円卓議会 5
グランクはバナンに対してそこまで告げると、提議された議題を終わらせようと試みる。
「では、ゼファーリア大森林における竜案件については以上の対策で様子を見ることにしよう。バナンは状況に進展があり次第、私にも一報をくれると有難い。陛下、何かございますでしょうか?」
グランクの言葉にセインブルグ十五世は頷くと、その視線をゆっくりと、まるで天女のように麗しい瞳で見つめて、告げた。
「バナン。頼んだわよ」
「有難きお言葉」
バナンは王の言葉に座ったまま、敬礼で答える。グランクはそこまで見届けると、咳をはらい、話を続ける。
「では、続いての議題だが……」
議事を進行しようとするグランク。
だが。
「あの」
そこで、おずおずと手を上げた。またバッファが空気を読まない発言をしようとしたのかとセインブルグ十五世は訝しむが違うらしい。挙手をしたのは、魔道大隊大隊長補佐のフォルス=クレイレンだった。割と良い年齢なのに少年らしさを捨てられない青年は告げる。
「実は、女王陛下に私事の提言があるのですが」
グランクはそこで、銀のナイフで刺すような強烈な視線をフォルスに向けた。
「事前に提示された議題ではないな。急な提言とは、身の程を知っての発言か?フォルス=クレイレン五芒杖元帥補佐官」
グランクが静かながらに圧の強い声色になる。このような態度のグランクは大抵、本当に怒り心頭であるとセインブルグ十五世は肌にしみて知っていた。執政官として叩き上げられたグランクは規則や規律に準拠していない行動に対して厳しい。本人に悪気はないのだろうが、度々侍女に詰め寄って泣かせているのも目撃している。この歳で、独身でいるのも良く解るとセインブルグ十五世は思った。
当然のように、フォルスは首を下げる。
「申し訳ありません。身の程を弁えぬ発言を」
「提言、というがな。ここは貴公の私利私欲を満たす為に女王陛下に嘆願する場ではないのだが、それを理解しておいでか。フォルス=クレイレン五芒杖元帥補佐官。まさか、貴公がそのような常識さえ知らぬとは考えにも及ばなかった。セリナに対しても、部下の指導を行うように厳正に言い含めなければならぬだろうに。そこに対して、どう考える?フォルス=クレイレン五芒杖元帥補佐官」
グランクとしては当然のことを当然のように言っているだけなのだろうが、場の空気は悪くなっている。ただ、気を緩み口を滑らせただけなのにフォルスは針のむしろである。これだから、グランクは怖い。こういう時、この男を敵に回さなくてよかったとセインブルグ十五世は心底思う。
だが、さすがに状況は悪いし、普段はそこまで出しゃばった真似をしないフォルスが如何なる提言を持ってきたのか、セインブルグ十五世は興味があった。
なので。
「いいわ。聞きましょう」
グランクは険しい視線をセインブルグ十五世に向けた。
「陛下!」
咎めるグランクの言葉にセインブルグ十五世はにっこりと水の羽衣のように応えると。
「グランク。ここは平等の場よ。ここでは王も平民も区別は無いわ。それが初代が円卓議会に残した遺志。ではなくて?」
「そうは、申しますが」
「ただ、前例になってしまっては困るので、フォルス魔道大隊長補佐は以後、議会における議事は事前に提言する事。それは約束しなさい。解ったわね」
「はい」
フォルスは、救われたように頷く。
セインブルグ十五世は頷き返し。
「では、話を」
「はっ」
フォルスは、セインブルグ十五世の言葉に頷く。そして、中背という割には少し小柄な身体で姿勢を正し、話しを始めた。
「話の前にお聞きしたい事が一点あるのですが。陛下はアーシュナイド魔法学院という学府の存在をご存じでしょうか?」
「アーシュナイド魔法学院?」
聞き覚えのない名を挙げられて、少々戸惑うセインブルグ十五世。傍らのグランクに軽く視線を向ける。グランクは察したとばかりに頷くと、セインブルグ十五世の疑念を解消し始めた。
「隣国ベルファンドに存在する教育機関の一つです。彼のウォルフ=アーシュナイドが創立者であり、総合的な魔道、魔術の教導を行うと聞いております」
「すごいのかしら?」
「すごいと聞き及んでおります。セインブルグ王国にもいくつか、魔道に関する教育、教導の機関はありますが、属の幅広さと教育水準の高さは、悔しいながらガリア大陸随一かと」
「なるほど」
感嘆する。
セインブルグ王国の魔道に関する教育水準は低くない。むしろ、隣国を始めとする諸外国に誇れるほどである。ベルファンド王国の方が魔道に関する教育水準が高い傾向にあると聞いていたが、魔導や魔術に興味が沸かないのも重ね合わせ、そのような教育機関が存在するとは知らなかった。
グランクはフォルスに銀の槍で刺し殺すような視線を向けると。
「それで、フォルス五芒杖元帥補佐官。意地悪くも恩を仇で返すかの如く、大海の心を持つ陛下を試す真似をして、話は終わりかね」
やはり、まだ怒っている。年齢を重ねると沸点が下がり辛くなる傾向にあるという噂が真実だと、セインブルグ十五世はグランクの姿を横目に実感を覚える。
フォルスは再び狼狽し。
「いえ、本題はこれからです。決して、陛下のお心を乱すようなつもりは……」
グランクの「どうだか」と言わんばかりの視線を浴び、居心地悪そうに話を続ける。
「実は、前年、いえ本年に当たるのかな?ノーゼス・ウォヌスの末期、卒業となった者が突如、ベルファンド王国から行方をくらませまして、このセインブルグ王都のアークガイアに移住を行ったらしいのですよ」
