不良娘と特待生 2
「ない!」
おおよそクリュール区の地図の区画を一時間ほど歩き通した末に、怒り交じりに出た言葉がそれであった。
「やっぱり、ない!」
同じ場所を永遠と行ったり来たり。
結果的に何週も同じ場所を回り、それらしき魔道を扱う店を何度も覗き込んだが、やはり目当ての人物はどこにもいなかった。
「ないわ!」
苛立だしげに獣皮紙を引っ張る。
「これ、ガセじゃないの!」
あの忌々しき小隊長の憎たらしい顔が浮かぶ。お前、こんな簡単な仕事もできないの?そういわれているような気までしてきた。
「あーもう」
カーリャはイライラする。
ついでに地団駄もした。
すぐ近くのクソガキが、「かーちゃん。あのねーちゃんブチキレてるよ」と指さして馬鹿にしてきたので、目つきが悪くて大変ですねでおなじみのやぶ睨みをかましたら少しだけ涙目になったので溜飲が下がった。
子供泣かして大人げないのもなんのその。
なんか、偉く疲れたのでカーリャは肩を落とした。
そして、視線をよそに向ける。
視線の先には飲食店があった。
なんの飲食店かわからない。
いや。
正確には、飲食店の看板はあった。
看板にはこう書かれていた。
ブーランジェリー・スフィールと。
「ぶ、ぶーらん?」
聞いたことのない言葉だった。
ジェリーとは、ゼリーのことだろうか。
スライムなどをジェリー・スライムと呼んだりもする。
ゲル状のあれである。
つまり、ブーラン・ゼリーというゼリー専門店なのかもしれない。
スフィールは、まあ屋号だろう。
「なぞの店ね」
飲食店には間違いないだろう。
外からも、店内で飲食をするための机や椅子が幾つか置かれていた。
内装は外から見ても綺麗である。
だが、致命的に人がいない。
営業しているのだろうか。
店回りは花など飾ってあるし、軒下にもゴミや塵が落ちていないところを見ると、店主は衛生感覚に優れているのだろう。
建造物自体もまだ綺麗で、おそらく新築だという事が素人目に見ても理解できた。
どちらかといえば、アンティークでシックな良い店構えである。
カーリャは割と店構えは初見で気に入った。
けれども、やはり人がいないのが気になる。
何を喰わせられるんだろう。
カーリャは、はるか昔に森で餓死しそうになった時にオークの肉を焼いて喰った昔の苦い思い出が脳裏に横切った。
魔物とはいえ、二足歩行は辛かった。
若干生焼けだったし。
師匠は「肉は生が上手いんだよ」と言っていたが、どう考えても食中毒になるから肉はじっくり焼いた方が良いと思った。
次の日、お腹を壊したし。
あれと比べたら、どんな下手物料理も可愛いものである。
王都の中にある飲食店なんだから人に喰わせられないようなものはさすがに出さないだろうと、カーリャは考えて勇気を踏み出して入ることにした。
我ながら物好きだと思いながらも、「一人空いてる?」と手垢の付いていないドアノブを回した。
「いらっしゃいませ~!」
若い少女の声が店の中に響いた。
〇 〇 〇
まず、目を奪われたのはその少女にである。
率直に言って可愛い少女だった。
金髪碧眼。
非常に珍しくない。
だが、向日葵のように輝き、絹のように細い髪はセミショート。
ブルーサイファイアのような瞳は大理石のように輝いていた。
服装は典型的なウエイトレス姿。
いわゆるエプロンドレスである。
中々良い素材を使っていると傍目にも解るが、だからといって手が届かないほどの高級品でもなかった。市場価格の平均より若干値が張る程度だろうとカーリャの目には映った。
「いらっしゃいませ~。一名様ですか?実は団体客だったりしませんか」
「一名だけど」
「はい、どのテーブルも空いているので好きなところにお座りになってください」
「あ、うん」
「二日ぶりのお客様だ」
最後、若干聞き捨てならないことをぼそりと呟き、ウエイトレスの少女は立ち去って行った。
まあ、いいかとカーリャは窓際の席に座る。
単純に流行っていないのだろう。
椅子に座る。
良い椅子と机だった。
良いところのオーク材を使用しているのだろう。
店内も綺麗で誇りがなく、店主の拘りを強く感じさせた。
香りも木々のさわやかさを仄かに感じさせ、非常に落ち着く。
素晴らしい。
雑多な軍人御用足しのような店などもいくつか行きつけなカーリャからしてみても、この店の内装は減点するべきところがないほどに整っていた。
なぜ、こんな良い店が流行っていないのだろうかとカーリャは疑念が晴れなかった。
「メニューをどうぞ」
ふと見上げると、先ほどのウエイトレスがおずおずとメニューを手渡してくる。見た様子で客商売に手馴れていないのを感じさせられる。
おそらく、この店が初めてなのだろう。
カーリャはメニューをみやる。
「珈琲があるんだ」
海外で流通が多い珈琲文化がセインブルグに流入してきたのも最近であった。
遠方で諸島のラグラストラ辺りで流行っていたのが徐々に市民権を得たのだが、セインブルグはまだ紅茶文化が根深い。
実際の嗜好分布は、紅茶が七か八、珈琲が二か三、といったところだろうか。
だが、カーリャは意外と珈琲が好きであり、普段は実家で紅茶ばかり出されるので、良い機会なので注文することにした。
「じゃあ、これで」
「はい」
「それと……」
小腹がすいたので、軽食のメニューを見る。
入った当初からカフェのようなスタイルだったし、実際にはどちらかといえば軽食を専門に扱っているのだろうとカーリャは理解できた。
だが、その先が問題だった。
「あの」
「はい」
「えと」
「なんでしょう」
「あの、これは?」
「はい」
少女はにっこり答える。
「トーストです」
「とすと?」
「トーストです」
「なにそれ」
「食パンです」
「しょくぱ?」
「食パンです」
「しょ、しょぱん?」
「食パンです」
少女はにこにこ笑顔で聞いた。
「六枚スライスと八枚スライスがありますが、どちらが良いでしょうか?」
「ス、スライスするものなの?」
「はい」
「その、六枚と八枚はどう違うの?」
「六枚の方が厚みがあって食べやすくなっております」
「へえ、それはすごいわね」
「どうなさいますか?」
「あ、六枚で」
「かしこまりました。少々お待ちください」
少々待たされた末に何が出されるんだろうかと、カーリャは不安げに少女の背中を見送った。
すると、少女がくるりと踵を返して振りむいた。
「え、なに?」
「すいません。聞き忘れていました。付け合わせは、サラダでよろしいでしょうか
「よろしいです」
「ドレッシングは?」
「あ、お勧めで」
「かしこまりました」
かしこまられた。
軽い足取りで厨房に向かう少女に、カーリャは言い知れぬ不安を感じるしかなかった。
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