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ルインシールサーガ 一章 竜と刀とブルーベリー  作者: 宮下しのぶ
第五章 グラン・ドラグーン

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グラン・ドラグーン 11

 

 第四節を唱える。

「ーーアグニの闇に包まれて」

 終末の闇に、紡がれた。


 四節目の詠唱を終えながら、ミシューは内心の驚愕を隠しきれなかった。

 確かに、時間を稼げとは言った。そして彼女、カーリャ=レベリオンを心の底から信頼するという誓いを立てた。

 だからといっても、まさかここまで拮抗するとは思っていなかった。

 別に彼女を侮っての発言ではない。むしろ、内心では様々な方面での尊敬の念を持っていた。けれども、いくら強くとも竜族、しかも黄金竜と拮抗する程の実力を持つなど想像もつかなかった。

 自分だって、すでにこの世界で十五年生きている。物事の善悪、そして真実はそれなりに理解してきている。神話の様な英雄がいないことも、理不尽な制約や不平等の中で生物の輪廻が起きていることも。そして、人間は竜とまともに戦うことができないとも。

 あちらの世界とこちらの世界をそれなりの時間、過ごしてきたから確信を持って言えるが、人というものの生物的な本質などそれほど変わっていない。猛獣の腕力には敵わないし、膨大な質量には問答無用で押しつぶされる。

 だからこそ、竜を退治する時は英雄談のように冒険者が颯爽と切り結ぶのではなく、様々な作戦を立てて、組織的に討伐を行うのである。

 自分だって、特別な才能があるわけではない。ただ、四大という強大な力をあの人から授けられたからこうして戦えているだけである。それがなければ、今頃はあの観光名所の丘の上で竜の栄養になっていた事だろう。肉食かどうかは知らないが。

 確かに、剣の力もあるだろう。どのような素性かは知らないけれども、ものすごい力を持っていることは見て取れる。

 けれどもそれでも、竜相手に正面から戦う勇猛さ、立ち回りの良さ、闘争に対する鋭敏な勘、どれをも群を抜いていた。なによりも、時に流水に、時に濁流へと変わる変幻自在の剣術が圧倒的だった。ものの見事にはまっている。愚直に続けた鍛錬と純然たる剣士としての才能、そしてそれを授けた者の意志。

 そう、彼女の剣術はまるで、こういった事態に正面から対処するために連綿と研鑽されてきたようにしか思えないのである。

 蒼海の髪がなびく。

 大海のように優雅な彼女の剣技にあやうく心を奪われそうになるミシューだが、すぐに集中を取り戻す。

 そして、再び詠唱を開始した。

 彼女の生み出した時間を無駄にしないために。


 イグナートは本格的に焦っていた。

 目の前の矮小な娘が与えた両の腕の傷、それは決して浅くはなかった。あの短い刀身でどのような奇策を使ったのかはわからないが、深く、長く切り裂かれており、動かすだけで激痛が走った。

 痛みには慣れていなかった。当然である。自分を傷つけ、害する存在などは本来、この地上に現れないからである。

 皇竜の称号は偽りではない。生まれながらにして強者として生を受けた我が身。それをこの目の前の小娘は、赤子に折檻するような表情で見つめてくる。

 あげくには、こうだ。

「もう終わり?大したことないのね。お手手は痛い?なますにするのはこれからだから、覚悟する事ね」

 と、のたまう始末。

 許せぬ。

 このままではおけない。

 けれども、青い髪の娘の背後で、金髪の娘は着々と詠唱を続けていた。どのような魔術か知らないが相当なマナトゥースが流動しているのを見て覚る。あの娘の力は恐ろしい。なにせ、四大の契約者だ。普通の人間と侮っては痛みを得るのは自分だと十二分に学習した。それほどの者が、あそこまで練り上げた力ならば、もしかすると自分も危ういかもしれぬという予見もある。

 ならば。

 と。

 イグナートは再び、口元に力を収束した。

 ブラストフレア。

 黄金竜の息吹。

 先ほどはあの金髪の娘の反撃によって破られた技であるが、金髪の娘が詠唱している今ならば、この最大の武器である竜の息吹で一掃できる。青い髪の少女が生み出した結界にはこの黄金竜の熱閃を防ぐほどの力がないのはすでに察していた。

 ならば。

 この灼熱の閃光にてあとくされなく消し尽くすのが常道にして上策。。

 イグナートに力が収束する。

 大気が再び揺れる。

 木々が脈動する。

 大地も同時に脈動した。

 イグナートは悟る。

 これが、自分にとっての最後の攻撃だと。

 もはや、矮小だと侮らぬ。

 こ奴らは、宿敵。

 自分に明確に害をなす敵だと。

 それなら。

 自らの最大の武器で屠るのも恥ではない。

 アウラが、徐々に収束していった。

 力が、体内に満ち溢れる。

 火と光のエレメントが収束するのを感じる。

 だが。

「見切った!」

 カーリャは。

 再び、空の印をこする。

 発現せし、空の力。

 ライズの印が、光る。

 同時に。

 跳躍。

 再び、宙高く、舞う。

「小癪!」

 イグナートが、吼える。

 だが。

 カーリャの方が。

 ーー捷い!

