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ルインシールサーガ 一章 竜と刀とブルーベリー  作者: 宮下しのぶ
第五章 グラン・ドラグーン

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グラン・ドラグーン 4


「なるほどね」

 様々な意味が含まれたなるほど、だった。

「あんたが、ものすごい力を持っているのも納得したわ。まさか、彼の高名な魔術師のお弟子さんだったとはね」

「誤解のないように言っておくけど、先生の弟子は私だけじゃないから。先生は自分の教室を持っているし、毎年、沢山の卒業生が先生のクラスから出てるんだから」

「すぐに定員が埋まってしまうと聞いたけどね。まあ、あのかの有名な、だもんね。そりゃあ人気よね」

「気の早い人は専修に移る半年前から申請だすね。まあ、毎年少なく見積もっても五倍ぐらいの倍率にはなるらしいけれども。聞いた話だと、入学生のうち、五割から多い時は七割が先生の教室に申し込むんだって。すごいよね」

「文句なしに、現在の精霊魔術師の頂点だものね。そりゃあそうでしょ」

 誰だって勉強を教わるのならば優秀な人間に教わりたい。ましてやそれが彼の伝説の、となればこそである。実際、彼女が講師を務めてから彼の学院の入学希望者は倍増したと聞いている。マーケティング効果はばっちりである。

 ただ、これで様々な糸がほどけた。

 ミシューの魔術師としての実力と名門での主席という実績。そして四大精霊との契約者という事実。本人に実力や才能があるのは間違いないだろうが、それを開花させた大きな要因は彼の、高名な魔術師なのだろうと理解できる。

 実際に、四大の契約者となればまた、話は違ってくる。セインブルグ王国という国家の意見としては、彼の名門の首席卒業生といえども、本音を言うのならば手中に収められなかろうが残念で済ませられるような話ではあった。だが、四大を契約しているとなれば、国家はどのような手段を使っても手に入れようと考える。

 例えば、一例だが自分が仮にこの国の国家元首だとするのならば、四大の使い手など野放しにはしておけないと考える。それで当の本人が首を横に振り「私は自由でいたいんです」とたわけたことを抜かすのならば、殺すなり、薬漬けにして廃人にした方が後々の為だとも思える。現在は戦争が起きていないが、もしそのような状況になり、敵国に奪われでもしたら目も当てられない状況になる。ならば、この場でという流れである。

 そして、それほどの実力をそなえながらも、魔術師としての実力にそこまで自信を持っていない目の前の少女。正直、ただの嫌味交じりな謙遜かとも思っていた。ただ、実際に名門で主席でいた程の実力である。自分が同年代と比べて突出した力を持っていることぐらい理解しているのだろう。現に彼女は、いつも自分の実力を隠すように努めている。実力をひけらかして面倒に巻き込まれるのが心底嫌なのだろう。

 けれども、そんな彼女すら自信を無くさせるような人物。それが彼のリリス=リースティアなのだろう。十代前半で陸上競技の国家記録を塗り替えて自分が天才と思っていたら目の前に世界記録を淡々と塗り替えている人物がいるようなものである。そりゃあ自信も無くす。

 正直、そのあたりについては自分にも体感的な経験があるので、どうにもなんとも言えなかった。目標は大きければ大きいほど良いというが、大きすぎる目標は時に絶望を生む。

 けれども。

 それでも、カーリャはこの国の軍属として、ミシューに伝えなければならないことがあった。

「四大の契約者だと隠して生きるの?」

「うん」

 ミシューは頷く。

「自分の魔術師としての力も隠して生きると?」

「うん」

「隠しきれないわよ」

「……そうかな」

「経験上の話だけど、こういう事はいつか、公にされるわ。例えばふと、水汲みに行った時、井戸の水が枯れていてあなたはすでにそこに長年暮らしていて、油断してウィヌスを呼び出して井戸に水を呼び出す。それを偶々見ていた隣の住民がとんでもないことだと噂になる。普通の住民だと思っていた近所に住む少女が精霊と契約した魔術師だったわけだからね。そこからは魔術協会が実際に魔術師としての登録確認をしているか聞きに来るなり、役所が動くなりして、徐々に真実が明るみになっていくわ。徐々に、ね」

