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ルインシールサーガ 一章 竜と刀とブルーベリー  作者: 宮下しのぶ
第五章 グラン・ドラグーン

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グラン・ドラグーン 5

 

 断交の拒絶。おそらく、これで終わりだ。一切、終わりだ。これ以上、交渉の余地はない。確信できる。彼女との関係も、彼女との未来も。

 仕方がない。

 そう、仕方がない。

 仕方がないのである。

 仕方がないと言いながら、様々な事をあきらめてきた。

 今回も同じだ。

 仕方がない。

 良くあることだ。

 自分で責任をとると言っている。

 覚悟もあるようだ。

 諦めよう。

 幸い、軍には彼女も見劣りするぐらい素晴らしい魔術師も在籍している。

 それで手を打とうではないか。

『なぜ……』

 脳裏をよぎる。

『なぜ……お前なのだ?』

 父の言葉。

『なぜ、お前なのだ?』

 恨み、侮蔑、悔恨。

 死の間際の最愛の人間が、まるで汚物を見るかのように自分に向けた視線。

 どうやら、自分はくだらない存在らしい。

 その刻から、諦め続けた自分の人生。

 切り替えよう。

 次に行こう。

 それが健全だ。

 心を病ませ、黒く塗りつぶされつくす前に終わりにしよう。

 ごめんなさい。

 しつこかったわね。

 もう、これで終わりにするわ。

 いつものように、そっけなく言い放とう。

 けれども。

 口から出たのは、紡ごうとしていた言葉とは別のものだった。

「解らないわ」

「え?」

「解らないわね」

 カーリャはそこで、厳しい視線でミシューを強く貫いた。

「なにが自由?それが、そんなに大事なこと?わからないわ。生かしてやろうって言ってんのよ。わざわざこっちが手を差し伸べているのにそれを払うなんて何様よ!どういう了見よ!」

「だから、言ったでしょ!自由の方が大事だって!」

「その自由の結果が、あの良く分からないマームもどきの売れない飲食店か!自由が聞いてあきれるわよ!そういうのはね、もっとかっこいい信念をもってるやつが言う言葉なのよ!」

「なによ!あれだって私の信念だよ!」

 ミシューが売り言葉に買い言葉と立ち上がる。

「趣味でパン屋やって悪い?生前は出来なかったからここでもって、色々頑張ってここまでこぎつけたんだよ!それをこれを、みんな!寄ってたかって!おかげでベルファンドで店を出せなくなったじゃん!」

「ほら、やっぱり。目立ちすぎて墓穴を掘ったパターンじゃないの!あんた、行動パターン見え見えなのよ!どうせ、勧誘合戦で居づらくなって逃げきたって落ちでしょ?」

「どうしてわかるの?」

「わからんでか。行動パターン見え見えだって言ってるでしょうが!大体、向こうの国で上手く逃げられたからって、こっちの国でも逃げられるなんて思わないでよね!私の目が黒いうちは絶対逃がさないから!」

「なんて、しつこい!」

「レベリオン家の三女様はすっぽんのようにしつこいって近所でも評判なのよ!悪い?」

「非常に悪い!大迷惑だ!」

「なんですって!生意気な!」

「そっちが自分勝手すぎるんじゃん!」

「うるさい!私に関わったからには、運の付きなのよ!」

「ふざけるな!」

 ミシューは皮の袋から残っていたのか、ミニコッペを取り出すとカーリャの顔に向かって投げつけた。

 対して痛くなかったが、微妙に当たり所が悪かったのか、カピカピのミニコッペを鼻にぶつけたカーリャの鼻から赤い血が流れた。二日目のパンは固い。なのできちんと温めてから食べよう。

「あ、ごめん」

 ミシューがとっさに口元を抑えて謝った。どうやらこの娘は癇癪をおこすと勢いに任せてものを投げつける悪癖があるらしい。カーリャはそう理解した。

 だが、残念ながらカーリャにも一つ、悪癖はあった。それは血を見ると基本的に切れることである。

「血」

「あ、うん」

「……」

「……」

「やったわね!ブチ殺す!」

 カーリャはそのまま、ミシューにとびかかった。ミシューも必死に抵抗するが、あいにくと体力では圧倒的にカーリャに分がある。すぐになすすべなく押し倒されてしまった。

「大体、何が自由だ!そんなもの!この世界にあるか!あるんだったらな、私はこんなに苦労していないんだよ!私だってな!本当はあんたみたいに自由に生きてみたいんだよ!」

