竜と刀とブルーベリー 2
女王は満足そうに微笑むと今度は魔道大隊の隊長補佐であるフォルスに向き直り。
「それと」
話題を転換する。
「フォルス。この間の話だけど」
「はい」
頷くフォルスにセインブルグ十五世は言葉を続ける。
「例の特待生の件。残念だけど期待外れの結果になりました」
「え?」
間抜けな返事だと思いつつも女王は軽く手を上げる。傍に控えていた男性の補佐官が、アカシア紙をフォルスに手渡した。フォルスは手渡されたアカシア紙に目を通すとすぐに、その表情に失望を浮かべた。
「例の特待生の諜報結果です。結論から言うと明確な誤報。クリュール区の役員に踊らされたわね。卒業生なのは間違いないですし、調査結果によると中々優秀な生徒だったらしいわね。けれども、すでに王都に転居後、魔道協会に引き抜かれて同区の組合で働いているらしいわ。勤務状況は良好。引き抜くのは難しいと思うけれども、引き抜きたければ自由にすれば良いわ。同様の情報をすでに、秘錬官監院にも報告しておきました」
アカシア紙には、十五歳、男性の情報が書かれていた。成績は中の上。魔導の最高位学府を卒業したという実績はとても魅力的だが、意欲的に引き抜きたいかと言われればそこまでの熱意を得られない程度の経歴であった。
どうやら、歴史に残るような大魔術師がひっそりと王都に転居するようなファンタジーもまた、存在しないらしい。フォルスは落胆と共に肩を落とした。
女王はフォルスの落ち込んだ様子に何かを思うかのように息を吐く。なにか後ろめたい隠し事をしているかのような表情であった。
「と、いう事で良いかしら。バナンは斥候の強化状況を維持。竜種の出現の後遺症で森の生態系も乱れているし、その点も考慮して頂戴。ゼファーリア大森林における一連の経済活動を復興する為ならば、あなたの裁量で自由にしていいわ。私の名を使う事も許可します」
「御意に」
バナンは頷く。
そこで。
「時に、陛下」
バナンは、聞く。
「何かしら?」
神妙な顔を崩さないバナンにセインブルグ十五世は首をかしげる。バナンは少女らしい仕草の女王に、心の底にある疑念を遠回しにぶつけて見せた。
「陛下は、レベリオン家をご存じでしょうか」
思わぬ質問に、多少狼狽しそうになるが表情に出すことは堪え、セインブルグ十五世は首を縦に振った。
「子爵の家系ながらも誇らしき忠臣と思っています。王家になくてはならない伝統ある名家の一つだわ。それが、なにか?」
「いえ。数年前に失踪後、一年程前に戻ってきたレベリオン家の三女が騎士大隊の第七師団で従騎士として働いているという話はご存じですかな」
「初耳ね」
「そうですか。それならば良いのですが」
バナンは、それ以上何も言う事はなかった。ただ、何か憑き物が落ちたかのように野獣の様な顔を緩やかに微笑ませるだけであった。ただ、小さく「面白いお方だ」と呟いているようにセインブルグ十五世は感じたが、おそらくそれこそ気のせいなのだろうと、円卓の生み出した虚ろな幻覚として処理することにした。
一連の議案が一様の解決をし、セインブルグ十五世は自分の仕事は終わったとばかりにグランクに向き直る。グランクもまた、先ほどまでのバナンと同様に腑に落ちない表情を崩せないままでいたが、気を取り直すと一連の状況を割りきり、咳払いをした。
「では。次の議題に入ろうか。続いての議題は……」そこで眉間に深くしわを寄せ「王都における新しい名産品の産出?なにを下らぬ。そんな物は王都治水院で勝手に決めればよい。バッファ、また貴様か」
グランクは臆病なバッファを睨みつける。バッファはいつものように狼狽し、しどろもどろになってしまう。このような気弱で流されやすい男が都市の自治管理、運営を行っているとなると非常に不安な事だが、こう見えて優秀であると知っているゆえに同情を隠せえなかったセインブルグ十五世は、静かに挙手をする。
「グランク。それも私なの」
敬愛する女王の意外にも意外過ぎる言葉にグランクは驚愕と共に目を見開いた。まさか自らの主が、それも大国を統べる王ともあろう者がこのような俗な議案を提議するとは予想だにしなかったからである。グランクは、思わぬ地雷を踏んでしまったことに罰悪そうに咳ばらいをして場を濁した。
「失礼致しました。女王自らの立案とは思いもよりませんでしたので。議案があるのならば事前に仰って頂けたらよろしいのに」
「ごめんなさい。貴方を驚かせたかったの」
そういい、多少意地悪に微笑むセインブルグ十五世の横顔にグランクは苦渋を隠せない。すりつぶした苦虫を舌で味わって飲み干したような表情である。
セインブルグ十五世はその愉快な表情をしばし味わった後、軽く手を上げて付き人の補佐官を促した。補佐官は頷くとあらかじめ段取りを理解していたかのように隣接する給湯室に向かった。来賓を持て成す為の簡単な調理が出来る設備で、円卓議会における飲食物の準備は全てここで行われる。隣接させることで、毒等の混入を監視する役割も兼ねている。
一、二アール。おおよそ二分か三分ほど後、付き人の補佐官が運んできたのは銀皿に乗った奇妙な物体だった。議会の参加者の前に差し出される謎の食材。
秋の空に彩り輝くような鮮やかな小麦色。地平線の果てまで続く麦畑を彷彿とさせるような色合いのそれは女性の拳ほどの大きさ。表面は、何か塗られており宝石のように輝いていていた。
バナンは差し出されたそれに警戒するように議案の定義者である王に問う。
「陛下、これは?」
「小麦を特殊な加工して焼いた物よ。小麦が主食のこの国で、新しい特産物としてどうかと思って出させてもらったの。中に練りこんでいるのはブルーシュよ。これからブルーシュが旬を迎えるので時事的にも良いと思って提案させていただきました」
各々は面妖そうな表情で目の前に出された不思議な小麦の加工品に触れ出す。バナンが軍部の総括らしく勇ましくも先陣を切って不可思議な何か二つに割ると、中には鮮やかな紫と白の層が現れた。白水晶の様な色合い。初めて目にするそれを口にするのは躊躇するように見つめるバナンだが、しばしの逡巡後、意を決してそれを一口含む。
そして、そこで表情が変わった。気難しい野生の獣の相貌が貴族の飼い猫のようなったのを見て、女王は確かな手ごたえを感じた。
バナンに続いて軍部の二人、そして都市長のバッファもブルーシュが練りこまれたマームの加工品を口に含む。そして各々が各々の表情でその不可思議な食材の感想を露わにした。花開いた男達の表情は見ていてマームの加工品以上に奇妙な物であった。
グランクは、ここ数日の不在で何をしていたのか多少察したのだろうか、今までにも増して難しそうな表情をする。その横で、グランクの内心の苛立ちなど気にも留めないように、女王は一堂に麗しく微笑んでみせた。
「皆さん。ブルーシュはお好きかしら?」
セインブルグ十五世。
本名は、カーリアリア=ギュース=セインブルグ=フラングルブという。この王都アークガイアと十八の領地で成るガリア随一の大国セインブルグを統べる若すぎるほどに若き女王である。
ちなみに幼少のみぎりには、家族や親しき隣人からカーリャという愛称で呼ばれていたのは他意無き余談である。
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