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シャドウボクシング

掲載日:2026/02/25

題名:シャドウボクシング

作者:なつ きたる


          あらすじ


 主人公の名はカイル、子供の頃はいじめられっ子。誰からか妙な綽名をつけられ、親しみを込めて呼ばれる時もあったが、多くは馬鹿にした声音だった。穏やかな性格でそんな時に言い返したりしないカイルだったが、ある日、いじめっ子の笑っている写真を見かけた時にしたことは・・・


1、最初の体験


 はるか宇宙の彼方、とある星に住むカイルという名の平凡な若いITセキュリティエンジニアのお話しです。カイルは専門校をでて、IT系の会社で働いている。子供時代は、どちらかというといじめられっ子。好きなSFや推理小説を読みふけりじっくり考え込む一方で、運動は苦手な子供、妙に落ち着いた雰囲気があったので、誰が言い始めたのか「じいさん」という綽名をつけられた。親しみを込めて「おじいちゃん」と呼ばれる時もあったが、多くは馬鹿にした声音で「じいさん」と呼んだ。中にはタチ悪く面白がり見下し眼線で「ジジイ」と呼び捨てする者もいた。生来の穏やかな性格からか、そんな時にその場で言い返したり怒ったりして争いになることは避けたカイルは、心の中には不愉快な思いをため込んでいった。

 ある日、学校の行事で撮った写真の中にそいつの姿を見つけ、思わず癪に障り、こぶしで殴りつける仕草をしたくなった。すると、その後は思いのほか胸がスッとする気持ちになる。昔から、嫌な奴の姿を模した藁人形を木に大きな釘で打ち付け、呪いをかけると、相手に災いが起きるというような言い伝えがあることは知っている。しかし、科学好きでエンジニアのカイルはそれは迷信と割り切り、特に呪う気にもならない。だが、写真に向かってボカボカ殴りつける仕草をするだけで気分はけっこう良くなってきた。

 暫くして、そいつは家族旅行で高速道路を走行中に、しつこい煽り運転の車に絡まれて交通事故に遭い顔面をフロントガラスにぶつけて気絶し、救急車で病院へ担ぎ込まれたと聞いた。その時、数日前に写真に向かって何故かボカボカ殴りつける仕草をする衝動が起きたことを思い出したが、それほど気にもかけなかった。


2、再び起きた


 会社の仕事は専門知識を生かせて面白く、几帳面で真面目なカイルは毎日コツコツと楽しく働いていた。

 社内にはいろいろな社員がいるが、何故か初対面からカイルを見下し、鈍間な仕事の出来ないやつと決めつけるような言い方をする、癖のある同僚がいた。年齢は自分より若いが、一応入社先輩になるので一目置いて我慢はしているが、一人住まいの自分のアパートに帰り一息つくと胸のムカつきが蘇ってくる。そいつの姿を思い出すと、顔面を思い切りぶん殴りたくなってくる。しかし、すぐに冷静になって自分の感情を抑え、大人しく対処することに慣れているカイルは、現実に殴る場面に至ることはなかった。

 ある時仕事中に偶然そいつの姿をパソコンの業務用写真の中に見かけた。馴染みの居酒屋で誰かの送別会の写真らしい。飲酒による赤ら顔で調子良さそうに大口を開けて笑っている。カイルは思わず癪に障りその顔をぶん殴る仕草をした。案外、胸がスッとする。今度は両手を使い、その写真に向かって空気をボクシング宜しく連打する。一発、二発、三発・・・、10回程で疲れがでてきた。しかし、なんとなくスッキリした気分になった。

 暫くしてそいつは、夜遅く郊外の自宅に駅から徒歩で帰宅中、通り魔強盗に襲われ顔面を殴られて気絶したあげく金品を奪われ、救急車で病院へ担ぎ込まれたと聞いた。カイルはその時なんとなく、子供時代のことを思い出した。そして、「あれ、これは偶然なのかなあ?」と軽い疑問を抱くようになった。


