第2話 崩壊する女性に抱いていた幻想
『どうしよう。』という言葉が、30歳の誕生日に突然……【美処女】になってしまった俺の頭の中で、ぐるぐると渦巻いている。
あの後、俺は自席に戻ってはみたものの、仕事が全く手に付かず、時間も時間だったので、借りているアパートの部屋の前まで帰ってきたところだ。
──カチカチカチカチッ……
「えっ!?俺の手……震えてるのか?!」
俺はただ……部屋の玄関ドアの鍵穴へと、鍵を差し込もうとしただけだ。どうして、そんな単純な行為なのに、俺の手は震えなければならないのだろうか?
会社からこの部屋までの10分程の帰路、俺の口からは……先程の『どうしよう。』という言葉しか出て来なかった。
きっと、俺の頭の中はパニック寸前なのだろう。この手の震えは、俺の精神状態が異常をきたしているサインかもしれない。
──スウゥゥゥッ……ハアァァッ……
「落ち着け……。落ち着け……。」
一度、自分を落ち着かせようと、俺は深呼吸をしてみたのだが、呼吸が浅い。
今度は、自分に暗示をかけようと声を発しても、聞きなれない女性の声で、全く集中出来ない。
──カチカチカチカチッ……カチャッ……!!
鍵を持つ震える右手を、左手で抑えながら玄関ドアの鍵穴へと、鍵を思い切って突っ込んだ。
そのおかげで、何とか鍵を開ける事に成功したまでは良かったのだが、実は……この玄関ドアには二つ目の鍵穴が待ち受けていたのだった。
「はぁ……。」
─_─_─_─_
今日は俺の30歳の誕生日でもあり、土曜日でもある。
幸か不幸か、俺は地元では有名な小売業の販売促進部に所属しているが、勤務体系は土日祝日休みの毎週週休二日制になっている。
それ故、休日出勤は出来る限りしたくないので、日付が変わるくらいまで残業せざるを得ないのだ。
だから、次の出社日までは俺の身体が女性に性転換してしまった事は、バレないで済むだろう。
ただ、今日は徹さんと娘さんが俺の部屋へと、昼前から訪ねてくる話になっている。先日の居酒屋での話の流れで、何故かそうなってしまった。
俺の数少ない飲み友達と言うべき、徹さんとの約束だ、今日の今日でドタキャンする訳にもいかない。
訪ねてくるまでは、俺の身体のことは黙っておいて、その時に包み隠さず話すしかないだろう。
幸いにも徹さんと俺は、InstantCalleeという名の、日本生まれのSNSアプリで連絡を取っている。
因みに……略称はインスカと呼ばれ、フォロー機能、友人登録機能、各種通話機能、DM及びチャット機能と大抵のSNSの機能が網羅されている。
ただ、徹さんはチャットに反応がないと、俺が文字を打つ余裕がないと判断して、直接電話してきてくれるので、今日は要注意だ。
とりあえず、徹さんたち親娘が来るまでに、俺もひとっ風呂浴びて、身なりを整えておかないとマズい。
しかも、女性の身体になってしまった訳だから、俺の身に纏う衣服から、変な臭いが漂ってきたりするのもダメだろう。
そんな事を考えながら、俺は脱衣所で一日近く着ていたワイシャツをまず脱いだ。
──パサッ……
伝え忘れていたが、何とか玄関ドアの鍵を二箇所開ける事に成功した俺は、部屋に入ることが出来たので、この場に至っている。
まぁ、そんなわけで……俺は脱いだワイシャツを洗濯カゴへと放ると、いつも通りに下着のシャツを勢いよく脱いだ。
──スウゥッ……
「よいしょっ……とぉ!!」
──ズズッ……!!バサッ……!!
「いっ、痛っ……?!」
ぷるんと弾けんばかりなお胸が二つ、飛び出したのは良いのだが、下着のシャツを脱いだ際、先っぽが擦れたのだろうか、俺には結構な痛みが走った。
アニメやコミックなどでは、男性が女性の胸を鷲掴みにするシーンをよく見てきた俺は、自分の身体の思わぬ反応に驚きを隠せなかった。
──ツンッ……!!
