第7話 家飲みは飲み友達の自宅に限る
今は何も考えたくなくて、俺はぼーっとしながら、徹さんの腕に抱きついて身体を預けたまま、歩けば歩き、止まれば止まるを繰り返している。
「もぉっ!!さっきから、ずっとラブラブな姿を見せつけられてるんですけどぉ?!」
「おいおいっ……由美香?ぼ、僕に言うのは……少し筋違いってもんじゃないのか?」
30歳になるまでの俺は、ずっと気を張って生きてきた。
それが、俺の身体が女性になった途端、飲み友達である徹さんという存在が……彼氏役に変わり、成り行きで『僕が一緒に居る』と、約束されたのだ。
俺は、社会人になってから暫くして実家を出たのだが、その時から今日までずっと、仕事からアパートの自分の部屋に帰れば、一人での生活だった。
「徹さん……?わたしと、ずっと一緒に居てくれますよね?」
「えっと……だな、あぁ……っ!!そ、そうだよ?僕は、巳琴さんの側にいるよ?」
「もうさぁ?パパ、巳琴さんのこと……抱いちゃいなよぉ?さっきみたいな……悪いおっさんとかに、巳琴さんの初めて……奪われちゃう前にさぁ?」
「ば、バカなことを……こんな人通りの多い場所で、言うんじゃないっ!!」
愛だ恋だのは抜きにして、同じ会社の一回り違う飲み友達の徹さんが、女性の身体になったことで、早速怖い思いをした俺と、一緒に居てくれるのだ。
会社では毎日のように、自席で次の日を迎える日々に、本当は俺の心が悲鳴をあげていたのかもしれない。
そこへと、急激に女性ホルモンが作用され始めた事と、デパートでのあの一件が起こったせいで、俺の精神状態は不安定になってしまった。
「わたし……怖いの……。一人でいる時……攫われて……。死にたくなる程……乱暴されるの……。きっと……。」
「おいおい……。何言ってるんだよ?!大丈夫だって、僕言ったよなぁ?巳琴さんには、そんな思い……絶対させないからな?だから……さぁ?今日は僕の家で、巳琴さんの誕生日のお祝いも兼ねてだなぁ……?玉川くん、一杯飲らないか?」
変な事を口走って困らせないように、俺の頭の中は空っぽにしていた筈だったのだが、口から出た言葉は……まるで、かまってちゃんな女性のようだ。
そんな俺の戯言を上手に流して、以前の呼び方で家飲みのお誘いに繋げてくるところが、恐らく……女性には百戦錬磨な徹さんと言うところだろうか?
ただ、家飲みするのはいいのだが、大抵俺が酔い潰れてしまい、徹さんのご自宅に泊めていただいているのだが、それは頭にあるのかは心配になった。
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「お邪魔しまぁーす。この玄関の感じ、超久しぶりっすねぇー!!」
「ああ、ここ最近……玉川くんとは、居酒屋飲みが多かったからなぁ?それか、由美香交えての食事会とかなぁ?」
「パパ!!さっきから、その呼び方ダメって言ってるよねぇ?!それに、巳琴さんも!!言葉遣い!!もう……どこからどう見ても、美人さんなんだからねぇ?気をつけて!!」
普段慣れ親しんだ言葉遣いや、呼ばれ方をされている間は、不思議と男性だった頃の俺自身を、保てている気がする。だから、由美香さんに叱られようが、鈴木家に辿り着くまでの道中は、それを続けてきたのだ。
「いやぁ……。家飲みする時くらい、いつも通り『玉川くん』でも良いだろう?そう思うよなぁ……?玉川くん?」
頭の回転がはやく機転がよく利く、流石は経営企画室の主任な徹さんは、俺の様子が違うことに気付いての対応だったと思われる。
「はいっ!!そうっすねぇー。明日から『わたし』って、絶対言うんでっ……!!今日は、『俺』って言ってても良いっすかぁ……?」
「もうっ!!絶対ですからねぇ!!約束してくれますかぁ?破ったら……『私のパパと巳琴さんが本気で付き合う』で、良いですよねっ?」
「い、今だって……俺と徹さん、お付き合いしてるようなもんすよねぇ?」
