グラン・ドラグーン 10
ミシューは第一節を唱える。
「ーーアダマの土より生まれ出ずる」
力が、生まれた。
「ぬぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおお!!!」
イグナートは、今までで最も大きな絶叫を浮かべた。
イフリートソードで焼き尽くされた時も、ヴェンディガストで熱閃を顔に浴びた時も、アータルサンダーで翼をぎたぎたにされた時ですら、これほどの絶叫はしなかった。
実際に、それらと比べて痛みなど微塵もなかったのだろう。ただ、それらのかすり傷と比べたら、精神的な衝撃は圧倒的に大きかった。
なぜならば。
自らが誇示する最高の武器である黄金竜の堅牢な爪が、根元から根こそぎ切り落とされてしまったからである。
ずさ。
と、地面に頼りなく刺さる世界で最も硬質な物質。
そして。
それを斬り落としたところで、あいもかわらず涼しい顔をしているカーリャの相棒。手に持ったそれは、「とりあえず斬り落としたが、なにか?」といわんばかりにそっけなった。
むしろ、唖然としたのはカーリャだった。
だって、相手は天下の黄金竜である。皮膚すら純度の高い玉鋼ですら切り裂くのは困難なのに、その黄金竜の最も硬い個所を布切れのようにぶった切れるなどとは夢にも思えなかった。
本当に、何なのだ。この剣は。
唖然とするしかない。
もしかしたら。
いや。
もはや、確信として。
この剣は、オリハルコンより硬いのではないのか?
師は、本当に雑に、まるでゴミでも渡すかのようにこの剣を投げてよこしたものだから、そこそこの名刀かと思っていたが、これほどの力があるとは夢にも思わなかった。
「ぐぬぅぅうぅ!」
霹靂。
黄金竜はいままで歯牙にもかけなかった小蝿の様な相手に、ここにきて初めて、明確ともいえる敵意を示した。
「貴様!なんだ、それは!本当になんなのだ!ゆるさんぞ!」
その恨み言も聞く耳もなく。
カーリャは相棒を見つめて。
「そう」
つぶやく。
「斬れるのね」
そして。
「あれ、斬れるのね」
カーリャの瞳は。
捕食されそうな草食獣から。
捕食しようと舌なめずりする肉食獣へと変化していた。
第二節を告げる。
「ーーユグドラシルより生まれ出ずる」
力が、昇華された。
「ぬおぉぉぉぉぉおおおお!!」
イグナートは、自慢の爪を切り落とされた怒りを隠すこともせずに、もう一方の手を伸ばし、破砕の一撃を放った。
襲い掛かる暴虐。
それはまさに、巨獣の一撃。
樹齢千年を超す大樹が意志を持って、駿馬や怪鳥のごとく勢いで牙をむくかの如く。
必中瞬殺。
恐らくは、神話の勇者も狼狽する程に強靭で、迫力のある一撃だったことだろうに。
しかし。
カーリャ=レベリオンは。
剣を脱力したままに、それを見つめ。
まるで、枯木が水の上を流れてきたかのを泳いでよけるかのように、あるいは木の葉が風に紛れて飛んできたのを何事もなく避けるけるかのように、何気ない所作で足を動かし。
神速。
一刀。
流水、迅雷。
右足と同時に身体を円のごとく動かすと同時にせせらぎのように刀身が光り、襲い掛かる竜の巨大な腕を優しくなぞった。同時に赤い線が走り、そこから溢れたのは膨大な体液だった。
軽く血を纏いながら、カーリャは竜の血も赤いのだなと思った。そして、頬に偶々ついた赤い血を舌で拭う。
カーリャは、紅い物を見ると切れる。
まるで悪戯をしてきた幼子に、これから大義名分とばかりに折檻するような加虐的な表情を万面に浮かべてカーリャは竜に告げた。
「来な。ドラゴンステーキにしてやるよ」
第三節を告げる。
「ーーラグナの光に照らされて」
創世の光が紡がれた。
イグナートは逡巡していた。
動揺し、狼狽していた。
先ほどまで、全く無力と考えていた蒼い髪の小娘が、突如として牙をむいた。それも、とびっきりの得物を手に携えて。