3、またまた起きた


 カイルはエンジニアリングには大変興味があるが、根っからの政治音痴でノンポリだった。

 しかし、暇な時たまに観る議会実況中継でのマスコミ受け狙いと考えられる派手なパフォーマンス、見せびらかすような安っぽい劇場型討論や演説、自分の関係者絡みの刑事捜査に関する公文書の改ざんや廃棄、公的財産の縁故者への廉価売却、国際スポーツ大会誘致に絡む金銭の不明朗な動きなどに加えて、それらに関った当事者の何人かが不可解な自殺をするなど、本当はやましい事が起きているらしいなにか裏のある可能性を疑うべき深刻な状況なのに、受け狙いに軽く見せ、実は忖度が蔓延する縁故情実政治を体現しているとしか見えない政治家の一人が、歴代最長のリーダー在任記録達成とか、会議や行事のための他のグル訪問出張を年に500回以上こなす、といっても、この星では一年は1000日であるが、タフで稀有な歴史的逸材などと大袈裟にもて囃すメディアのニュースを見るにつけ、特にこれといって目立つところもなく、真面目だけが取柄とか噂されているらしい自分と比べると思わず腹が立ってきた。

 おまけに、折からの議会選挙期間中は至る所に大きなポスターが貼られ、否が応でもその偉そうな見下し目線の顔つき、ある意味ではその昔、どこかにいた有名な独裁的リーダーを彷彿とさせる効果を意図したのかと感じるそのポスターを目にしない訳にはゆかない不愉快な毎日になった。

 ある日、カイルは深夜まで残業しての帰り道、駅前の居酒屋でひとり夕食を兼ねて一杯飲み、ほろ酔い気分になり歩いて15分くらいの道をトボトボと帰宅する途中、その選挙ポスターが貼ってあった。親の七光りとかの凡庸な世襲政治家ではなく、自力での俗にいう所謂叩き上げだったが、やや斜め下から撮った、見下し目線の横柄そうな顔の大きなポスターが目の前にあった。

 なにか非常に腹が立ってきたが酔った勢いで剝がしたら犯罪になってしまう。その代わりか思わず、そのポスターに向かってシャドウボクシングのまねをしたくなり、何となく気分は落ち着いてきた。

 暫くして、そのリーダーは選挙も済んで自分の邸宅に帰り、絶好調の政治力を駆使して新しく整備させた付近の川沿いの市民遊歩道を颯爽とジョギング中、坂道で足を滑らして転倒、付近の花壇の角に顔面を激突させて気絶してしまい救急車で病院へ担ぎ込まれた。

 ニュースでこれを知ったカイルは、自分は日頃は平凡だが、いざとなればその普段着の下に秘められたスーパーパワーを発揮してヒーローへと変身する能力を持ち、自己流のシャドウボクシングが、実は時空を超越した不思議なリモート的予知パワーを秘めているのではないかと真面目に信じたくなった。するとテレビゲームをやっている時のように心が踊ってきた。そして今まで霧にボヤけていた景色が急に晴れ渡り、南国の陽光が眩しく輝く熱い世界にいるように見えてきて、気分は妙にワクワクと高揚してきた。


 そこで、鏡を見て自分の姿を確かめることにした。


 これまでボクシングを習ったことはない。しかし、国際試合などの映像はみており、ボクサーのイメージは頭の中に湧いてくる。見様見真似というやつで鏡の中の自分に向かってシャドウボクシングをやってみた。性格は大人しいが、体格は大柄だったのでポーズを取ると自分ながら結構様になっている。一回、二回、三回、・・・、10回程やったらますます気分がハイになってきた。自分は正義のヒーロー、そのシャドウパンチは時空を超えて悪人に制裁を下すのだなどと勝手な妄想に酔ってきた。そこで今度は、鏡に映った自分をしっかりと見つめて集中し、百回ほどパンチを繰り出したところ、ぐったりと疲れたのでやめてベッドに入ることにした。これは寝る前のリラックス運動になったのか、そのまま気分よくグッスリ寝てしまった。

 暫くして、カイルは休日の朝方に近所の駅前通りにある交差点を横断中、信号を無視して突っ込んできた居眠り運転の軽トラックにはね飛ばされ、近くにある工事現場の壁に顔面から叩きつけられて気絶し、救急車で病院に担ぎ込まれ、完治するまでに半年かかったそうです。 

 この結末から、カイルのシャドウボクシングは果たして本当に、時空を超越して未来の出来事を予知するリモート的パワーを備えていたのでしょうか? その辺は読者のご判断にお任せするしかありませんね。


〈 終わり 〉

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