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ルインシールサーガ 一章 竜と刀とブルーベリー  作者: 宮下しのぶ
第五章 グラン・ドラグーン

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グラン・ドラグーン 9

 

 イグナートは注意深く眼下の小さな小娘を見つめていた。金髪の小柄な少女。竜にとっては文字通り豆粒のような大きさしかない。

 矮小。虚弱。か弱き生物。

 金髪は非常に癇に障る。

 金髪のあの悪魔こそ、この我が人間を憎み、人間を敵視し、人間を滅ぼそうと誓った根源的な要因が筆頭だからである。

 金髪は、悪だ。滅ぼさなければならない。

 なので、まずセインブルグの王都、なんという名前だったか、確かなんとかガイア、その王都に攻め入ったら金髪のセインブルグ人を皆殺しにして、片っ端からゼファーリア大森林の木々に刺し貫いてバロック鳥の良き餌にしてやろうと考えていた。

 だが、目の前の金髪は少し手ごわそうだ。

 なにせ、四大憑きときている。

 自分の知りうる限り、四大と契約成功した人間は存在しない。一体、如何なる手段を用いて、あの調和と調停を何よりも大事にする四大の精霊どもを自らの傘下に収めたのか、それはわからない。

 だが、人間の魔術など蚊に刺された程度にしか効かない自分の堅く堅牢な皮膚を平然と抉ってくる数多くの呪文、それをまるで手足のように操るあの手腕から並みの魔術師ではないことは等に知れた。屠龍の一撃は比喩ではない。ロウドラゴン程度ならばすでに屠られていただろうにという確信もある。

 それほどの相手ならば、例え人間であろうとも油断はできない。人間ごときに情けなない話だが、全力で向かい撃たなければならない相手だと黄金竜、イグナートは確信した。

 なので。

 臆病だと笑うなかれ。玉座の裏に密偵は潜む。神話や伝承の先人が犯した愚をなぞることなく、そして無力と侮ることなく、全ての神経を目の前の金髪の小娘に集中する。

 すると。

 そこに一歩前に出てきたのは金髪の小娘の周りを目障りにうろちょろする蒼い髪の娘だった。手には、頼りない金属の棒を掲げている。あんなみすぼらしい棒で、いったい何をどうするつもりだろうか。見ていて滑稽にも程がある。

 蒼い髪の小娘には金髪の娘程の力はない。なので眼中にすら入っていなかった。あの強力な印術は目障りで厄介だが、逆に言ってしまえば多少目障りなだけで自分を害する程の力はないと感じた。