どこにでもある人族が生み出した、脆く、たよりない金属の棒と侮っていた。そこいらにいるか弱き魔獣どもすら切り殺すのに苦労するただ硬いだけの頼りない武器、そう考えていた。そして、それは大抵の場合、予想を外れる事はなく、彼の者達の携える武器は黄金竜である自分の身体を傷つけることすら精いっぱいであった。軽く爪先でなぞればすぐにへしゃげる頼りない小枝の様な棒。それが、黄金竜イグナートの『剣』という人が武器と呼んでいる物に対する認識であった。
しかし、この小娘の携える剣は、今まで相対したどれとも違う。堅牢だった。かち合った瞬間、悪寒が走った。硬質な巨獣の殻すら泥のようにあっさりと二つにする自分の爪がなんの手ごたえも生まない感覚。そして、続いて見たのは、あの巨獣の殻と同じように真っ二つになった自分の爪であった。
深くは判らない。
だが、確信を持って言えることがある。
あの『武器』は、まずい、と。
だが、いかにして強力な『武器』を携えようともそれを持つのは所詮、矮小な人間である。力もなく、魂も弱く、払うだけで吹き飛ぶエーテルしか持たない地上でもっとも無力たる一つ。油断さえしなければ我が敵ではない。
すぐに払い、塵へと返そう。
竜はそう考えた。
だが。
「ぬぅん!」
切り裂かれた片腕ではなく、まだ無傷な片手で振りかぶる。このまま肉片の塵へとすりつぶしてくれる、と。
だが。
カーリャは瞬時に剣の腹を触る。
発現せしは、空の印。
顕現せしは、天の加護。
生み出せしは、俊敏たる跳躍。
高い。
人間の膂力では到達つ出来ない飛翔。
それを印の力を頼りに行う。
カーリャはそのまま。
舞い。
踊り。
翻り。
華麗にうつろう。
それはまるで水鳥が如く。
華やかに。
しとやかに。
転返り。
ーー。
斬!
「ぐぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
残った片腕にも、紅い血が吹き荒れる。
天流初伝、水面斬り。
水鳥斬りと呼ぶこともある。本来は印の力を借りずに行う技ではあるが、空中でひるがえりながら後の先を払う。見ての通り、比較的アクロバティクであり、状況が非常に限定されるが決まれば必中である。高い体裁きと現敵的な状況を読む選眼が必要であり、それがなければただの大道芸で終わる。本来は人の首を掻っ切る技だが、竜にも効果がはあるようだ。
赤い噴水がにぎやかだった。
それを横目に、カーリャは口元に笑みを浮かべた。やはり、斬れる。この剣は竜の皮膚を斬れる。それもあっさりと。まるで溶けかけのブトゥルムのように。
斬れないと思っていた。
さすがに、黄金竜の皮膚である。
軍で戦術的に運用することを目的とし、大鬼ぐらいなら一撃で絶命至らしめるマギス式の魔術ですらかすり傷を与えるのがやっとである。こりゃあ、本当に王国の宝庫からグリムヴァンディでも持ち出さなければどうにもならないだろうなあと強く確信していた。
だが。
通用している。
心底、わけがわからないがどうやらこの剣は竜すらも切り伏せるらしい。それも飛び切り最高位の、人外無双な黄金竜すらも。
そんなものを持っていた師匠が何者なのかもわからなければ、そんなものを適当にポイする師匠の価値観も解らなかった。別れ際に、金に困ったら質屋に入れてもいいぞと言われたし。何度か飯屋の前で小銭がなかった時に未遂してしまったじゃないか。本当に売らなくてよかった。銀貨一枚じゃ売値としては安すぎる。
カーリャは、軽く血振りするが、あいも変わらず、剣には刃こぼれ一つなかった。つまりは、まだ斬り足りないという事である。
そうか。
そうかそうか。
なら。
もっと、血を吸わせてやらなければな。
おっしょうさんからの大切な預かりものだし。沢山食べさせてあげないとなあ。と、カーリャは愛子に向けるかのような目で刀身を見つめた。
そして、うっすらと口角を上げた。
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