「学生?たかが学生の話?」
「いえ、実はその学生は三年連続、学内で行われる定期試験で全生徒内一位の成績を残しまして。いわゆる本年度の首席生徒という事です」
「そう」
「我々魔道大隊ダビデと致しましては、ぜひ、そのような優秀な人材は内部に問い入れたいと思いまして、陛下に陳情した次第でございます」
「人員の採用案件なら軍の計務課に申請しろ。悪戯に陛下の時間を奪うな」
と叱責したのはバナンであった。実際、そのような案件ならば直属の上司に相談。フォルスの場合はセリナに対してだろうが、彼ほどの立場になれば採用案件の一つ程度、独断で進めてもだれにも文句は言われない。
だが。
「秘錬官監院も勘付いておりまして。そういった優秀な人材を研究機関の連中に採られたくないのです。なので……」
それで、慌てて、つい、という話なのだろう。気持ちは解るが、副官が浮足立った性格ならばセリナも苦労するだろうにとセインブルグ十五世は少々思った。
グランクは先ほどから厳しい視線を更に厳しくしてフォルスに問う。
「ちなみにどこからの情報だ?」
「王都治水院の戸籍課です。クリュール区の役所から流れてきた情報です」
そこで、グランクの射貫く視線がバッファに向かった。心の弱いバッファは後で問い詰められるのかと普段から若干おかしい挙動を更におかしくした。とんだとばっちりである。
「なるほど」
セインブルグ十五世は彼の前で手を組み、少し思案した。そして、軽く目を細めると。
「解りました。この件は私が預かりましょう」
「陛下!」
グランクは狼狽する。たかが採用案件一つを大国の主が手掛けるなどと、聞いたことがないからである。だが、王は。
「私が動いた方が、軍の計務課も重い腰を軽くするでしょう。それにもし人材がフォルスの言うように本当に優秀なのであれば、国で囲う事に利はあれど、害はないわ。ただ」
そこで、王はフォルスに言い含める。
「本人の個人意志は尊重します。もしその者が危険な軍属を厭い研究職等を強く希望した場合、私は咎めません。それでいいですね」
「はい。有難うございます」
少々、不満げなのが見て取れた。どうしても手元に欲しい人材なのだろう。基本的に王国における優秀な人材は自国で囲う。人もまた資源であり財産であるからだ。優秀であればあるほど、他国への流出は阻止する。まして学徒など、自国の技術が他国へ流出する恐れがあるので尚更である。
話にしばしの空白が生まれ、グランクはそれを埋めるように口を開いた。
「さて、話は以上で良いかな。では、議題が詰まっているので次の話題に移ろうと思う。次の議題は……」
グランクの響く声を横にセインブルグ十五世はしばし思案に耽った。
優秀な学徒。そして、ゼファーリア大森林に巣くうと目される巨大な竜。複数積み重なる問題。悩みの種は多い。
セインブルグ十五世の内心とは裏腹に、議事は刻々と進んでいった。
〇 〇 〇
それより、おおよそ幾何の刻が過ぎ。
そこまで数の多くない議題がつつがなく処理され、円卓議会は円満に終了した。円卓の間は今、閑散としており、すでにバナンを始めとする参列者は解散し、自らの職務へと戻った。
セインブルグ十五世は閑散とした円卓の間の椅子に座り、書状をしたためていた。自室でも出来ることだが広い城内、詰まる職務、自室に歩いて戻る手間も惜しかったし、軍の計務課であるラプラスに送る書状などに一国の王が気を払う必要性はなかった。
「熱心ですな」
グランクが、年季の入った扉を音を立てながら開くと、開口一番の言葉がそれであった。おそらくは、嫌味である。王がそのような些事を引き受けるな、と。グランクの立場からすれば、苦言も告げたくなるとセインブルグ十五世は痛ましいほど理解できた。
「嘆願すれば、受け入れてもらえると勘違いされますぞ」
「今回だけよ」
グランクは書状を覗き見る。
「調査依頼、ですかな?」
「ええ、私の書状なら今日中に首席卒業生周りの情報収集を始めるでしょうし、早ければ午後にでも必要最低限の身辺情報が明らかになるでしょう」
「そのあとは?」
「暇な騎士大隊の第七師団でも突いて、お使いをさせるわ。連中も訓練ばかりで退屈でしょうし、良い気晴らしになるでしょう」
第七師団の評判は悪い。分類的には遊撃部隊、とでも評するのだろうが、実際はどの部署も任せられない半端な者の集まりである。
ただ。
第七師団と聞いて、グランクが眉をひそめる。なにか思う事でもあるかのように。
「第七師団、ですかな?」
「ええ。それが何か?」
「いえ」
グランクは王の言葉に首を横に振り、そこで一度言葉を切る。そして、王に対して心配げな瞳を向け、気をもむように告げた。
「私から申し上げることはありません。フォルスの下らぬ嘆願を引き受けたことも、申す事はありません。ただ……」
「ただ?」
「誰が何を陰で言おうと、あなたしかこの国の王はいないのです。あなたのかわりには何者もなれないのです。たとえ、ファラリス殿下であろうとも、なので」
グランクは、そこで懇願するように言う。
「くれぐれもご自愛下さい」
そのグランクの言葉に。
セインブルグ十五世は困ったように微笑を浮かべると、優しく返す言葉を紡いだ。
「わかったわ。安心して」
そうして、その日のアークガイアは、小さな事件こそ無数にあれど、大事とされることは何事も無く、一日の終焉を迎えたのであった。
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