第9話 明かされたのは飲み友達の性癖
日曜日に、俺が家族以外の誰かと一緒に過ごすことなんて、学生時代以来のことだった。
今日は、特に用事もなかった為、徹さんたちと居間にある65インチの大型テレビで、定額制の動画配信サービスを利用し、映画などを鑑賞していた。
三人でそれぞれ観たい映画を選んで、一通り見終わった頃には……もう夕方になっていた。
「あぁ!!そう言えば、巳琴さんのパジャマ無いんじゃないのぉ!?今朝だって、パパのベッドの中で真っ裸だったよねぇ?!」
「お……そうだった……。明日、役所に行った後にでも、買いに行くでもいいか?」
「はいっ!!お……あ、わたしはそれでも構わないですっ!!」
「えぇっ!?巳琴さん、今夜はどうするんですかぁ?!」
そう言えば、下着類や私服などはたまたま昨日、買いに行った足で、徹さんの自宅に来てしまったので、手元にあるのだが、パジャマは頭になかった。
徹さんには申し訳ないのだが、差し支えなければ今夜一晩だけでも、下着で寝かせてもらえたらと俺は思っている。
「あ、あのぉ……?し、下着で寝たら……まずいでしょうかっ!!」
「僕は、になるんだけどさ……?真横で、美女の下着姿拝めるわけだし……?全然、問題はないんだけどね……?そんな状況で、ムラムラしてきちゃった僕に……抱かれる流れになったとしても、巳琴さん……文句はないよな?」
「え、えっ……!?で、でも……徹さんがそんな人じゃないって……わたし、信じてますのでっ!!」
「いやいやいやいやっ……!!絶対、巳琴さん……パパに騙されちゃってるからぁ!!」
どうして、俺が徹さんに騙されているのか、由美香さんの言ってる意味が、全く分からなかった。だって、徹さんは他人を騙すような人間ではない事を、俺は知っているからだ。
「あのぉ……由美香さん?それって……どういう意味で言ってるの?」
「うーんっ……そこはぁ?パパの口からぁ……はいっ、どうぞぉ!!」
「巳琴さん、僕のこと信頼してくれてるのに、本当に……済まない!!じ、実は……だな?」
何となく……俺には、徹さんのバツの悪そうな表情で、分かってしまった。そもそも、俺は男性な上に同僚でしかも童貞だったので、徹さんからしたらライバル視する必要もない、気楽な同性の飲み友達扱いだったに違いない。
それに、由美香さんの発言に加え、俺がこの身体になって、まだ二日目だというのに、『僕に……抱かれる流れに』などと徹さんが言うのもおかしい。
「せ、性依存症なんだ……。」
「そう……なんですね……。」
「で……でもっ!!僕の中で、巳琴さんの立ち位置っていうのは……会社の同僚かつ飲み友達な、男性だった頃の玉川くんのままなんだ!!」
「でも……徹さんがムラムラきたら、わたし……『抱かせて欲しい』って、迫って来られちゃうんですよね?」
性依存症なんて言葉、徹さんと飲んでいる時も、聞いたことは一度もなかった。ただ、性欲については、『自分は強い部類に入るかも』とは、聞いた覚えがある。確か、一人でする時のオカズは何を使っているか、みたいな話になったことが一度あったが、まさか徹さんが性依存症だとは知らなかった。
『長い間、彼女は居ない』と聞いていたが、絶対に一人でするだけでは満足出来る筈がなく、恐らく……徹さんの都合の良い間柄な女性が居ることになる。
「格好の良いことばっかり、僕は……巳琴さんに言ってきてしまっていた……。でも、本当の僕は……巳琴さんの知ってるような、人間ではないんだ……。」
「近づいてきた女性を……自分の都合の良いように利用しては捨てる……。そんな事を、パパは繰り返してきたの!!」
由美香さんから語られたのは、童貞の俺にとっては、かなりショッキングな内容だった。
『彼女は居ない』と、徹さんが言っていたのは、『都合の良い女性たちは居るが、』という、言葉が秘められていたらしい。
「お、おいっ……!!そこまで、言う必要ないだろう!!」
