円卓議会 4
セインブルグ十五世は円卓に座る人間を一瞥する。
まず、王国軍の軍部の総長であるバナン=バルザック。本名はバナン=トニュック=グランジェネル=バルザックという。伯爵位を持つが要職との兼ね合いで領土は持っていない。軍部の総括をしながら領地運営は出来ないからである。
四十過ぎの老齢な印象の男性であり、ジャケットタイプの軍服に身を包んでいる。身長はグランクと同程度だが、細身なグランクとは対照的に軍服の上からも鍛え上げられた屈強な肉体を感じることができ、軍人らしく隙を感じさせない威圧感を持つ。グランクがフクロウならば、バナンは獅子であろう。荒野を駆け巡る雄獅子のような土色の髪に、口髭を生やしている。
軍部の総大隊将公とグランクは言ったが、正確な役職は六星大将公といい、セインブルグ王国の軍を総括する立場である。
バナンは、セインブルグ十五世の姿を確認すると、恭しくも頭を下げた。
「陛下。ご機嫌麗しゅう存じ上げます。本日も大変にお日柄が良く、まるでこの王都を偉大なるコーリアガイア神が祝福しているかのようでございますな」
屈強な印象に似合わぬ慇懃な挨拶。グランクは軽く頷くとバナンに言葉を返す。
「円卓議会は平等な場であるからに、悪戯な気遣いは無用だと陛下は考えておいでである。バナン将公、よろしいかな?」
「は。仰せのままに」
バナンは胸に手を当てて首を下げた。
セインブルグ十五世は、円卓を更に見渡す。
他に参席しているのは騎兵大隊総隊長である王弟の補佐官であるゼナン=フェルランドゥ。まだ二十代後半だが、王弟が騎兵大隊の総長になっていなければ、最も総長に近い立場の男性である。軽く赤みがかった髪の美男子で実直な印象がある。もう一人は魔道大隊の大隊長補佐を行う男性でフォルス=クレイレン。どちらかといえば細身で男性にしては小柄である。女性であるセインブルグ十五世より少し上背が高い程度だろうか。青みがかった黒髪である。美青年ではあるが、ゼナンと違いどことなく頼りなさげな印象をセインブルグ十五世は感じた。二人とも、軍服に身を包んでいる。騎兵大隊、魔道大隊共に総長は出席していない。
次いで、バッファ=ザーヴィス。アークガイアの都市運営に対する総括を行っている。正確には王都治水院という部署の総責任者である。眼鏡をかけた几帳面そうな印象の男性で、礼服としても通用する薄手のコートを纏っている。几帳面で生真面目な性格と聞いているので、几帳面にも毎回、円卓議会に顔を出す。自分に信頼を置いているというよりも、単純に断る事が出来ない性格なのだろうとセインブルグ十五世は感じていた。
以上、四名が本日の参席者である。
空席は、女王の鎮座する席を除き八つ。これが今の国家に対する女王の揺るぎない評価である。
これでも、参席者があるだけ珍しい。軍部の騎士大隊、魔道大隊、そして都市の総括は毎回、誰かしらが参席してくれるが、本来、円卓議会に対する暗黙の参加義務を持つ六公爵家が顔を出した事は即位以来、一度もない。巨大な力を保有する六公爵家に王位を認められていないのである。
六公爵家の力は未だに強い。そして、その強大な権力と発言力を持つ六公爵家が味方に回っていない現在の状況は、セインブルグ十五世にとって、真綿にくるまれたまま、針のむしろに落とさるようなものである。何時、むしろの針が刺さるかは見当もつかない。
けれども、現状を嘆いていても状況は改善しない。現状を嘆き憂いている哀れな兎を狼は見逃さない。喰われたくなければ、例えそれが棘の道であっても、傷だらけになりながら進むしかない。
セインブルグ十五世はグランクに視線を移す。グランクは頷くと、空席の目立つ円卓に視線を移し、言葉を紡いだ。
「皆の者。足労、ご苦労。これより陛下主催のセインブルグ王国定例議会を開催する。一同、陛下に敬礼」
円卓議会に参加した一同は、右手を心臓の位置に当て、背を大きく曲げる。これは王位継承者に対する絶対的服従と、自らのアニマ、別の言い方をするのであれば、自らの魂を捧げるという意を示す。敬礼一つでその者の真意など図れはしないのだが。
数秒、その姿勢を維持し、全員が同じ挙動で体を起こす。さすがに軍人が多いだけあって敬礼一つも様になっている。都市長のバッファが少し遅れたが、それはご愛敬というべきなのかもしれない。
グランクは、再び頷くと言葉を続けた。
「では、議会の進行は平時の通り私が勤める事にする。自己紹介は、まあいいだろう。見知った顔ばかりだからな。略式な挨拶だが、皆の者、自らの職務で忙しい事だろうし、無礼講の場である。煩わしい流れは陛下の好む所ではないし、無駄を省き、円滑に議会を進めようと思う。意義のあるものは……」と、わずかな時間が刻まれ「いないようだな。では、第一の議題だが。これは緊急を要する案件の為、私の独断で優先して提議する事にした。知っての通り、昨今、セインブルグ王都アークガイア、つまりはこの都市の北西に存在する大樹海、ゼファーリア大森林において竜種の目撃情報が挙げられた。総大隊将公のバナンが参加してくれたのもそこに起因するものだと考えている。相違ないかな」
バナンは静かに、しかし強く頷いた。岩場でくつろぐ肉食獣の様な挙動である。グランクが話を続ける。
「私が聞いているのは、ビレッジフォレスティア駐留の斥候が竜種を発見したとの報告を挙げてきたという事ぐらいだ。軍部の方がはるかに精度の高い情報が伝わっているとは思うのだが、バナン。話を続けてもらっていいかな?」