「え?『本気で付き合う』のですから、心から愛し合わなくては論外ですよ?それに、一緒にお風呂入ったり?一緒に寝たり?身体を重ね合ったり?しないと!!」
風除けの為に、徹さんには俺の彼氏役は買って出て貰ってはいるが、本気で付き合っているわけではない。
まぁ、俺自身を保てなくなると、かまってちゃんな『わたし』が主導権を持ち始めるわけで、その時の二人の様子は、まるで付き合っているようだ。
「た、玉川くん!!責任重大じゃないか!!明日から、本当に気をつけてくれよぉ?でないと、僕たち付き合う事になっちまうからさぁ……?」
「あれぇ……?パパは、巳琴さんがやらかしてくれた方が、嬉しいんじゃないのかなぁ?こんな美人な巳琴さんの初めてが、タダで頂けちゃう訳だしぃ?」
全ては、明日からの俺の言動次第で、今後の二人の運命が決まるという事だ。ただ、俺が本格的に女性として生きていくのであれば、わざとやらかして徹さんに全てを捧げ、ゆくゆくは後妻におさまるというのも、悪くはないだろう。
しかし、あくまでそれは一般論であって、俺も徹さんもお互いのことは、飲み友達だという認識が強くある。それに、スーパー銭湯のサウナなどで、お互いの身体については目に入っていた筈で、徹さんの中では、男性だった頃の俺のイメージが強い筈だ。
「こらっ!!由美香は、玉川くんの居る前で……あからさまに言い過ぎだぞっ?」
「あぁ……!?もしかして……パパぁ、図星だったぁ……?!うんうんっ……!!分かるよ……?こんな美女が、パパのモノになるんだもんねぇ……?!」
「あっ……?!そういえば……徹さん、俺に『これからは、僕が一緒に居るから』って、言ってくれたんすけど……どういう意味っすか!?例えばっすけど、俺が……徹さんたちのご自宅で一緒に生活するとかってことっすか?」
ハッとした表情に変わった徹さんは、急に天井を見つめ始めると、黙り込んでしまった。
咄嗟に出てしまった言葉なのだろうが、そこから先のことについては、そこまで深くは考えていなかったのが窺える。
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「本日、二度目のぉ……?かんぱぁーいっ!!」
「お、おぅ……乾杯っ!!」
あの後、徹さんからは、『玉川くんと、飲みながら考える』と、はぐらかされはしたものの、俺の買い物の荷物などを置いて、買い出しに出掛けた。
まだ、由美香さんもいるので、食べ物については彼女のご要望を聞いてご機嫌を伺いながら、俺たちが食べるおつまみや、お酒などを買い込んできた。
一昨日も、徹さんとは平日飲みしたばかりだが、今日の俺はどうしてだろうか、日本酒を飲んだせいなのか、凄く気分晴れやかで終始ご機嫌なのだ。
「何か……玉川くん、いつもよりペース早くないか?もう……3合は飲んでるぞ?」
「俺なら、大丈夫っすよぉー?だってぇー?徹さんが、俺なんかと一緒に居てくれるんすよぉ?」
「あっ!!パパ……その件、忘れてたでしょ?!」
17時頃から飲み始めて、今何時なのかはよく分からないが、まだ由美香さんが居るので、そんな遅い時間ではない筈だ。
いつも、ある程度の時間になってくると、由美香さんの姿はいつの間にかなく、俺と徹さんだけになっている。
「べ、別に……忘れてなんかいないぞ?何が玉川くんにとって最善なのか、こうして飲みながら……悩んでたところだったからな?」
「それなら良いんだけどね?私、そろそろお風呂とか入るから、あとは……若いお二人で、なんてねっ?」
「おいっ……!!そうやって、親を揶揄うんじゃない!!」
黙って、二人のやり取りを眺めているうち、俺はだんだんと夢見心地になってきてしまった。やはり、普段なら2合でやめている日本酒を、今日は3合も飲んでしまったからだろう。何だか、ふわふわとしてきて、二人の声も遠くに聞こえはじめた。