「ううん……?パパも巳琴さんも、よく聞いて……?私……パパには、いい加減にそんな最低な事……やめてもらいたくてね?凄いタイミングで、巳琴さんが女性になっちゃったんで……パパを彼氏役にする事を思い付いたの!!」
「ええええっ?!もしかして、わ……わたしを犠牲にして、徹さんのこと……更生させようと考えたのですか?!」
由美香さんの父親として、徹さんが申し分ない事は、間近で二人を見てきた俺にはよく分かる。まぁ、俺が居る間だけのビジネス親娘関係でした……とか言われたら、いい道化でしかないが。
女性関係が最低な父親の側に、飲み友達で男性だった美女を置いておけば、それはそれで虫除けになるだろう。
一つ気になったのは、由美香さんの最終的な目標が、何なのかだ。
「た、玉川くん!!ぼ、僕は……」
「わたしのこと、誰だと思ってるんです?!販売促進部の玉川ですよ!!徹さーんっ?よぉーく、販促の玉川のこと……思い出して下さいねぇー?」
「ああ、分かってる!!分かってるんだ……。でも、な……?昨日、酔っ払った巳琴さんに……僕の目の前で、身体とか……色々、見せつけられてしまったんだよ……!!あれから……巳琴さんのこと見ると、僕は……」
昨日から、俺の身体に溢れる女性ホルモンめ……本当にロクなことしてくれない。この身体における、女性ホルモンの権化とも言うべき、もう一人の俺はどうしたいのだろうか?
ただ単に、一人の女性として……徹さんと付き合いたいだけなのだろうか?
「もう、こんな重い話……終わりにしましょう!!昨日から徹さんは、わたしの彼氏役ですが……浮気は許しませんからねぇー?わたしという、彼女役が居るんですから!!本当の恋人同士になれる可能性だって……あると思うので?わたしのこと……本気で口説いて頂いて構いませんよ?」
自惚れるなと言われるかもしれないが、表向きには……徹さんと俺は、彼氏彼女の関係なのだから、これ以上都合の良い女性を利用されるのは嫌だ。
その反面、元同性の飲み友達に抱かれると思うと、凄く……複雑な気持ちになってきて、急ブレーキが掛かる。
何故かと言えば、30歳の誕生日を迎えるまで、俺の身体と性自認が男性で、性的指向が女性だったからだろう。
それが突然、身体だけが女性になってしまったことで、俺自身がチグハグな状態になってしまっているのだ。
「パパ、良かったじゃん!!巳琴さんご自身が、そう言ってくれてることだしさぁ?もう……パパ、頑張るしかないよね?」
「なぁ……玉川くん?本当に……良いんだな?」
「はいっ……構いません!!わたしの中では、徹さんは同性の飲み友達ですから。難しいとは思いますけど……頑張って、わたしのこと口説き落として下さいね?」
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「かんぱーいっ!!」
「乾杯っ!!」
──カチンッ……!!
「食後にサシで部屋飲みするのも、良いだろ?」
「流石に、十八代新正の山廃本醸造、開栓するなんてって言われたら……わたし、断れないじゃないですか……。」
「巳琴さん、十八代新正の山廃好きって、言ったもんなぁ?」
──クンクンッ……ゴクッ……
今夜は食後、それぞれの部屋へと戻ったのだが、そこで徹さんが突然俺に、『実は……』と言いながら見せつけた上で、サシで飲もうと提案してきた。
十八代新正は東北の地酒で、酒販店自体には流通しているものの、殆どが酒類を提供する飲食店へ卸される為、一般人には入手が困難な逸品だった。
そんな日本酒を開栓すると言われ、断る理由など俺には思いつかなかった。
もし、飲食店で一合飲もうとすれば、二千円前後はくだらない。
「これだけあれば、サシで飲んでも一回じゃ無くならんだろ?」
「一人二合ずつ飲んでも……五合以上残りますもんね……。」
しかも、四合瓶ではなく、更に入手困難な一升瓶だった。正規価格で買えれば、一升瓶で三千円程だが……プレミア価格では数万円はするだろう。
そんなウルトラレアなお酒を、徹さんは俺が見ている前で、惜しげもなく開栓してくれたのだ。