 ミシューの頬をつねりながらカーリャが叫ぶ。手を上げないのは辛うじて一線を超えないようにと理性がこらえているからだろう。ミシューも必死に抵抗し、カーリャの髪を引っ張る。

「何言ってんのよ!自由の権化のような癖して!昨日から無茶苦茶やってたじゃん!あんまり触れないようにしていたけどさ!自由すぎるでしょ!あんた!」

「知ったようなことを言うな!会って二日のあんたが何をわかる!」

「解るわけないでしょ!別に友達ってわけでもないんだから!」

「そうね!どうせ友達でもないわよね!私はどうせ一人よ!あんたみたいに好き勝手しているやつを見ると本当にイライラするわ!あんたのそのクソ自由にどれだけの人間が振り回されているのよ!勝手なのよ!」

「私がやろうとしていることを私がやってなにがわるいの!そんな周りが大事?周りが気になる?自由自由って人をうらやんで最後にブチ切れるぐらいだったら、カーリャも自分のやりたい事やったらいいじゃん!」

「それで済むほど、世の中上手くできていないのよ!」

「難しく考えすぎだって!」

「うるさい、単細胞!」

「眉間のしわ、寄りすぎ!」

「殺す!本気でぶっ殺す!」

「殺意高すぎ!」

 ミシューは怒り任せにカーリャの髪を更に強く引っ張った。

 すると。

 一滴の水のしずくがミシューの頬を悪戯のように叩いた。

 洞窟の天井から水滴は落ちない。

 だから、どうしたかと思い、疑念に視線を動かす。

 よくよく見ると。

 それは。

 強情張りな一滴の涙だった。

「私だって……」

「……」

「私だって、あんたみたいに……」

「……そう」

「私だって……」

「良く分からないけど……」

「……」

「辛かったんだね」

「……うん」

 ミシューには良く解からなかった。

 解るはずがない。

 なにも語らないのだから。

 語るほどの仲でもない。

 出会ってわずか、二日である。

 解らない事の方が多くて当然である。

 だが。

 いずれ、語らずにいる何かを語ってもらいたいと感じてしまう程度には、ミシューはここで、この強く、美しく、無垢で純真で、その癖に玻璃のような壊れやすさを持つ少女との縁を切りたいと思えなくなった。

「ねえ」

 ミシューはカーリャに、まるで赤子を泣き止ませる母親のように優しく声をかけた。

「なに?」

「そもそもさ」

「だから、なに?」

「カーリャは、本当は、何がしたかったの?」

「何が?」

 ミシューはカーリャに押し倒されたままの形で、カーリャを見つめ、心の奥底を羽箒か何かでさするかのように聞く。

「あるんでしょ。そこまで大騒ぎするんだから。本当にしたかったこと」

「……本当にしたかったこと?」

「そう」

 ミシューは頷く。

「本当にしたかったこと」

 その言葉に。

「私は」

 カーリャは。

「私は……」

 ゆっくりと。

「私は、本当は軍人なんかじゃなく……」

 私は、本当は■■なんかじゃなく……。

「冒険者になりたかった」

 答える。

 あの、背中に憧れた。

 あの、奔放な背中に。

 夏の太陽のような金髪が眩かった。

 いつも余裕そうに笑い、なんでもぶち壊してくれそうな背中がかっこよかった。

 剣を片手に颯爽と立つ姿がかっこよかった。

 だから。

 あんな人になりたいと思った。

 あんな大人になってみたいと思った。

 憧れのあの人みたいに、色々な土地を旅して色々な物を見て、様々な魅力あふれる経験を繰り返し、戯曲の冒険活劇の主人公のようにロマンティックにふるまいたかった。

 けれども、それは……。

 叶わぬ夢で……。

「なればいいじゃん」

 ミシューはあっけなく言う。

 堅牢な石壁を大槌で壊すがごとくであった。

「え?」

「なればいいじゃん。協力するよ」

「なれるわけ……」

「簡単だよ。今日から冒険者。それで行こう」

「は?」

 ミシューはカーリャを押しのける。いい加減、押し倒されているのも飽きてきた。すでに力の抜けた柳のようなカーリャを押し戻すのは存外簡単であった。

 ミシューはするりとカーリャの下から抜けると横に座り、目線を揃えた。

「こういうのは、気持ちの問題だよ。冒険者なんていう職業、この世界にはないんだしこういうのは名乗っちゃったもんが勝ちだと思うよ」

「そんな、安直な」

「安直でいいんだよ。それで行こう。今日からカーリャは冒険者。それでいい?」

「あ」

 カーリャは。

「うん」

 と、存外素直に頷いた。

 夢が、あっけなく叶った。一瞬で。

 いささか強引な気がするし、正直、腑に落ちないし、心底釈然ともしないが、それでいいというのならば、それでいいような気がする。詭弁に翻弄されただけの気もするが、何にも考えずに言われるがまま納得してしまうのが勝ちのような気さえした。

