どうしてそんな荷物で普通に歩けるんですか!?」

「足が二本あって、前に道があるからだろ」

「答えになってません!」


 即座に返ってくるあたり、リリィもずいぶん慣れてきたものだった。


 ミアがくすくす笑う。ノアも口元を押さえて笑っている。エレオノーラだけが真面目な顔を崩さなかったが、その目元にわずかな柔らかさが出ているのを龍真は見逃さなかった。


 グランフェルを離れてからの数日で、五人の空気は確かに変わっていた。


 最初はそれぞれ、立場も覚悟も距離感もばらばらだった。

 龍真はあくまで“流れ者”。

 ミアとノアは“助けられた側”。

 エレオノーラは“監視と責任”の名目で同行する女騎士。

 リリィは半ば成り行きで巻き込まれた受付嬢。


 だが、同じ飯を食い、同じ焚火を囲み、同じ夜番を回し、同じ方向へ歩いていると、不思議と妙なまとまりが出てくる。


 ミアはすっかり龍真のすぐそばを歩くようになったし、ノアはそんな妹を見つつも龍真の荷や食事の配分にさりげなく気を配るようになった。エレオノーラは本人こそ建前を崩さないものの、もう龍真を完全な危険人物扱いはしていない。リリィに至っては、怖い怖いと言いながら一番話しかけてくる。


 ――一家、か。


 少し前に自分で口にした言葉を思い出し、龍真は内心で舌打ちした。

 大げさな言い回しだと思っていた。今でもそう思っている。だが、こうして並んで歩いていると、あながち間違いでもないように思えてくるのがまた面倒だった。


 王都まではまだ遠い。


 グランフェルで掴んだ帳簿、王都の大貴族ゼルヴァイン公爵家へ繋がる名。あれを思えば、この先は町ひとつの裏商売を潰す程度で済む話ではない。王都へ入る方法、証拠の扱い、敵の規模、こちらの足場。考えるべきことはいくらでもある。


