グラン・ドラグーン 12
「ふぅ」
静かに風が凪ぐ。
同時に、ミシューは一仕事終えたとばかりに膝をついた。そして辺りを見渡す。
当然ながら凄惨たる状況だった。岩は砕け、木々は薙ぎ払われ、草木一本残らなかった。おまけに竜を吹き飛ばした爪痕とばかりに百ルゥース、三百メートルはくだらないと思われる程に大地が抉られていた。よくぞあそこまで粘ったものだ。あの竜の名前を取ってイグナート遊林道と名付けても良いかもしれない。良き観光名所になるだろうに。
疲れたとばかりに腰を下ろしているとカーリャが駆け寄ってきた。あの激戦の後で元気なものだとミシューは思った。血を見て興奮して普段より馬力が出ているのかもしれない。これだから戦闘民族はとミシューは思ったが、今口に出すと自分も斬られかねないと感じたので黙っていることにした。
「ミシューっ!」
カーリャが傍らで膝をついて座り込むのでミシューは笑顔で応えた。
「お疲れ~」
「お疲れ~じゃないわよ」
カーリャは眉間にしわを寄せて言葉を返す。相変わらず眉間にしわが寄っていた。そういえば戦っている最中は全然、眉間にしわが寄っていなかった。きっと戦うのが好きなのだろうて。心底、戦闘民族だとミシューは思った。きっと自分の様なか弱い草食系とは一生分かり合えまい。
カーリャは興奮した様子で問いかける。
「なによ!あれ!本当に何よ!」
「あ~。上手くいって良かったね」
「上手くいって良かったって……。あれ、精霊波でしょ。あの精霊白書に記載されている精霊魔術最高峰の力を誇る……」
「そうなの?そういえば、そうだねえ。そんな感じの名前だったらしいよねえ」
「それが、使えるなんて!すごいじゃないの!本当にすごいわ!ワンダフルでツーダフルよ!なんで先に教えてくれなかったのよ!」
「まあ、ぶっつけ本番だったからねえ。上手くいって良かったね」
「え?」
目を丸くするカーリャにミシューはえへらえへらと笑いながら言葉を返す。
「精霊白書だっけ?それは先生の書斎にあったから暇を見つけて読んでたし、精霊波も、一回だけ先生に見せてもらったから理論ややり方は知っていたけど、実際に使うのは初めてだったんだよねえ。何とかなるもんだねえ」
ミシューは感慨深げにそう言う。
カーリャは目を丸くして。
「は?」
「実は黙っていたけど、あれ。制御に失敗すると半径三キロ……一フィールぐらいって言った方がいいか?それぐらいは平気で吹き飛ぶらしいから。いやあ、詠唱しながらビクビクものだったよ。もう少しでまた異世界転生するところだったからね。さすがに二度はお腹いっぱいだよ。でも、パーティーは一蓮托生らしいから、死ぬときは一緒だし仕方ないよね」
「……マジ?」
「マジマジ。マジ出島」
「なんというか。そういう危険が危なくて、制御に失敗したら死ぬ系魔術じゃない、もう少し安全な方法はなかったの?」
カーリャの青ざめた様子で放った言葉に、ミシュは口を尖らせた。
「カーリャが言ったんじゃん。黄金竜に効くのは精霊波ぐらいしかないって。だから、上手くいくかどうか解らなかったけど、イチかバチかでやってみたんじゃないのさ。私の崇高で気高い覚悟を称賛してよ」
「お願いだから、死ぬときは独りで死んで……」
「え?パーティーは一蓮托生じゃないの?」
「ごめん。取り消す。あんた、意外とギャンブル気質なのね。知らなかったわ。あんたと組んでいると命が幾つあっても足りないわ」
「それはこっちのセリフだよ。黄金竜に喧嘩を売るなんて。第一章でラスボス戦しなきゃいけなかったこっちの身にもなってよ」
「あー。まあ。そりゃあそれよ。事の成り行き。時の運、というやつよ。出目が一続いていたのに、最後で六が二つ出て良かったじゃないの。命あっての物種よ。結果オーライというやつよ」
「上手く丸め込まれたような気がする」
「上手く丸め込まれたと気付かないことが処世術よ。私は詭弁を呈する人間に対してはもれなく、気が済むまで問い詰めるけどね」
「相変わらず。相変わらず。だなあ」
カーリャは立ち上がり、肩をすくめた。
「まあ、良かったじゃない。万事解決。塞翁が馬。これで軍は遠征しなくて済んだし、私もこれを口実に臨時ボーナスを踏んだくれるわ。ドラゴンステーキとドラゴンスケイルは手に入らなかったけど、今回は切り落とした爪の先で勘弁する事にしましょう」
「そうだねえ」
ミシューは微笑みながらカーリャに応えた。
カーリャも微笑み返す。
「しかし、さすがに私たちよね。あの、伝説の黄金竜を仕留めるなんて。伝説の始まりに、素晴らしき一ページを記すことができたわね。僥倖よ?」
「仕留める?」
ミシューが、その単語に首をかしげる。
「仕留めるって?」
「またまた。あれだけの攻撃を喰らったら、さすがの黄金竜も死んでいるでしょ。素晴らしい一撃だったわ。さすが、伝説の魔法使いのお弟子さんね。非常に見直したわ。感服よ」