「やっぱ痛いっ……!!」
露わになっている自分のお胸の先端を、粗方の予想は出来ているのにも関わらず、俺は……興味本位で強めに突っついてみた結果がこれだ。
そこを触られたりした女性が、気持ち良さそうな声をあげるシーンを見かけるが、恐らく……男性を喜ばせる演出なのだと、俺は身をもって悟った。
──パチンッ……!!ジイィィィッ……!!
──シュッ……!!
「はぁ……。夢じゃないんだなぁ……。」
履いているズボンのボタンとファスナーを開けた俺は、両手でボクサーブリーフも一緒に掴むと、膝の辺りまで一気に下ろした。
すると、脱衣所にあるドレッサーの鏡には、見慣れぬ形状の裸体が写し出され、聞き慣れぬ溜め息と落胆した声が俺の耳へと入ってくる。
──シュッ……シュッ……
──ゴソゴソッ……パサッ……
それにしても、一体全体……俺の身体、何が起きたというのだろう。身長なんて……175cmくらいあった筈なのに、160cmあるかないかくらいまで縮んでしまっている。まぁ、手や足のサイズだってそうだ。
ただ、頭のサイズはと言うと、女性らしい感じの小顔になっており、美人顔にはなってはいるが、大きさ的には然程変わってはいないようだ。
──ハァッ……ハァッ……ハァ……ハァ……
身体こそ女性になってしまったが、今のところ心や思考は……昨日まで男性だった俺のままだ。
30歳まで童貞だった俺の目の前に写るのは、絶対に拝める筈もないような美女の一糸纏わぬ姿だ。
そんな姿を見させられた上で、俺に邪な考えが浮かばない訳がない。
そう……鏡に写る美女のあられもない姿を見て、興奮してきてしまった俺がやる事といえば、一つしかなかった。
─_─_─_─_
浴室の鏡の前で俺は……ガニ股開きのポーズを取ったまま、暫く立ち尽くしてしまっていた。
まぁ、初めてそれを会社のトイレで確認した際は、色んな意味で初見殺し過ぎて、結局外観を拝むだけで済ませてしまっていた。
そもそも、30歳の誕生日に、男性の俺の身体が突然美人の女性に性転換してしまったのが、一時的なもなのか永続的なものなのか、知る由もない。
そうなると、少なくとも暫くの間は、俺は女性の身体での生活を強いられることになる。
だから、まずは男性にはない機能を持つ、女性特有のそれを……じっくりと観察してみる必要があると俺は判断したのだ。
先程、興奮を抑え切れない俺は喜び勇んで、浴室へと入ると……シャワーも浴びずに、今とっているポーズをした後、両手でご開帳と相成った訳だ。
浴室の鏡に写るそれを、まじまじと拝ませてもらっておいてなんだが、それまでの興奮など一気に冷めてしまうものだった。
ただ俺は、モヤモヤした気分をスッキリしたかっただけなのだが、逆効果だった。
テコ入れとばかり、成人向けの映像作品で、女性が一人で発散するシーンを思い出した俺は、見よう見まねで少し試してみたのだが、全くダメだった。
残る手段といえば、男性に抱いてもらうしかないのだが、俺はどちらも実物を間近で見ているので、絶対に無理だと思った。
なので、絶望しか残っていない俺には、もう立ち尽くすしかなかったのだ。
「とりあえず……頭と身体洗わないと……。」
──ジャアアアアアアアアッ……
この後、徹さん親娘が俺を訪ねてやってくるのだ。
そうだった……俺は、自分から変な臭いがしないか気になって、とりあえず身体を流そうとしただけだった。なのに、邪な事を考えてしまったばかりに、図らずも俺自身を追い込む羽目になってしまった。
それと……身に付いた習慣とは怖いもので、女性の身体になった俺にとって、一番大事なところを、手も洗わずに触れてしまった事に、今気付いた。
とりあえず、由美香さんが来たら……その時に色々と教えてもらうしか、女性としての俺の生きる道はなさそうだ。




