円卓議会 3
円卓院は、セインブルグ王国が本城であるグラン・ゼ・アートに取り込まれた一つの機関であり、一つの建造物でもある。
アークライツ建築様式という、コーリアガイアやリースライトを崇める神殿などに良く用いられる建築方法で作られている。
白亜の大理石を建築材の中心にするのが特徴で、厳かで荘厳な印象を与える建造物が多い。
逆に民衆や、絢爛な様相を好む者には好まれないが、現在もコーリアガイアの教会が新造の建築に用いることが多い。
元々、建国期に国主であるセインブルグ一世の国家運営における方針の一つに「国主である自分の力が増せば増すほど、民衆は自分に対して進言し辛くなるだろう。その時に奇譚なき意見を述べることができる場と、理知的で現実的、かつ革新的な案を生み出す環境、そしてなによりも国家運営の重責を負いながらも高い水準で、それを実現しうる優秀な者達と身分問わず、対等な議論のできる機関が必要だ」というものがあった。
そういう意志の元に設立された機関が円卓院である。
本城の中でも離れの外周寄りに位置するのは身分問わず、外部の者も比較的簡単に訪れやすくするためだとカーリアリアは聞いていた。
外周寄りの外部から侵入しやすい場所に位置するという事は逆に言えば外敵からも狙われやすいという事だが、初代の国王は火の粉を払う自信があったのだろうか。それとも、そのような事にすら気付かない愚王だったのだろうか。セインブルグが建国から三百年後も健在であることから考えると後者はあり得ぬ話だが。
ただ、歴史から紐解いていくと、後世の王達は初代ほど自信家ではなかったように思える。初代ほど円卓院という機関が用いられた記録はないからである。
外周寄りの機関という事は、歴代の王達から足を遠退かせる原因の一つになった事はおおよそ間違っていないようにカーリアリアは考えていた。時間と場所が決められているという事は、襲撃に向いているという事である。
勿論その間、歴代の王は警備を強固にしていたようだが、中には円卓院を利用しないで、別の建造物で円卓議会を行う王もいたらしい。
臆病な、とカーリアリアは思う。
現に、カーリアリアはそこまで警備を手厚くしなかった。
なぜか。
それは警備を手厚くしたいと思っても、警備の者が集まらないからである。
どうにも、悪質な嫌がらせなのか、内部にカーリアリアの警護を意図的に薄くしようとする動きがあり、若く、まだ力を持たないカーリアリアはそれをどうにもできなかった。
実際、その状況を生み出した者が誰であるかのおおよそな検討は付いているのだが、その大本の元凶はおそらく、現在でもこの国で五指の権力者であるため、ヒロイズムで打倒しようとしても返り討ちになる為に泣き寝入りをするしかない状況であった。
〇 〇 〇
円卓院の扉の前には、屈強な兵士が二人、その堅牢な門を護っていた。セインブルグ十五世はその二人が、定期的に行われる騎士道の木剣を使用した模擬戦で優秀な成績を残している事を知っていた。レーベリッターには勝てないが、かなり良いところまで勝ち進むといった印象であった。
円卓院の円形の形をした円周の回廊にも、幾人もの兵士が巡回していた。一時とはいえども国家の要職に就く人間が一堂に集まるのだから当然の警護といえる。
ただ、普段に増して、警護が手厚いとセインブルグ十五世は感じた。おそらく、本日は軍部の総長が出席するからであろう。城内の警備体制も軍部の裁量で行われているのが実情である。その軍部を統括する最高責任者が議会に顔を出すとなれば警備も強固であってしかるべきであろう。
バナンは実直で実務主義な人間であり、現状の軍部は貴族の癒着が少ない。貴族社会から敵視されているセインブルグ十五世に対して表立って敵対することはないが、明確な味方になるわけでもない。それが現在の軍部の立ち位置であった。
だから、メリアリアの威光に対しても表立って逆らうことなく、セインブルグ十五世に対しても対外的には従順さを見せはするものの、彼女に対して命を賭してまで護ろうという意志は薄氷のごとしである。王が変わるのならば変わればよいという本音が硝子細工のように透けて見える。現に先週行われた定例議会における警護の人数はこの三分の一程度であった。
「ご苦労」
グランクの淡白な労いに、二人の屈強な兵士は最敬礼で答える。無礼を働けば首が飛ぶ。敬礼一つにも余念がない。
絢爛な円卓院の華美な装飾が施された扉の美麗な取手にグランク=グルニュールは指を絡ませ、そこで視線を傍らに佇む敬愛すべき主に向けた。
「よろしいですかな」
それは、まだ若さと瑞々しさを捨てきれていない主に向けた、これから対峙すべき老獪な者達に対する心の準備を問う言葉であった。無礼と問われれば無礼であるが、実際にセインブルグ十五世は内心の緊張を隠しきれていなかったし、それをグランクに見透かされる未熟さも恥ずべきものだった。
けれど、王位を掲げる者が不安と焦燥を他者に見せてはならない。王は不安も焦燥も持たない。王は超然としていなければならない。
だから、セインブルグ十五世は微塵の狼狽も見せず、グランクに言葉を返した。
「ええ」
グランクは、敬愛すべき主の言葉に一つ、頷くと円卓院の扉を力強く開いた。
厳かな音が響く。
音が響くのは、修繕を繰り返しながらも膨大な歴史を刻んだ証であり、その数えきれない時間の流れが老齢な音を奏でるのである。
内層も、また耽美であった。
アークライツ建築様式は華美な装飾を好まない。コーリアガイアやリースライトを崇める教会の建築に度々利用されるその様式は見る者に神聖な印象を与える。寒色の白を主色とした内装は淡白だが眩く、余計な彩を一切見せない神聖で清楚な白であった。
強欲な貴族が膨大な資産を費やして行う成金趣味の装飾とは対照的に無駄がなく、かといって雑なわけではない。清潔感のある白であり、無駄な装飾はされていない。華美な装飾がないという事は雑念がない事であり、純真という事であり、敬虔という事である。おそらく、初代はこの場所を偽りと邪念のない純粋な場所としておきたかったのだろう。ただ、歴史の淀みはそれを許さなかった。三百年も国が存続すれば淀まないはずがない。神聖な大理石の隅々にこびりつく汚れはそれを証明していた。
中央には大理石の円卓が鎮座していた。カラールストンと呼ばれる最高級の白大理石を惜しげなく使用した一品であり、セインブルグ十五世の身に着けたドレスやネックレスが可愛く見える程の価値はあるだろう。
大理石の円卓には木製の椅子が十三脚並んでいた。どれもが有数の家具職人の拵えた希少なセイレンマツの一品である。これも相当に値の張るであろう。だが、要人を安価で耐久性の良いゼファーリアオークの椅子に座らせるわけにもいかないのだろう。是非難いとセインブルグ十五世は思った。
円卓は拡張も可能な仕掛けが施されており、拡張を行えば最大で二十人から三十人が円卓を囲むことができる。初代は大人数で円卓を囲む必要性が生まれる状況も想定したのであろう。だが、それは杞憂だとセインブルグ十五世は思う。十三の椅子は、全ては埋まっていない。それは今に始まった事ではなく、自分が即位してから、永遠と続いている現実であった。
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