グラン・ドラグーン 7
切り火は、イグナートの降下だった。
実際はただの踏みつけ、ストンピングでしかないのだがそれを巨体な黄金竜が天高くより降下しながら行うのである。威力は言わずもがなだった。
ミシューとカーリャはとっさに避ける。
カーリャは華麗に、ミシューは一歩遅れて逃げるように竜の足裏から離れた。
一つ遅れて、竜が地面に脚をつける。
土がえぐれる。
土飛沫が、まるで激流の滝つぼのようにまった。
その威力は激しく、一つ一つが土の弾丸だった。
「障壁よ!」
ミシューは、カーリャの前にかばうように立ち、古木の杖を前に突き出す。
同時に生まれたのは、五芒星の描かれた防御陣。マギス・クロニクルという魔導書に載せられた防御陣の一種である。調和と均衡を司り、超自然的な現象を調停することで外的な攻撃を防ぐ守護の結界である。
在野の魔術師に対して一般的なテレーマ式の術法ではなかったし、王立軍ダビデで使用されている六芒星の守護結界でもなかった。
むしろ、これはベルファンド王国の系譜。それも、隣国の王立軍を始めとする軍や一部の高位魔術師の系譜であった。
障壁は堅牢で、小動物なら一撃で絶命至らしめるほどの弾丸の嵐を揺らぐことなく、受け切った。
ミシューの魔術が鋭く、そして高い精度を持つことは知っていたし、彼女ならばこの程度の攻撃は容易く防げるともカーリャは予想していた。出し惜しみの部分も含めて。
けれども、彼女の魔術の系譜。そして、彼女が放つ空気のようなもの。それは今までカーリャが見てきたものとは明らかに違っていた。
「カーリャ」
ミシューが聞く。
「私たち、パーティーなんだよね」
「そうね」
「そうか」
ミシューは一つ、うなづくと。
「なら、仲間の為には頑張らなきゃね」
そう言い。
詠唱を開始した。
それは。
今までとは明らかに何か違っていた。
それまでも、流暢で美麗で、洗練されていた詠唱術は見目麗しく、ただ単純に、彼女がとても優秀な魔術師と感じさせるだけであった。
けれども。
それは、彼女の本来の姿ではなかった。
六重詠唱。
ヘクサグル・チャント。
それは、まず一番に彼女が彼女の恩師から与えられた技術だった。
名の通りの技術である。
同時に六つの詠唱を執り行う技術である。
ミシュー=スフィールはまず、恩師のリリス=リースティアから課題として、この六重詠唱を習熟することを求められた。
漫画や戯曲のように簡単に習熟は出来なかった。毎日毎日練習し、結局完全に習熟できたのはその一年後であった。
あまりにも体得するのに時間がかかったために、途中でミシューも自分には才能がないのだろうかとか、こんな難しいことできるかとか、そういう事ばかり考えた。同期が次々と新しい技術を体得する中で一つの技術に永遠と時間を喰い、何も新しい事が出来ない日々は辛いものだった。当然、同期からは落ちこぼれとして扱われる日々だった。
不満は徐々に鬱積し、最終的には師の顔面を張り倒してやろうかと思ったが無事、一年の時が経過し、六重詠唱を成功させることができた。
今思えば、その時の師はなにか、膨大な土台を作ろうとしているようだった。もっと手軽で簡単で、すぐに覚えられるような技術を得たいと言っても師は頑なに首を横に振ったものであった。
習熟した少し後。
六重詠唱は技術としては確立しているが、使い手は非常に限られており、現在のガリア大陸では二人を除いて、六重詠唱が可能な者はいないと知り、ミシューはそこで「よし、別の教室に移ろう」と強く決意した。
結局、それは師の謀略により阻止されたが。
多重詠唱技術は、度々『一人オーケストラ』と揶揄されることがある。
多重詠唱の本質は、『詠唱』を『詠唱』で補助する事であり、本来単一の詠唱しかできない部分を魔術を用いて補おうとするいわゆる暴論でしかない。その為に、二つ、三つと同時詠唱数が増す度に指数関数的に詠唱難度は上がる。腕のない魔術師が行えば足かせにしかならず、一般的な単一詠唱、を行った方がはるかに効率が良い。
つまりは、一人で木菅、金菅、打楽器、弦楽器等、膨大な数の楽器を演奏するような真似であり、それ故に、一人でオーケストラを行うような行為だとされる。現にリリス=リースティアが技術を確立され、ある程度の下地ができている者達が学べば体得できるように昇華されるまでは多重詠唱は獲得可能な術法として視野にすら入っていなかった。
だが、この技術がなければ行使が不能な魔術形態が存在した。
マギス式攻性魔術。
儀式用として開発されたこの戦術、戦略魔術の系譜は個人での行使を想定されているものではなかった。集団による複合詠唱、それがこのマギスクロニクルに記された攻性魔術の原点である。
それを昇華され、『下位ならば個人で行使できる』と理論づけ、個人行使の体系まで整理したのはリリス=リースティアの功績の一つであった。
ただ、この話には一つの裏がある。
