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第6話 美処女の危機に現れた飲み友達

 「ねぇ?お姉さん、一人できてるの?」

 「い、いえ……。」


 デパートで買い物中、急に腹痛を催してしまった俺は、荷物を持って頂いている徹さんたちには悪いと思い、一人で女性用トイレがある階に来ていた。

 実は、今いるデパートに来る前、若者向けの商業ビルでお洒落なワンピースと、日常遣いのミドルラインの下着を選んでもらって、俺は着替えていた。

 慣れないワンピースなんか着るもんじゃないと、女性用トイレの個室内で俺は用を足しながら、後悔していた矢先の出来事だった。


 徹さんとのインスカでのやり取りで、由美香さんが、俺がここぞという時用の、高級ラインの下着を選び始めたと知り、止めに行こうとトイレを出た。

 そんな俺に、恰幅の良い中年男性が声をかけてきたのだ。

 確かに、デパートのトイレの出入り口付近には、夫婦やカップルなどで来た相手を、手持ち無沙汰な様子で待っている姿をよく見る。


 「これから、ぼくと休憩してくれないかなぁ?そしたら、ここで好きなもの買ってあげるから……ねぇ?」


 はたから見れば、俺の周りには親しそうな男性の姿は見当たらない為、一人で来ていると思われても何ら不思議ではない。

 ただ、初対面の男性に『これから、ぼくと休憩してくれないかなぁ?』なんて、あからさまに言われて、ホイホイついて行く女性などいるのだろうか?

 まぁ……でも、はなから勝機がないと分かっていて、声を掛けてくる程バカではない筈だ。


 恐らくだが、この男性には相当な数の成功体験があり、その経験則から俺もいけると踏んで、声を掛けてきたに違いないのだ。


 「わ、わたしっ……。今日は、か……彼氏と来てますからっ……。」

 「えーっ?本当にぃ……?彼氏なんて、居ないんじゃないのぉ?今の言い方、凄く怪しいしねぇ?とりあえず、行こっかぁ!!」


 ──ガシッ……!!


 急いでいる時に、こういうダルい状況が重なってしまい、口から思わず『俺』という言葉が、飛び出そうになって、少し言葉選びに戸惑っただけだ。


 「や、やめて下さいっ……!!」


 それを自分の都合の良いように解釈し、俺の揚げ足を取ってきた上、強引に手首を掴んで連れて行こうとするという、強硬手段に中年男性は出たのだ。

 身長だけで、15cm以上小さくなってしまった女性の身体では、中年男性が俺の手首を引っ張ってくるのを、踏ん張って抵抗を試みても無駄だった。


 ──ググッ……!!ググッ……!!


 「い、痛いっ……!!手首が痛いですっ……!!」

 「あんまり騒ぐとねぇ……?おっかない人たち出てきちゃうからさぁ……?もう、お姉さんいい加減諦めて、ぼくたちと楽しいひと時を過ごそうよぉ……?」


 この、男性よりも非力で……性的搾取の対象にされ易い、女性の身体というものを、なったばかりの俺ではあるが、今日ほど恨んだことはないだろう。

 これは、俺にとって予想外の事態なのだが、ただの中年男性による、声かけ連れ去り未遂事案ではなく、複数人による婦女暴行事案に発展しそうだ。


 「なぁ……?そこの兄さん……。ちょっと……済まないなぁ?僕の彼女から、手を離しては貰えないかねぇ……?」

 「徹さんっ……!!」


 中年男性から、強引に手首を引っ張られながら、デパートの奥側にある階段を、無駄な抵抗だとは知りつつ、俺がゆっくりと降り始めていた時だった。

 俺の背後から、よく聞き慣れた……優しくも芯のある声が、階段に響いたのだ。

 どうしてだろうか、この状況で俺は胸がキュンとしてしまって、目頭には熱いものが溢れ出てきそうになっている。


 「本当に彼氏と一緒に来てたなんて、ぼくは知らなかったんだよぉ……!!うああああっ……!!」

 「えっ……!?」


 恐らくは、俺が嘘をついていると中年男性は思い込み、徹さんの登場は想定外だったようで、掴んでいた手首を急に振り払って、逃げ始めたのだ。

 その為、手首を引かれる体勢だった俺は、急に手を離されてバランスを崩してしまい、階段から転げ落ちることを覚悟して、恐怖のあまり目を瞑った。


 「巳琴さんっ!!」


 ──ガッ……シッ……!!


