グラン・ドラグーン 8
防ぎきれない。
カーリャは悟る。
師から承った刀剣の生み出す力は想像以上に堅牢だったが、それでも黄金竜の一撃を正面から受け止め続けるには力が足りな過ぎた。
それほどまでに、強力無比。
だが、今結界を解いたところで待っているのは瞬間的な死であり、たとえジリ貧だと理解していようともカーリャは耐え忍ぶしかなかった。
そこで。
ミシューが、古木の杖を掲げた。
次いで詠唱に入る。
あいも変わらず流麗で美麗、端麗。
まるで湖のほとりで歌う水鳥か妖精のように謳う。
『ボレアス、ノトス。
ゼピュロス、エウロス。
四方に集いし四柱のアネモイ。
四天の風に我が身を委ね。
四天の空よ、我が手に集え。
天廟、新たかに今、万象吹き荒びたれ!』
傍で見るほどに芸術だった。
なまじ、三界を跨いで見る力が強いだけに理解できる。傍らで詠唱を続ける彼女の中に流動する膨大なマナトゥース、そしてそれを魂界と結びつけるアウラ。巨大で今にもはち切れんとする暴虐のアニマをまるで、水遊びのように悪戯に、軽々しく戯れている。一歩間違えば消失するか、霧散するか、あるいは暴走し暴発するか、それほどまでに荒々しく力強いスピリチュアが三界に亘り、力を膨れ上がらせている。
確かにこれは交響曲だ。様々な力を、膨大なマナの流動を、その圧倒される情報量を、薄い氷で華麗なスキップするかのように処理していかなければならない。
失言だった。
彼女が、ダビデで一年も修行すれば、部隊長ぐらいならば圧倒できると言ったこと。
すでに今の時点で圧倒している。おそらく、あの者以外は彼女に手も足も出ないだろう。それほどまでにミシューの力は群を抜いていた。
騙された。完全に騙された。イヴリースと戦っているときなど、実力の半分も出していなかったのである。つまりは手抜きの実力で優秀だと錯覚させていたのである。それもこれぐらいならば自分に納得してもらえるだろうという微妙なさじ加減で。学生上がりならこんなものだろうね、と納得してもらおうとしていたのである。
何が裏表のない性格だ。完全に裏だらけだったじゃねえか。計算高いにも程がある。
そんなカーリャの内心の叫びなど気付いていないのか、ミシューの呪文が完成する。
「ヴェンディガスト!」
生み出されしは聖天の風。
放たれしは神の疾風。
暴虐の風が牙をむく。
うねり。
さかだち。
うねり。
さかだち。
風が、怒り。
風が、吼える。
碧の風が。
竜の熱閃を吹き返す。
「ぐがあぁぁぁぁあああ!!!」
熱閃といえども、所詮は息。
そのままに、灼熱の炎が主に牙をむいた。
人すら一瞬にて溶かしつくす炎が竜の顔を無慈悲に焼いた。
もちろん。
それは、並みの風では起こしえない現象だった。
竜の強靭な肺活量から放たれる炎は、テレーマ式の矮小なシュティアの系譜の魔術などそよ風のようにはねかえしてしまう。
けれども。
ミシューの生み出した風はさわやかなそよ風ではなく、巨獣も紙きれのように天高く跳ね除けるほどの突風だった。
竜巻と呼んですら良かった。
碧の風は暴風となりて竜の息吹を散らしつくしたのである。
自らの生み出した死の吐息を顔面に浴びせられ、竜は苦しみいなないた。
「ぐぬぉぉぉおぉおおお!人間め!」
イグナートは怒りを更に増大させる。
そして、怒りのままにその身にアウラを収束し始めた。大気が揺れ、木々も揺れる。風が大きく振動を初め、世界が脈動を始めた。
イグナートは翼を大きく広げた。
まるで矮小たるものに己が偉大さを告げるように。大きく。大きく。広げた。同時に、羽も深く、強く、振動を始める。
カーリャはその攻撃が何であるかを察した。
振動波である。
黄金竜の巨大かつ堅牢な翼を媒体にアウラをその翼に収束し、大気を揺らし、強大な衝撃を生む一撃。
その威力は言わずもがな。
人を軽々と軽石のように吹き飛ばす威力である。背面にある洞窟の岩壁にでもたたきつけられたら、形も残らぬ無残な姿になることは考えるまでもない。本当に、すべての攻撃が一撃必殺のオンパレードである。こちらはちまちまと爪楊枝でほじくるように削っているのに。個体差としての能力が、理不尽極まりない。おとぎ話で誰もが憧れる竜退治を、誰もやりたがらない理由が良く分かる。
しかし、こちらの呪文はすでに完成していた。ミシューは古木の杖を再び掲げる。
『排火の神の一柱よ。
森羅を廻りし畏怖なる善神。
偉大な汝に乞い願う。
荒ぶる紅蓮、気高き雷閃。
偉大な御身を我が手に賜い。
集いし穿て。屠龍の轟雷!』
瞬間、手に集いしは閃熱の焔。
顕現せしは、屠龍の一撃。
怒りし豪胆なりし勇猛なる献火。
それは雷閃へと姿を変え。
轟雷と成り、目の前の巨竜へ牙をむいた。
「アータルサンダー!」
三度目のマギス式攻性魔術。
すでにカーリャは驚きすらしなかった。すでによもや納得はしていた。彼女の実力、そして彼女が幾多ものマギス式攻性魔術を習熟していると、完全に理解できた。
ダビデ式攻性魔術の習得を渋るわけである。個人で行使する事を目的に生み出されたダビデ式攻性魔術と集団で運用する事を目的としたマギス式攻性魔術ならば後者の方が圧倒的に威力は高い。これだけ自由自在に扱えるのならば、ダビデの威力に劣る攻性魔術など習熟する理由がない。