 それでも、龍真の中で根本は変わらなかった。


 弱い者を守る。

 外道を裁く。

 筋を通す。


 王都が相手だろうが何だろうが、やることは同じだ。


「龍真さん」


 横からミアが顔を覗き込んできた。


「何だ」

「王都って、すごく大きいんですか」

「知らねえ」

「えっ」

「行ったことねえもんを知るか」

「そ、そうですけど……」


 ミアがしゅんとする。ノアが小さく笑った。


「でも、龍真さんのことだから王都でも全然怯まなそう」

「怯む怯まねえじゃねえ。相手がでかいと面倒が増えるだけだ」

「十分怯まない発言ですよ、それ」


 リリィがまだ少し足を引きずりながら突っ込む。


 エレオノーラは地図を確認しつつ言った。


「この先の小村で昼まで休憩、その後は川沿いの道へ入ります。日が暮れる前に次の宿場へ着ければ理想ですが」

「理想はあくまで理想ですよね……?」

「歩き方次第です」

「つまり私次第ってことじゃないですか……!」


 また後ろでやかましい声が上がる。

 龍真は空を見た。青い。穏やかだ。だからこそ逆に、嫌な予感がした。


 風向きが変わったからだ。


 鼻をくすぐるのは、ただの草や土の匂いじゃない。

 焦げた木。

 焼けた藁。

 人が怯えた時の、あの嫌な空気の臭い。


 龍真の足が止まる。


「龍真さん?」

「……煙だ」


 全員が前方を見た。


 街道の先、少し道を外れた低地の方角から、灰色の煙が細く立ち上っている。最初は焚火か何かにも見えたが、次の瞬間、風に乗って届いたのは、はっきりとした悲鳴だった。


「――いやああっ!」


 女の声。

 続いて、男の怒鳴り声と、何かが割れる音。


 ミアの顔から血の気が引く。


「まただ……」


 ノアも歯を食いしばった。

 エレオノーラは即座に状況を測るように周囲へ目を走らせる。


「村です。街道脇の開拓村……」

「野盗か?」

「可能性は高いです」


 エレオノーラはそう言ったものの、その次の言葉を一瞬ためらった。

 王都までの道のり。

 追われる立場。

 証拠の確保。

 優先すべきは本来、目的地へ急ぐことだ。


 その理性は分かる。

 だが、龍真はもう歩き出していた。


「龍真!」


 エレオノーラが思わず呼び止める。


「王都への急行が優先です! ここで無用な足止めを受ければ――」

「王都だろうが何だろうが」


 龍真は振り返りもせずに言った。


「泣いてる村を見捨てて通れるかよ」


 短い。

 それだけで十分だった。


 ミアがぐっと拳を握る。ノアも頷く。リリィは青ざめながらも荷を抱え直した。エレオノーラだけが一瞬だけ目を閉じ、それから諦めたように剣の柄へ手をかける。


「……行きます。ですが勝手な深追いはしないでください」

「善処する」

「その返事は信用していません」

「だろうな」


 そんなやり取りをしながらも、もう全員走り出していた。


 街道を外れ、小さな畑を横切り、木柵の低い村へ近づく。

 見えた光景は、胸くそ悪いの一言だった。


 粗末な武装の男どもが十人以上。

 錆びた剣、斧、槍、棍棒。

 まともな訓練を受けた兵ではない。だが、村を襲うには十分な暴力だ。


 藁葺きの家が二軒、半ば焼けている。

 村人の男たちは鍬や薪割り斧で抵抗しているが、歯が立っていない。

 広場では、若い娘が二人、縄で縛られて転がされていた。泣いている子どもを庇おうとした老女が蹴り飛ばされる。


「やめろっ!」

「うるせえ、黙ってろ!」


 笑いながら村人を殴る野盗ども。

 見た瞬間、龍真の目が冷えた。


 広場へ踏み込む。


 野盗の一人が振り返った。


「あぁ? 何だテメェ――」


 龍真はそいつの前で立ち止まり、ゆっくり居住まいを正した。


「お控えなすって」


 野盗がぽかんとする。

 村人も一瞬、何が始まったのか分からず固まる。


 龍真は構わず低く続けた。


「手前、生国と発しまするは常陸の国、今の世じゃ茨城県水戸。姓は水戸、名は龍真と申します。見ての通りの流れ者、旅の道すがら通りかかりやしたが、どうにもここの騒ぎが気に食わねえ。娘を縛り、年寄りを蹴り、腹空かせた村人から食い物まで巻き上げる。そういう真似を見ちまった以上、名も名乗らず素通りってのは、性に合いやせん」


 数秒の沈黙のあと、野盗どもが一斉にどっと笑った。


「ははははっ! 何だこいつ!」

「芝居か!?」

「馬鹿が来たぞ! 一人で何ができるってんだ!」


 先頭にいた髭面の男が、腹を抱えて笑いながら唾を飛ばした。


「流れ者だか何だか知らねえが、引っ込んでりゃ命までは取らねえぞ! その女ども置いて消えろ!」

「断る」


 龍真の返事は短かった。


「そこの娘も、あそこの年寄りも、お前らが好きにしていいもんじゃねえ」

「んだと?」

「聞こえなかったか」


 龍真は一歩前へ出る。


「泣いてる村を見過ごせるほど、落ちぶれちゃいねえって言ってんだ」


 髭面の目つきが変わった。


「殺せ! 旅人の荷も剥げ!」

「へいへい、そっちの受付嬢みてえなのは俺がもらうぞ!」

「獣人のガキも売れそうだな!」


 その言葉に、ミアの耳がぴくりと動き、ノアの目が怒りで細まる。

 エレオノーラは龍真の横へ出て剣を抜いた。


「村人は私が守る! 水戸龍真、前を!」

「言われなくてもやる」


 最初に飛び込んできたのは斧持ちだった。

 振り下ろしは重いが大振りだ。龍真は半歩身をずらし、斧の柄元へ峰を滑らせて軌道を逸らす。そのまま膝を鳩尾へ叩き込み、男を地面へ沈めた。


 二人目が槍で突く。

 龍真は穂先をかわして懐へ入る。肘打ち、足払い、柄頭。数息で三人目までが倒れていた。


 エレオノーラは別方向から迫る野盗を受ける。

 彼女の剣は正統だ。村人へ被害が及ばない位置を取り、確実に斬線を逸らし、武器だけを叩き落とす。腕を斬り飛ばすような真似はせず、峰打ちと体捌きで制圧していくあたりに、騎士としての流儀が出ていた。