「仕留めるって。やだなあ。殺してないけど」
「へえ」
カーリャは生返事でミシューの言葉に応えると、どれほどの値段で売れるか、切り落とした爪の先に触れて、その感触を確かめながら。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
まさに物語の根幹を乱すミシューの一言。カーリャは聞き捨てならぬと振り返り、先ほどよりも更に顔を青ざめるとミシューに詰め寄った。
「殺してないって?」
「かわいそうじゃん。無闇な殺生は駄目だよ」
「……マジ?」
「マジだけど。さすが黄金竜だね。あれを喰らって死なないなんて。でも、あれだけ痛めつけたらいい加減、懲りたでしょ。きっと、もう人を襲わなくなるわよ」
「……マジか?」
カーリャは地面に膝をつけてうなだれた。
「あれだけ苦労して、ようやく倒したのに止めを刺していないと。なにをやっているのよ!なにをやっているのよ!平和主義もいい加減にしなさいよね!本当に、いい加減にしなさいよね」
「大丈夫。大丈夫。だって」
ミシューはうなだれるカーリャににへらと笑った。
「襲ってきたら、また返り討ちにすればいいじゃない」
「……」
その笑みに、カーリャは明らかに組む相手を間違えたと心底感じた。そして、腰の剣に視線を移し、もう一人ぐらい血を吸わせてもいいんじゃないかなあと強く感じたのだった。
「それにしても」
ミシューは懐からミニコッペ取り出し、かじる。水分がとんでカピカピでおいしくなかった。
「あれだけ人間を憎んで、皆殺しにって。一体あの竜、人間に何をされてあんなに恨んだのかしら」
あれだけの怒りを内包していたのだ。
きっと、相当にひどいことをされたに違いない。
人間にもひどい奴はいるものだなと、ミシューは固いミニコッペをかじりながら強く感じるのだった。
〇 〇 〇
ーーー百年前。
ガルガランド王国、ガルガード山脈。
「父上、なんの話ですかな?」
「おい。イグ公。おめー家でくっちゃねしてんじゃねえよ。ニートかましてんなら出てけや、コラ」
そうして、我は国を追われた。
ーーー十年前。
ベルファンド王国、ラザーニア辺境領。
我が森の奥でしばしの休息をしていると。
「あー。うんこだ!うんこドラゴンがいるよ!お母様!」
「ミシュー。そんなことをいうものじゃないわ。女の子が下品よ」
「うんこだ!うんこ色だ!うわー、大きい背中。うんこ描いちゃお!」
「ミシュー!」
「あはは。うんこ。うんこドラゴンがうんこまみれだ!あはははは」
「ミシューっ!」
油性だった。
我は、人間を根絶やしにしようと決めた。
「……ん?」
イグナートが目を覚ますと、そこは先ほど激戦を繰り広げたローザンスの丘近辺から二十フィール以上、数十キロは離れた場所にある岩場だった。王都からは更に離れている。どうやら相当飛ばされたらしい。黄金竜の堅牢な皮膚と肉体がなければ即死だっただろう。
身体を少し動かす。
手足は切り裂かれ、胸にも大きな傷、羽は焼けただれ、爪は一本持っていかれている。身体からは、みなぎって有り余る膨大なアウラが失われ、指先一本動かせなかった。
完敗だった。おそらく、数日は動けないだろうが、原生生物で自分に牙をむく命知らずなどいないのでイグナートにとってはさしたる問題ではなかった。
問題。
そう。
それは、最後の一撃。
さすがのイグナートも、その正体に気付いていた。
精霊波。
四大憑きにあそこまでやられたら完全に敗北を認めざろう得ない。しかし、問題の肝はそこではなかった。
おそらく、あの精霊波は意図的に拡散したのだろう。あえて軽減し、本来の威力を発揮していなかったように思える。あれほどの魔術師ならば収束して放つこともできただろう。そうすれば、あの威力である。撃ち抜かれた場所をそのままに貫通していた。身体の中心を根こそぎ持っていかれたら黄金竜と言えども、生命活動を停止するしかなかった。
しようとすれば、できたはずである。ましてや、人間を滅ぼすと豪語していた自分。そうしない道理はない。つまり。
「手心をくわえられたか」
矮小で、無力な人間に。
最後の最後で。
何と甘い事だと、イグナートは感じた。
「ふっ」
竜が手心を加えられたと気付いたのならば、もはや完全に敗北を認めるしかない。そうイグナートは思った。もはや、再びあの者達に牙をむくなどと、竜としての誇りにかけて行うことはできない。
だから。
「負けを認めようぞ」
イグナートは自嘲気味にそうつぶやくのだった。
まあ。
実のところ。
あの金髪がむちゃくちゃ怖ええと、そんなことは心の底から認めるわけにはいかなかっただけだったりするのだが。
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