バナンはグランクの言葉に再び頷く。そして、眠りから覚めた虎のように威圧的な響きの声で話を始める。
「斥候からの目撃証言が挙げられたのは先日だが、実際の目撃情報自体はもう少し早くてな。一番古い情報は、そう。おおよそ七日ほど前だったか。ビレッジフォレスティアを拠点に狩猟業を営む数名の若者が、森で大型の生き物を発見したと、そこから始まっている。ああ、失礼。女王の御前でありましたな。戦しか知らぬ無粋者ゆえ。失礼な口の利き方をしました。申し訳ありませぬ」
「かまわぬ。続けなさい。バナン」
そう、告げたのは女王であるセインブルグ十五世であった。バナンは少々驚き、目を見開く。まさか陛下自ら、言葉を発するとは思っていなかったからである。無礼講の場、というのは偽りではなかったらしい。
こほん、と軽く乱れた調子を取り戻すように咳ばらいをすると、バナン大将は再び口を開いた。
「では、お言葉に甘えて。組合所属の狩猟者数名による目撃情報を皮切りに、樵夫や採取職の者達からも提言が続きましてな。その全員が取り留めのない話をしておりまして。山が動いたとか、森が揺れたとか。そういった情報をつなぎ合わせていくうちに出た結論が……」
「竜種ではないか。という事か?」
グランクの言葉にバナンは頷く。
「真に信じられぬ話ですがな。辺境ならともかく、この王都で竜種の目撃情報など十年以上無かったものですからな。アファート草原での討伐戦は、陛下はご存じでおられますかな?」
セインブルグ十五世は静かに頷いた。
「あのぉ、私は存じないのですが」
都市長のバッファが空気を読まない発言をするが、バナンは無視し、話を続ける。
「実際、臆病な樵夫などが大樹や大岩を魔物と見紛う事は良くある事で、今回の件も巨獣の類が、大森林における生態系の乱れを始めとするなんらかの外的要因によって人里まで下りてきてしまい、それを見た者が恐れに狂乱し、必要以上に情報を誇張して伝えてしまったのではないだろうか、という推測もありましてな。そのような経緯が理由で基本的に軍部以外の情報は鵜呑みにしないと共有しているのです。なので、情報の精査という意味も込めて、斥候の強化をしたところ……」
「本当に遭遇したわけか」
グランクの言葉にバナンは頷く。
「実際に遭遇した斥候部隊の評価についても信頼に値するもので、軍部の推察においては、おそらく今回の件、黒かと」
「そうか」
グランクは困ったように顎をさする。バナンはこのような件に対しては堅実だ。情報の精査がいかに重要か、知っている。様々な戦を経験した男だ。情報の精査を誤ったら、先のアファート草原のように無駄な犠牲がでると骨身にしみて知っている。そのバナンが言うのならば、おそらくは間違いないであろう。
グランクは、続けて聞く。
「それで、竜種の種族は?斥候は見たのであろう。ゼファーリア大森林の地理に詳しいビレッジフォレスティアの駐留部隊だ。相応に、詳しい情報が報告されているはずだが」
「それが、間が悪かったのでしょうな。実際に接触が行われたのは日の沈みかけた刻限でして。撤収からの帰投の最中の遭遇だったと聞き及んでおります。逆光だったのもありまして、正確な種族までは看破しておりませぬ」
「そうか」
「ただ、現状で判明していることもあります」
「ほう。報告を」
「では簡潔に。体長はおおよそ十ルゥース。次いで、二足歩行だったと聞き及んでおります」
その言葉に、軍部のゼナンとフォルスがあからさまに顔色を変えた。明確な動揺が伝わる。セインブルグ十五世はバナンに厳かに聞いた。
「それは、大きいの?」
「アファート草原での討伐戦において交戦したヴェルズ・ケルドゥン種が七ルゥース強。種族や個々の特性によっても変わってくるのが実際ですが、一般的な竜種の大きさはそんなものだと我々は認識しておりますな」
セインブルグ公用単位で一ルゥースはおおよそ三メートル。つまりは、七ルゥースだと二十メートル超。そして、今回目撃された竜種は三十メートルをくだらないという話らしい。単純な体長比率ならば二対三だが、重量の比率で考えれば倍以上の怪物である。アファート草原で辛酸を舐めさせられたのに。軍部としては胃が痛む思いであろう。
グランクがまことに困ったように息を吐き、そしてバナンに話の続きを促した。
「他に、判っていることは?」
「現状、判明しているのは以上の事ですな。もう少し女王陛下に耳聞こえの良い話を持ってきたかったのですが、まことに申し訳ありませぬ。引き続き、精密な情報を得る為に斥候を平時の三倍にして調査を続行しております。近日中には確実な情報が得られるかと」
「討伐の遠征部隊編成に関しては?規模から推測するに最低でも二個中隊以上の投入は必要なのでは?」
「それも、現在準備を推し進めております。第二師団、第四師団から優先的に選抜を行おうかと。ゼファーリア大森林一帯は、元々第四師団の管轄ですからな。それと、おそらくは魔道大隊からの支援も必要とされるでありましょうから、その部分の折衝も推し進めている最中です」
「なら、確実な情報さえ得られれば、すぐにでも遠征に出られるという事なのだな?」
「御意に」
「兵は資産だ。アファート草原のような悪戯な損失は控えるのだぞ」
グランクの言葉にバナンは頷く。竜相手に随分と無茶な要求だとセインブルグ十五世は感じたが、それはグランクもバナンも解っている事であろう。
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