 イグナートを見下ろす形。

 そのまま。

 カーリャは印に触れた。

 今度は二つ。

 発現せしは、力と魔。

 力の印は火を生み、その刀身に宿った。

 そして、魔の印がそれを増幅する。

 炎が灼熱へと昇華される。

 天流初伝、燕斬り。

 斬り上げから、斬り下ろしという所作。

 源流の道場では燕返しや燕天武と呼ばれることもあり、初伝とされるだけに、難しい技ではない。

 初太刀で牽制、二つ目で切り伏せる技であり、それなりに才能のある人間が一年から長くて数年修行すれば伝授される程度の難度である。返しに肝があるらしい。

 だが、これから演じるのは師から授かった技ではなく、なにげなく印をいじっていたら偶発的に完成した技であり、強大な熱と炎を纏った剣で切り伏せる奥義である。

 名付けるなら初伝燕天武改・焔とでもいうべきだろうか?だが、カーリャはせっかく自分の生み出した技だから、それなりに美学溢れた名称にしようと心に決めた。

 舞い散る焔。

 その優雅たる姿。

 そう。

 気高き鳳凰のように。

 ならばと。

 数か月思案して採用した名が。

「鳳凰ーー」

 焔が。

「ーー燕天武!」

 猛る。

 炎っ。

 断!

 天高く神話のごとく気高く美しき鳳凰の一撃はイグナートの肩先から落下する形で腹の先まで切り裂いた。竜の巨大な身体である。内臓を切り裂く致命傷とまではいかなかったが完全に深手だった。

「ぬごぉぉぉぉぉおおおおおおお!」

 イグナートが痛みに叫んだ。

 同時に、カーリャが地に足をつけた。

 そして。

「今よ!」

 すぐ背後のミシューに叫んだ。

 ミシューは、古木の杖を掲げると。

 一つ、うなづいた。

 そして、最後の四節を一気に唱える。

「ーー星に巡り、世界に巡り。

 ーー我が手に巡る大いなる根源たる力よ。

 ーー我が純然たる魂に呼応し。

 ーー我に世界を創りし光を与えよ」

 まず。

 一つ。

 始まり。

 原初が顕現した。

 次いで。

 二つ。

 陰・陽。

 世界が流転した。

 そして。

 三つ。

 体・心・魂。

 三界が統合される。

 続いて。

 四つ。

 火・水・風・土。

 四大が集いて、力と化す。

 ならば。

 生まれいずるは。

 真なる力であった。

 太陽のような金色の髪をした少女の手に収まった小さな小さな光。それは落ち着き、厳かで、静謐だった。同時に荒々しく暴虐的で力にあふれていた。紅く、蒼く、眩く、昏く、それを表現するには人間の持つ語彙は乏しく、それを観測するには人の五感は頼りなかった。まるである世界で語られた伝承にあるパンドラの箱のように不可思議で表現のしようがないその力はこの世界が根源たる一つ。万象に満たされし究極の力の象徴であった。なので、ある時には、この力はプリママテリア、根源物質と呼ばれることがあり、またある時は賢者の石、究極たる至高、万能たる壱つと呼ばれることもあった。

 精霊白書。世界に五部しか刷られず、現存が確認されるのはたった二部の伝説の魔導書に記された奥義。四大融合という様々な魔術師が求める到達点を得てしか実現を許されないこの世界で最も神秘に近い魔術。

 伝説の魔法使いであるリリス=リースティアが伝説と謳われた理由の一つ。そして、彼女が自らの後継者とされるものに授けた精霊魔術の最奥。

 特異点を。

 ミシューはゆっくりと掲げ。

 強大な黄金竜に向かって。

「エレメンタル……」

 解放した。

「ーーブラスト!」

 力が。

 放たれる。

 純然たる光。

 静謐な光。

 力が、輝く。

 アストラル光とも違う。

 エーテル光とも違う。

 スピリチュアル光とも違った。

 三界が集合した不思議な眩き。

 それが、世界を照らす。

 紅く。

 蒼く。

 天弓のように様々に色合いを変え。

 収束し。

 乱反射し。

 渦巻き。

 荒れ狂う。

 貴き光。

 それが。

 天槌となりて。

 黄金なる竜を包み込んだ。

「ぐおぉぉぉぉおぉぉお!!」

 その光景に、カーリャは唖然と呟く。

「……精霊波」

 まさにそれこそ、精霊白書に描かれた奥義だった。四大の融合と放出。言えば簡単だがその難度は他の追随を許さない。元素の根源たる四大を統合する技術は暴風の中で絹の糸を紡ぐようなものである。原初核の融合を手作業で行うようなものともいえる。

 力の結晶を身体に纏い、竜は徐々に押しのけさせる。しかし、抵抗はやめない。身体に残ったアウラを全身に巡らせて、力の波動に必死に抵抗した。

 じり、と巨大な足が地面を抉った。

 押しのけられそうになっている。

 この、我が身が。

 大樹よりも巨大で、城よりも重いわが身が。

 抵抗をする。

 だが。

 暴虐の力は、竜の抵抗を許さない。

 再び、地を脚の爪がえぐる。

「認めぬっ!」

 竜は、叫ぶ。

「認めぬぞっ!」

 さらに下がる。

「我は!」

 足をとどめることができない。

「人間などっ!」

 竜の頂点に立つ自分が。

「決して!」

 負けるなど。

「認めぬぞ!」

 身体が、地に留まることを許さない。

「人間など!」

 巨大な波動の結晶は。

「皆!」

 竜を地から遠ざけると。

「ねたやしにしてくれようぞ!」

 そのまま。

「人間は、皆殺しだぁぁああ!」

 吹き飛ばした。

 竜は、精霊の波動を全身に受け。

 その身体を雲よりも高く舞わせた。

「ぬぉぉぉおぉおおおおおお!!」

 巨体が宙を舞う。

 イグナートはそのまま。

 空の彼方へと消えた。



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