 不思議なものである。

 人の言動はまず、疑ってかかる自分が。

 そうしなければならない自分が。

 惑う事もなく、ただ受け入れている。

 その感覚が。

 なんだか、妙にくすぐったかった。

「そうね」

 カーリャは一つ頷き。

「そうしましょう。それでいいわ」

「それがいい」

「それでいいのね」

「それでいいんじゃない?」

「なら、それがいいわ」

 カーリャはそうまで言い、そこで一つ自分を納得させると、破顔した。その笑顔はとてもまぶしくて、ミシューはこの二日間でカーリャ=レベリオンという少女の笑顔を初めてみたような感覚さえ得た。

 カーリャは、なにか自分にのしかかっていた憑き物が取り払われたかのように肩の力を抜く。

 けれども。

 そこで、もうひとつ、どうしても済ませておかなければならない問題がある。

「ねえ?」

「なに?」

「あんた、私一人にやらせるつもり?」

「え?」

「詭弁で煙に巻いて、私一人を冒険者にして、それで終わりのつもり?」

「あ、いや」

「協力するって言ったわよね?」

「まあ、言ったけど」

「じゃあ、決まりね」

 カーリャは軽く涙を拭い、立ち上がるとミシューを力強く見下ろして指さすと、有無を言わさずにはっきりと告げた。

「あんたも、巻き込むわよ」

「どういうこと?」

「あんたも、私の仲間だって言っているのよ」

「仲間……」

「そう、仲間よ。映劇で見たけど、こういうのは旅の仲間が大事らしいわよ。彼の伝説の魔法使いも旅の仲間がいたと聞いたわ」

「あ、いたね。そう言ってたね。先生」

「なら、あんたが私の仲間の第一号よ」

「え?」

「それでいいわね」

 今度はミシューがカーリャを見上げる番であった。先ほどまでに雲に覆われていてその光を放つことすら忘れていた月の少女は、今や太陽の光を万面に浴びてその強い光を取り戻していた。

 なのでミシューはまるで、月のようだなとカーリャに対して思った。光を浴びなければ闇夜の中に隠れてしまうが、光を浴びれば浴びるほど光を取り戻し、如何なる闇も照らしつくす。そういう性質を持つ少女なのかとミシューは思えた。

 ただ、ミシュー自身はカーリャを照らした光源がどこにあるのかは理解していなかったが。

 ミシューはカーリャにきょとんと聞き返す。

「それって、私達、パーティーだってこと?」

「パーティー?」

「冒険者のチームの事だよ」

「なるほど。パーティー。そりゃあいい名称ね。それで行きましょう。あなた、ビックリドッキリネーミング大賞のセンスがあるわね。王公名誉詭弁翼勲章を授与するわ」

 そんな名前の勲章はセインブルグのどこにもないが、カーリャはそこで、ミシューに力強く手を差し伸べた。こっちに来いと言わんばかりに。

「ミシュー。あんたは今日から私のパーティーよ。異論は許さないわ」

「パーティ……」

 ミシューは立ち上がり。

「パーティーか。そっか。パーティーか」

 にやにやした。

「何笑っているのよ。気持ち悪い」

「あ、ううん。ごめん。そっか。そうだね」

 ミシューは。

 静かに手を上げると。

 白樺のような指を広げ。

 カーリャの手を、強く握る。

 先ほどは払いのけた手を。

 今度は、力強く。

 絶対に離さないように。

「わかった」

 ミシューは頷く。

「一緒に行こう。よろしく。カーリャ」

「ええ。よろしく。ミシュー」

 そして、二人は。

 顔を見合わせ。

 笑いあう。

 その手は、握られたまま。

 まるで、二度とこの紡がれた縁が途切れないように。

 強く。

 握られたまま。

 誰も知らぬ小さな洞窟の中で。

 笑いあった。


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