「村人は家の中へ! 子どもを優先しなさい!」

「は、はいっ!」


 ミアとノアも動く。


「こっちです! 早く!」

「お婆ちゃん、立てる? 肩貸すから!」

「で、でもあんたたちは……」

「いいから動いて!」


 ミアは泣いている子どもの手を引き、ノアは腰を抜かした老女を抱き起こす。

 ただ守られるだけではない。自分たちにできることで村人を動かしていた。


 リリィは青ざめながらも、地面へ倒れた村人のそばへ駆け寄る。


「だ、大丈夫ですか!? 血、血が……!」

「かすり傷だ。布を巻けるか」

「ま、巻けます! たぶん!」


 声は震えている。だが手は逃げない。

 彼女は荷から布と薬草を取り出し、必死で応急手当を始めた。こういう時、戦えない者にも役目はある。それをリリィも理解し始めている。


 広場の中央では、龍真とエレオノーラの連携が噛み合い始めていた。


 野盗の一団が数で押そうとしてくる。

 龍真はその先頭を崩す。

 エレオノーラが村人へ流れそうな残りを受け止める。

 龍真が左を掃けば、エレオノーラが右を締める。言葉にしなくても、どこへ入れば互いに動きやすいかが分かる。


「ちっ、何だこいつら!」

「ただの旅人じゃねえぞ!」

「退くな! 数はこっちが上だ!」


 叫ぶ野盗ども。

 だが、数があっても心が弱い。修羅場を潜ったことのねえ目だ。脅かす側には慣れていても、脅かされる側に回った途端に足が鈍る。


 龍真は一人の襟首を掴んで引き寄せ、そのまま背後の男へ投げつけた。二人まとめて転がる。さらに踏み込み、最後に残った剣持ちの手首を打って剣を飛ばす。


「まだやるか」


 低い一言に、野盗たちの足が止まった。


 広場にはすでに数人が転がっている。

 こちらは龍真とエレオノーラ、村人の一部がまだ立っている。数の有利はもう意味を失っていた。


「く、クソ……!」


 髭面の男が舌打ちし、後ろへ退く。

 残りの野盗たちも顔を見合わせ、じりじりと距離を取った。


「覚えてやがれ!」

「ふざけやがって!」

「頭領に報告だ! 今度は村ごと焼いてやる!」


 最後にそんな捨て台詞を吐き、野盗どもは村の外れへ逃げていく。

 追おうと思えば追えた。だが龍真は動かなかった。


「追わねえんですか!?」


 リリィが思わず叫ぶ。


「今は村が先だ」


 龍真は短く答える。


 エレオノーラも剣を収めつつ頷いた。


「ええ。負傷者の確認と、火の始末を優先します」


 村は、一応救われた。


 だが完全ではない。


 燃えた家。

 壊れた納屋。

 奪われた食糧。

 怯えた子ども。

 泣いている娘たち。


 そして何より、野盗どもは“退いただけ”だ。壊滅したわけじゃない。あの反応からして、本隊か頭目が別にいる。さっきの連中は先遣か、脅し役にすぎないのだろう。


 村長らしい白髪の老人が、震える足で龍真たちへ近づいてきた。


「た、助かった……本当に……」

「礼はいい。怪我人を見ろ」

「は、はい……しかし……」


 老人は悔しそうに唇を噛んだ。


「あやつら、最近ずっとこの辺りを荒らしておるのです。最初は食糧だけだった。だが段々ひどくなって……若い娘や、働ける者まで連れていこうとするようになって……」


 ミアとノアの顔が強張る。

 似た話を、二人はもう知っている。


「近くに根城があるのか」


 龍真が問うと、老人はびくりと肩を震わせた。


「……山です」

「山?」

「村の北にある岩山の洞。昔は猟師が使っていた穴蔵ですが、今はあやつらが住みついておる」

「人数は」

「二十……いや、もっとかもしれませぬ。今日来た連中は一部です。本当の頭目は、まだ出ておらんので……」


 エレオノーラの目が鋭くなる。


「頭目?」

「あやつは……ただの賊ではございません」


 老人の声は怯えに滲んでいた。


「見た者は少ないですが、異様に大きな男で……人一人くらいある大太刀を振り回すと……」

「大太刀」


 龍真が小さく繰り返す。


「しかも、その剣、呪われているだの、魔が宿っているだのと……。実際、あやつが出てきた村は、皆ひどい目に遭っております」


 龍真は逃げていった野盗どもの背を思い出す。

 あいつらは敗走してもなお、妙な余裕があった。“頭領に報告だ”と言っていた。つまり、自分たちより上の暴力を信じている顔だった。


 なるほど。

 ただの雑魚を蹴散らしただけじゃ終わらねえらしい。


 ミアが龍真の袖を掴んだ。


「……龍真さん」

「何だ」

「また、来るよね」

「ああ」


 龍真は即答した。


「今度はもっと本気で来る」


 ノアも静かに頷く。


「だったら、この村……」

「放っとけねえな」


 龍真が低く言うと、エレオノーラがその横顔を見る。


「王都への急行は遅れます」

「だろうな」

「それでも?」

「聞くまでもねえだろ」


 龍真は焼けた家屋と、泣いている村人たちへ目を向けた。


「ここで背中向けたら、王都行ったところで気分が悪いままだ」


 その言葉に、エレオノーラは一瞬だけ目を閉じ、それから小さく息を吐く。


「……分かりました。まずはこの村を立て直しつつ、野盗の根城を探ります」

「最初からそう言やいい」

「あなたが最初から計画的に動けば、もっと話は早いんですが」

「そいつは性に合わねえ」

「知っています」


 少しだけ呆れたように答えるエレオノーラを見て、リリィがくすっと笑った。


 村の空はまだ煙で濁っている。

 だが、完全に終わってはいない。終わらせていないだけだ。


 龍真は村の北にそびえる暗い山影を見た。

 その中に野盗どもの根城がある。

 そして、異様な大太刀を持った頭目が待っている。


 王都へ向かう旅路の途中。

 だが、次に斬るべき相手は、どうやら先に決まったらしい。


 そうして、王都を目指す龍真たちの旅は、最初の寄り道にしてはあまりにも血なまぐさい、新たな抗争へ足を踏み入れることになった。

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