 「怪我……ないか?」

 「うっ……こ、怖かったよおおおおっ……!!うわあああああんっ……!!」


 もうダメだと思って目を瞑り、あとは階段を落ちて行くのを、ただ待つしかできなかった俺だったが、いつの間にか徹さんの腕の中にいたのだ。

 あまりの恐怖でなのか、俺は大声をあげて泣き出してしまっていた。30年も生きていれば、同じくらいの恐怖体験は、過去にも経験してきているが、泣き出したことなどはなかったので、俺自身一番驚いている。


 ──ギュウウッ……!!トンッ……トンッ……


 「うううぅっ……ううっ……うっ……うっ……。」

 「怖かったよな……?美人の彼女を、一人だけで行かさせてしまった、僕のせいだ……。」


 気付けば、俺の身体はガクガクと震えており、それを気遣ってか、徹さんが身体を抱き寄せ、優しく背中を叩いて、落ち着かせようとしてくれたのだ。

 これでは、はたから見たら恋人同士というか、親娘のようなのだが、徹さんには由美香さんといた時間の方が長いはずなので、そうなるのも頷ける。


 「ううっ……。もう……わたし、一人が怖いです……。うっ……うわぁぁぁぁんっ……!!」


 ──ぽんっ……ぽんっ……


 「これからは、僕が一緒に居るから……な?巳琴さん?それなら、平気だよな……?」

 「うっ……うっ……。は、はいっ……。ううっ……うっ……。」


 一体全体、何てことを俺は口走ってしまったのだろうか。これも、今や俺の身体の中に満ち溢れている、女性ホルモンからくる情緒不安定というやつからだろう。

 それにしても、この流れ……俺の中では絶対にあり得ない事態で、気まず過ぎるにも程がある。


─_─_─_─_


 「あれぇ!?パパと巳琴さん、急にラブラブカップルになってるじゃないのぉ?!一体……私がお会計済ませてる間で、何があったんだぁ!?」

 「ま、まぁ……色々あってな?今日から、僕は……巳琴さんの側に、ずっと居ることになってな?」

 「はぁ……?!パパも巳琴さんも、自分たちは飲み友達だから?恋人同士になることは、絶対あり得ない!!みたいな事、私に言ってくれたよねぇ?」


 全く……『耳が痛い』とは、こういう場面で使う言葉なのだと思いながら、徹さんと由美香さんとの親娘もやりとりを、俺は黙って見守っていた。

 どういうわけか、徹さんの腕に抱きつくように、俺は腕を絡ませて身体を寄せていると、不思議と……恐怖からくる身体の震えがおさまったのだ。

 由美香さんの前で、先程のように俺の泣きじゃくる姿を、絶対に見せたくなかったので、苦肉の策だった。


 「いや……由美香?勘違いするなよ?巳琴さんがなぁ?『もう……わたし、一人が怖いです』って言うから……女性からそんな事言われたら、なぁ?」

 「巳琴さん、なかなかやるじゃないのぉ!!パパが……女性からそういう事言われて、前向きな答えしたの……今日が初めてだからねぇ?」

 「え……。」

 「おいっ!!そんなこと、巳琴さんにバラさなくてもいいだろ?!」

 「パパ、こう見えて……意外とモテモテなんだからねぇ?」


 飲み友達だから、きっと独身で童貞な俺に気を遣って、徹さんはそういった色恋沙汰の話題は、出さないでおいてくれていただけだったのだと察せた。

 なら、女性たちからの話を拒み続けてきた徹さんが、どうして俺からの提案には、一つ返事でOKを出してくれたのだろう?

 震える身体で俺が泣いていたから、徹さんの優しさで同情心からだろうか。

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