 つまりは、ただの蝿である。

 イグナートは、目障りな蝿に告げた。

「なんだ。いたのか。まだ生きていたのか。正直、歯牙にもかけなかったので生きているのかどうかも気に留めなかったぞ」

「そりゃどうも」

 青い髪の少女は剣を片手にそっけなく返す。

 イグナートはその姿に慈悲を見せる。

「貴様では相手にならぬ。今はそっちの小娘の相手で忙しい。今なら逃がしてやる。とっとと失せるが良い」

「そういうのが一番腹立つのよね」

 そう言い、カーリャはイグナートに剣を向けた。

「そんな言い草されて、引き下がったんじゃ完全に私はお荷物じゃない。少しは痛い目見せないと気が済まないわ」

「愚かな」

 イグナートは息を吐く。

 彼我の差がわからぬとは。

 だが、人の愚かは今に始まった事ではない。

 ならば。

 それをわからせるのは。

 死を持ってしかない。

「ならば、あの世で自らの身の丈を悟るが良い!」

 カーリャはその言葉に、臨戦の体制をとった。


 ーー一刻前。

「本当にいいの?」

 と心配そうに聞き返すミシューに。

「大丈夫。私を信じなさい」

 と、カーリャは答えた。

 華奢で白百合のように可憐で、そして白亜のように美しく儚いその背中を見せて。何の気なしもなく、その剣と同じようにまっすぐで眩い言葉を紡ぐ。

 この人はいつもそうだ。

 本当はたいして自信などないくせに。

 強くあろうと、背中を見せる。

 パーティは一蓮托生。

 生きるも死ぬも、仲間しだい。

 ならばと。

 ミシューは。

 カーリャに全てを預け。

 詠唱を開始した。


 暴風のような竜の左手が凪ぐ。

「!」

 カーリャは素早くそれをよける。

「ちょこまかと!」

 続いて右手が、はるか上空から襲ってくる。

「くっ!」

 続けて、飛び、避ける。

 一見、鈍重に見える竜の攻撃。

 だが、そのすべては遠近さでゆっくりと見えるだけで、嵐のように吹き荒れ、かすっただけで腕なら腕、足なら足が根こそぎ持っていかれるような死神の鎌だった。

 だが、反撃をしなければジリ貧である。

 カーリャは剣を払う。

「風刃殺!」

 生まれいずるは真空の刃。

 だが。

「ふん」

 竜はよける事すらしない。

 よける必要すらない。

 なぜなら。

 頑丈たる黄金竜の皮膚は、そよ風の様な生ぬるい刃など物ともしなかったからである。

「効かぬぞ!」

「なら!」

 カーリャは剣を腰だめに構え。

 そのまま、薙ぎ。

 更に次いで、一閃。

「風刃殺・蓮華!」

 続けて、ざまの真空の刃。

 交わりし風の刃が威力を増し、怒涛に竜を切り裂こうと飛翔した。

 だが。

「効かぬのだ!」

 その一撃も無駄に終わり。

 風の刃は、竜の肌を軽く裂くだけで消え去った。

 傷を与えられただけで僥倖というべきか。

 だが。

 戦いは点取りゲームではない。

 傷つけた分だけポイントが入り、多ければ勝利などという戯けた決着などありえない。

「貴様では相手にならぬと、悟ったか!」

 圧倒的に、威力が足りなかった。

 カーリャは、歯をかむ。

 やはり、ミシューの力に頼らなければならないのか。

「得物が魔術媒体として稀有なのだろうな。確かに素晴らしき印術だが、所詮は二流の芸当。その程度ならばドヴェルグの槌の方がよほど堪えるわ。人とは本当に無力なものよ」

 返す言葉もない。

 結局は、なすすべもないのだから。

 だが。

 すぐ背後で自分を信じて詠唱をつづける少女と約束をした。

 彼女が詠唱を続ける間は自分が守ると。

 たとえ、無力とも。

 時間ぐらいは、稼いでみせると。

 それが。

 自分の矜持であると。


 完全に劣勢だった。

 明らかに打つ手がなく、じり貧だった。

 ミシューはその光景を前に、焦りを浮かべていた。

 だが。

 あの少女が言ったのである。

 自分を信じろと。

 なら。

 ミシューは、静かに呼びかける。

「メルニド。ウィヌス。シュティア。ルガイア。力を貸して」

 その呼びかけに。

 ミシューの周りに四つの精霊が顕現した。

 神々しき神秘。

 魂界の大元。


「な!」

 イグナートが焦りを浮かべる。

 小蝿と戯れていたら、そのすぐ背後であの金髪の小娘が四大を召喚した。四つの精霊の内包する膨大な力、それを一身に纏ったあの金髪の小娘がただ事ではないのは、見てすぐ取れた。

 ならば。

 もはや、小蝿など無視してあの小娘の企みを阻止しなければならない。

 イグナートは、カーリャから意識を反らし、ミシューに向けてその巨大な爪を閃かせた。

 竜の爪。

 それは牙と並び、竜の最も堅牢な武器。

 黄金竜の皮膚がオリハルコンでしか傷つけられないというならば、黄金竜の爪や牙はオリハルコンすらも砕き、へし曲げるほどに強靭だった。竜種の中でも王と称される最も神話に近い生物、グランドラグーン種のもつそれは地上でも無比に強靭な一つである。

 それが。

 今。

 ミシューに襲い掛かる。

 絶体絶命という言葉がいつ使われるというのならばまさにこの時だろう。地上で最も強靭な刃が地上で最もか弱き生物に襲いかかる。過剰殺戮にも程があると言わざろう得ない。

 カーリャは戦慄した。

 手段がない。

 すでに、守る手段が。

 閾値に達した。

 後は、決断するのみ。

 何を?

 決まっている。

 カーリャは、手に握る剣の感覚を確かめた。

 もう、何年になるだろう。

 師から、まるでボールでも投げられたかのように渡された古ぼけた剣。名刀であるとは理解していたし、剣の持つ不思議な力にも幾度か助けられた。もはや、もう一人の自分かのような一体感すらある。この友人とどれほどの時を過ごしたか。

 けれども。

 別れの時は来る。

 恐らく、あれとぶつかったら間違いなく終わりを迎える事だろう。相手はオリハルコンや高度なミスリル銀すら砕く地上でもっとも硬い物質の一つである。

 けれども。

 今まで培った技を総動員すれば、そしてこの剣の並外れた硬度があれば、おそらくは反らすことぐらい出来るだろう。

 信じると、言われた。

 僅か、出会って二日の自分を。

 おそらく、この先ここまで心を交わせる相手は現れないだろうという予感さえする。

 ならば。

 その恩義に応えるのが礼節であろうと。

 カーリャは決意する。

 そして。

 剣を掲げ。

 祈り。

 最後の別れを心で告げて。

 駆け。

 飛び。

 切り。

 払った。

 無慈悲に。

 パキン、と。

 折れる音がした。


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