5ー5 『人魚姫のなみだ』後編
人魚姫「(心の声)ああ、わたし、修道女に嫉妬なんかして恥ずかしい。でも、王子様をたすけたのはわたしよ。だからその愛を受ける相手はわたしであるべきなのに」
兄「失礼。そこの謎の女性」
人魚姫「(心の声)わたしのことかしら?」
兄「きみはもしかして人魚なのではないか? なにか理由があって声が出せないのだとしたら、あの時弟に訴えていた言葉をもう一度書いてみてくれないかな?」
人魚姫「(心の声)どうしよう。人魚だってバレても大丈夫かしら? ええい、書いてしまおう」
〘人魚姫、兄のノートに王子をたすけたのは自分だと書いた〙
兄「やはり古代人魚文字で間違いない。本当にきみが弟をたすけてくれたのなら、その理由を教えてくれないかい?」
人魚姫「(心の声)理由なんて必要かしら?」
〘人魚姫、王子を愛してしまったから、と書く〙
兄「なるほど、それで合点した。きみが弟と結ばれるのならあの修道女は時間をかけて俺のものにしてみせよう。なぁ、協力しないか?」
〘人魚姫、ノートにそれは怖いと書く〙
兄「怖がることなんてない。これから弟の部屋に行き、このノートを見せればいいだけだ。俺がちゃんと通訳する。約束だよ」
人魚姫「(心の声)でも、やっぱり心配。でも、いつまでもこうしてはいられない。彼と結ばれなかったら、短剣で王子様を刺殺してしまわなければならない。それだけはイヤだわ」
〘人魚姫、ノートにわかりました、おっしゃる通りにしますと書く〙
兄「いい子だ。さぁ行こう」
〘王子の兄にエスコートされて、王子の前に出る人魚姫〙
王子「やぁ、兄さん。どうしたんだい? 二人で連れそって」
兄「それがな。たとえばこの子が人魚だったとしても、命をたすけた恩を感じるか?」
王子「なんのことですか? 命をたすけてもらったのならば、恩を感じるのは当たり前じゃないですか」
兄「それならおまえは、この子と結婚するんだ。なぜなら昨日、おまえの命をたすけたのは修道女じゃなく、この子だったのだからな」
王子「なにを根拠に? だってあの時、ぼくは見たんだ。たしかにこの子はあの人にも似ているけれど。ぼくをたすけてくれたのは、修道女だ」
兄「この文字はおまえには読めまい? これは古代人魚文字と言って、これにはこう書いてある。おまえをたすけたのはこの子だって、そう書いてあるんだ」
王子「本当かい?」
〘頷く人魚姫〙
王子「じゃあ彼女は? 修道女の彼女はいったい?」
兄「たまたま通りかかっただけだ。それにあの子と俺は、将来を約束した仲になる予定でいる。つまりおまえがあの修道女と結婚することは、この子に対する裏切りとなる。なぜならこの子はおまえのことを愛しているからな」
王子「……本当なのかい? だとしたらぼくは、最低な結末を導いてしまうところだった。文字はおいおい覚えてくれればいい。結婚してくれませんか?」
〘人魚姫、大きく頷き、うれしさからなみだあふれる〙
こうして、王子は人魚姫と、修道女の姿をしていたお姫様は王子のお兄さんと結婚して、みんなで仲良く暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
〘閉幕ブザーの音〙
これにより、八月公演『人魚姫のなみだ』は閉幕しました。みなさま、お足元にお気をつけてお帰りください。
つづく




