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5ー1 

 夏休み初日。いきなり凪から電話がかかってきた。


「もしもし、どうかした?」

『母さんが死んだらしいんだ』


 電話の向こうの凪の声はとても張りつめていて、彼の母親というトラウマをよく物語っている。


 そもそも凪がシェイクスピアに興味を持つきっかけになったのが、母親の失踪だったのだから。


 凪は子供心に、ハムレットの母ガードルードと自分の母親を重ねていたのだと、わたしだけにそっと教えてくれたことがある。


 その頃の凪は今以上に繊細でもろく、陽稀と蓮にはとてもたよれないほどだった。


 これは、わたしと凪だけの秘密の話。


 凪のお母さんは、凪を産んでまもなく病気にかかり、入退院を繰り返した後、離婚したという。


 それからほんの半年ほどで、おじさんは再婚したということだから、凪には生みの母親の記憶は一つもない。


 それでも彼女は定期的に凪をこっそりと見に来るようなことがあったらしい。


 どこでなにをしているのか、どんな人なのか、結局凪にはなにもわからないままだった。


 それから十七年経とうとしているというのに、ここでまたアクセントのように凪の生みの親が亡くなったという。


 彼女なくして今の凪はありえないけれど、亡くなったと聞いたからには葬儀には出席するのだろう。


「どうする? わたし、いっしょに行こうか?」

『行くって、どこへ?』

「お通夜とか葬儀」


 あれ? わたしおかしなこと言ってる?


『行かないよ、そんなの。ぼくの母親は育ての親だけさ』

「でも、行かなかったら後悔するよ。凪が行かないのなら、わたしが代わりに行ってくる」

『そんなの変だよ。ぼくが行かないのに、なんでいち花が行くんだよ?』

「凪のことが大切だから。わたしのたいせつな人を産んでくれた人だから』


 電話の向こうで、凪のすすり泣きが聞こえた。


『まったく、かなわないないち花には』


 そう言って、鼻をすする。


『いいよ、行くよ。本当にいっしょに来てくれる?』

「うん、本当だよ。陽稀と蓮には内緒だし、なんなら美咲ちゃんにも内緒」

『彼女はさ、ゆうべのうちにわかれたんだ』

「そっか」

『だから、来て。ぼくをお母さんのところに連れて行って』

「うん。行く。すぐ支度するから、待ってて」


 電話を切ると、早口でお母さんに説明して、喪服を出してもらった。


 防虫剤のフローラルなかおりがなんだかなごんだ。


     つづく





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