「考えすぎだよ」

「人の口に戸は立てられないわ。ましてや、王都のような大人数が住む場所ではね。一番良いのは発展しない地方の領土の辺境にある村の外れで最低限の交流だけして魔女のように隠れ住む事よ。人に関わらないで生きるのが一番だわ」

「そんなこと、したくないよ」

「でも、それぐらいしか手段はないと思うわ。それ程の極論しか、手段はないの。あなたの力はそれほどまでに目立つのよ。ただの学生上がりなら暢気にカフェでもさせてあげられたけれども」

 カーリャはそこで、ミシューをまっすぐ見つめた。

「大いなる力には大いなる責任が宿るのよ」

「それ、昔、なにかの映画で聞いたことある台詞」

「そう?私は常々思っているけど」

「私はカーリャじゃないからな」

「人は、皆、同じよ」

 ダモクレスの剣はいつだって吊るされている。カーリャは近くの薪を火にくべながら言葉を続ける。

「それがたとえどれほど理不尽でも、大いなる力をある日、唐突に、近所の主婦に飴玉をもらうように気楽に手に入れてしまったとしても、それが世界を流動させるほどに巨大であるのならば、与えられた力によって己に課せられた責任を果たさなければならないのよ。あなたも、私も」

「そんな、勝手だよ」

「私は世の中、すべてが勝手なものだと思っているわ」

「欲しくて手に入れたわけじゃないよ」

「そんなものよ」

 カーリャは薪を更にくべる。

「四大の契約者と解れば、だれも放っておかないわ。ベルファンド王国から追手が来ないところを見ると向こうでは上手く隠していたんでしょうけれどもね。これからも上手くいくかしら」

「……」

「この世界が聖人君子であふれた優しい場所ならそんな心配もないでしょうけれどもね。さすがにここまでの話になると誰も放っておかないわね。最悪、手足をもいでも手中に収めようとする人間は数えきれないほどいるでしょうね」

「……そんな」

「だから」

 カーリャは告げる。

「もう一度言うわ。私と一緒に来なさい。悪いようにはしないわ。大事にする。貴方の尊厳は私のすべてを賭して、守るわ」

「カーリャ……」

 カーリャは静かに立ち上がると手を差し出し、優しく微笑んだ。その笑みには神話の聖母と見紛う程に慈愛が含まれていた。私がすべてを受け入れるといわんばかりに。

 ミシューも良い加減、この二日の密度の濃い時間の中で、カーリャ=レベリオンという少女が義を大事にし、人を大事にし、命を賭しても王道に反することを行わないと痛切に理解していた。竜を相手に自分が囮になり、逃げろという程である。彼女はたとえそれで命を落とすことになっても信念に背く事は行わない。

 だから、ミシュー=スフィールはもう、カーリャ=レベリオンという少女を心の底より信頼していた。

 けれども。

「ごめん」

 ミシューは、カーリャの手を取ることはなかった。

「なぜ?」

 カーリャは問う。

 ミシューだってわかっていた。カーリャが心の底から自分を心配して、このように言ってくれることを。それしか、自分を護れる手段がないという事も、同時に解っていた。それほどまでに人の追及は鋭く、人の業は深い。少なくとも、自分が故郷に居られなくなる程度には。

 けれども、それでも手を取れなかった。

 なぜなら。

「もし、その手を取ってしまったら、私は一番大事なものを失う」

「大事なもの?」

「自由」

 カーリャは、はっとし、手を下げる。

 ミシューは、まっすぐカーリャを見つめ返すと、力強く告げる。

 そに瞳に一切の迷いはなく。たとえ王金の壁がそこに立ちふさがろうとも決してあきらめることなく、貫き砕くまで前に進むことをあきらめぬと言わんばかりにまっすぐで。

「たしかにカーリャの言葉はうれしい。でも、もしそれを受け入れてしまったらたぶん、それは私の道じゃなくなる。命惜しさに自由をあきらめたら、きっと私は自分を愛せなくなるし、自分を一生後悔することになる。それだけは、絶対にできない」

「……国は、貴方を守ってくれないわよ」

「でも、それでも駄目だ。私が私でなくなるのは生きていられなくなるより辛い。つまらない意地かもしれないけど大事な事なの」

「……そう」

「ごめんなさい」

 ミシューは、静かに謝罪をする。

 それは、カーリャとの全てに対する決別でもあった。


お読みいただき、ありがとうございます。

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