『マギス式攻性魔術の個人行使』については体系付けられているが、高位魔術行使の最低条件である『六重詠唱』が誰もできなかったのである。
正直、隠しておこうと思っていた。
けれども。
仲間と言われたら、頑張るしかない。
顕現せしは、地獄の焔。
『猛き荒ぶるアラヴのジンよ。
紅蓮を纏いし貴きダイモン。
偉大な汝の慈悲に乞う。
偉大な汝の心に添えて。
我が呼びかけに応え。
万象焼き尽くす焔と化せ……』
ミシューは、古木の杖を振るう。
「イフリートソード!」
瞬間。
暴虐が舞う。
放たれたのは魔人が怒り。
生まれたのは破砕の炎。
それは、純然たる暴力だった。
「マギス式攻性魔術!」
カーリャは驚愕する。
それはまさしく、マギス式攻性魔術が一つ、イフリートソードであった。
魔人がごとき煉獄の炎を生み出し、それを一振りの剣と放つ魔術。マギス式攻性魔術の系譜の中では下位にあたる習熟難度であり行使の容易い術だが、当然ながら威力はダビデのあらゆる攻性魔術に匹敵するか、上回る。当然ながら、メルニドバレッドとは威力を比較することすらおこがましい。
ただ、燃やし尽くし浄化させるための炎。
熱量にして数千度。
地獄の火炎。
煉獄の業火。
紅き殺意。
それが、剣の形状として振るわれた。
広大な広場を丸々覆うほどの規模。
紅牙一閃。
巨大な竜に咢をむいた。
竜が咢をむかれる可能性など、果たして彼の者は想像すら出来たのだろうか。
黄金竜は。
「ぐぁぁああああ!」
雄たけびを上げながら、炎に纏われた。
響く絶叫。
猛り盛る炎。
消えぬ暴虐。
そして。
それが、鎮火した時。
黄金竜は。
「ぐるぅぅぅう!」
立ち尽くしていた。
「化け物」
正しく堅牢。
まるで、黄金を積み上げた要塞。
あの熱量を直撃し、いまだ健在。
その頑丈さにカーリャは驚愕を隠せない。
だが。
「なんだ、今のは……」
決して、無傷ではなかった。
ダビデ式攻性魔術ではかすり傷も与えられず、高位のミスリル銀ですら傷をつけるのがやっとである黄金竜の身体は健在ではあるものの、そのいたるところに焼け焦げの痕が滲み出ていた。
効果はあった。
無敵とされ、絶対無比、人の手で傷を与えることは難しいとされていた黄金竜は、確かに、そして明確な損傷をしていた。
「なんだ!今のは!」
おそらくは痛みを与えられる経験すらほとんどもちあわせていないのだろうに、それほどまでに堅牢な皮膚と鱗を併せ持つ黄金竜は久方の身に纏う痛覚に怒り、打ち震える。
当然である。今までは目の前の者達がただ邪魔なだけの害虫で、どのような抵抗をしたところで蚊の一撃、ただ邪魔に飛び回るのを叩き潰せばよいだけの相手だと思っていた。
けれども、違った。
この羽虫は鋭き牙を持っている。
しかも、ともすれば自分をそのまま葬りかねない程に強大無比な力を。
ただの人間が、巨獣や悪獣ですらかすり傷与えられぬ自分の肌を貫き、あまつさえ自分を焼き尽くそうとした。
これは、驚異である。
イグナートは今まで内心で抱いていた余裕を捨て去ると、子虫を明確な敵だと認識を変え、警戒と共に睨みつけた。
「貴様、許さんぞ!」
竜は、口にアウラを収束すると、その膨大な肺活量にものを言わせて大気中に霧散するマナを収集し尽す。
ドラゴンブレス。
しかも、先ほど放った火炎竜もどきな火のブレスではない。
黄金竜が放つ真のブレスは金色に輝く。
黄金竜が本来持つアウラはまるで、太陽のコロナのように輝き、人が見るのも拒まれるほどに眩く瞬くという。
その熱閃は非常に美しく、見る者を恍惚の中で死に至らしめるという。痛みはない。痛みを感じる間もなく骨まで燃やし尽くされるからである。
まるで太陽のコロナのようなその光を、ある時から人々は恐怖と畏怖を持ってこう呼ぶようになった。
皇光の吐息『ブレストフレア』。
まずい。
カーリャはそう直感し、刀剣の腹に描かれた『魔』の意味を内包するスールズのリステルを指先で触れ、払った。
顕現せしは退魔の力。
「聖護方陣!」
守護の方陣が生まれる。
眩き輝く堅牢なりし結界。
光の方陣がミシューとカーリャを優しく、そして力強く包み込む。
同時に。
放たれたのは金色の熱閃。
収束した光。
暴虐の熱閃。
猛き狂う炎は慈悲なく、ミシューとカーリャの二人に容赦なく絶望の牙をむく。
熱。
光。
熱。
光。
守護の力を開放したら後、たちまちに燃やし尽くされ、溶けつくされ、一瞬で消失を免れないほどの桁外れな熱量の光は、しかし徐々に結界の生み出せし力を削り取っていった。
竜の光が強いのか。
結界の守りが堅牢なのか。
果たしてそれは判らないが、最強の盾と最強の矛、この双方の勝利者がどちらかなのかはいわずもがな、その少しずつ失われそうになっている方陣の生み出す光が物語っていた。
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