顕現した雷撃は数百にも数千にも広がり黄金の花を開かせた。輝けしは空を裂く天の雷。それがまるで極楽の蜘蛛が紡いだ黄金の糸のように無限に広がり、竜を、その巨大な翼ごと貫き、焼き尽くした。
「ぬおぉぉぉぉぉおおおお!」
再び叫ぶ黄金竜。
悲鳴を上げる度に、それだけの所作で大気が木々毎振動する。本当に洒落にならない化け物である。良く、持っているものだ。
轟音が鳴る。
轟音が鳴る。
轟音が、収まらない。
見ているだけで、本質的にダビデの攻性魔術とまったく違う性質の呪文であると理解できる。そのすべてが戦術的、戦略的運用を目的にしているとはよくよく言ったものである。このようなもの、人間に向けて放ったら瞬時に絶命は免れない。
轟音が、ようやく。
無数の煙と共にようやく。
静かに収まる。
そして、その先には。
「ぐぬぅぅぅううう!」
身体を、無限に焼き尽くした竜がいた。
黄金竜、イグナートは先ほどとはうってかわって怒りは内包しているものの静かで、厳かに、ミシューに向かって告げる。
「素晴らしい。感嘆に値するぞ。我が皮膚を、ここまで傷つけるとは。傷をつけられたのはそう、国を出立して以来だったから、そう。百年余年ぶりといったところか。久々の痛みに怒りで我を失ってしまった」
「ありがと」
ミシューはそっけなく言葉を返す。
「もしかして、貴様。ハイエルフか?いや、違うか。ハイエルフの持つ清浄なアニマを感じない。他の高位種族でもないようだ。人間、であるのには間違いはないのだな」
「ええ」
悠長に話す竜。警戒は解かない。
「ならば、なぜ……。いや、貴様の周りに大きな影が見えるな。四つ。ほう。なるほど。精霊か。いや……」
そこで、竜は驚愕に目を見開く。
「……なるほど。四大か。四大憑きか。人間に、四大の契約を成功させるものが現れたか。ならば、下位種族であろうとも、それほどの魔術行使ができるのも道理よのう」
「……」
「だが、惜しむべきはここで対峙したのは我だったことよ。ノーブル種程度ならばすでにその強靭な術の数々にアニマを砕かれていただろうが、な」
「負け惜しみを!」
と、言ったのはカーリャ。
すでに、再三の魔術行使。
どれもが一撃必殺のマギス式攻性魔術。
現に、竜の身体はぼろぼろだ。
皮膚は焼けただれ、体中が赤く滲む。
このまま、押し通せば何れ勝機は訪れる。
カーリャはそう、考えていた。
けれども。
「あいつの言う通りだよ。カーリャ」
「え?」
「全部、防がれてる」
「嘘……」
ミシューは黄金竜をまっすぐ見上げ。
「確かに皮膚は貫いている。身体には傷を負っている。それは間違いない。ただ、逆に言えば私の魔術は全部、皮膚を軽く傷つけているだけ。あいつは見た目ほど、ダメージを受けていない」
カーリャは竜を見上げる。
確かに、炎やら雷やらで身体はぼろぼろだったが、その割に瞳はしっかりとしており、その動きに鈍った様子もなかった。
派手な魔術の波状によってすっかり見誤っていたが、あの巨大な竜は身体を浅く傷つけているだけであった。
人間なら瞬時に絶命。人の数倍の体格を持つ猛獣でも耐えきることは不可能。巨城の壁に放てば壁が砕け、大樹に撃てば大樹を瞬時に塵へと変えるだろう。
それほどに研鑽された威力だった。
けれども。
「あいつには、まったく効いていない」
絶望的な言葉だった。
ミシューの蒼白な様子からそれは間違いないのだろう。術者本人が手ごたえを感じていないというのだからそこに偽りはない。
カーリャは、ミシューに聞く。
「打つ手は、あるの?」
「ある」
「なら」
「でも」
ミシューはそこで、カーリャに伝えなければならないことがあった。魔術師であるのならば誰もが内包する致命的な欠陥。しかも、相手は竜。それだけで人類には手が負えない。
それも、竜種の中でも最高位の力を持つ黄金竜を相手に、たった一人で、自殺しろというほどに無茶な要求をこれからしなければならない。
だから、ミシューは言葉を紡げずにいた。
なので、カーリャは。
「ミシュー」
カーリャから、言う。
「え?」
「私達は、パーティーよ。パーティーは一蓮托生よ」
「うん」
「何でも言いなさい。要求には答えるから」
「……」
ミシューはしばしの沈黙、逡巡の後。
「詠唱の時間が欲しい。練るのに三分……ううん、二アールはかかる。それまで、あいつを正面から引き付けてほしい」
自殺にも等しい無茶な要求。
すでに敵意を全部、自分に向けた相手、しかも大軍を運用しなければ勝負にもならないような黄金竜を相手にたった一人で時間を稼げと言う。
詠唱。魔術師の致命的な欠陥。
当然。
カーリャも薄々と勘付いてはいた。取り回しの良い、詠唱の短い呪文を矢継ぎ早に放っているが、戦いの中で全力を練り上げる隙は微塵もなかったと。
ならば。
自分に役割が存在するのならば、その時間を捻出する事ではないか、とも。
ミシューのその言葉に。
カーリャは。
剣を再び掲げると。
「あい、承った」
まるで昼食のパンを購買で買いに行けと言われたかのような軽々しさで頷いた。
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