グラン・ドラグーン 3
カーリャの瞳は今までの軽快な感情を殺し、真剣で真摯な物へと変貌していた。
「精霊と、契約しているのね」
「あ、うん」
「随分と、立派な精霊だわね」
「そう。ありがとう」
「驚いたわ」
「そうかな。でも、学生時代にも同期で精霊と契約している子はたくさんいたよ。ほら、精霊魔術が専攻だったからさ。契約すると何かと、魔術の補助をしてくれるんだよ。通常より魔力効率も良くなるし、契約精霊が力を増幅してくれるの。なにかと便利だよ。簡易の召喚陣なら作り方教わったし、カーリャも望むなら手伝ってあげるよ。たしか、こっちに来るときに精霊を召喚する陣の図鑑を持ってきたような……」
「興味のない事なのに、随分と流暢に話すのね。精霊契約についての簡単なイロハぐらいなら私も知っているわ。別に、そのことを言っているわけじゃないの」
「そ、そう」
そこで、沈黙。
焚き木が揺れる。
火の粉が、パチリと舞った。
「メルニド。火の大精霊」
「!」
「魔術師じゃなくても知っているわ。そのあたりの五歳の子供でも聞けば答えられるでしょうね。そりゃあ我々の世界の根源をつかさどる火の精霊様ですもの。知らない人間なんていないわ」
「あ。へえ。まあ、そうだね」
「おおよそ四十年ほど前、王都の魔術協会に勤める当時の副協会長だか、協会長補佐だかが大掛かりな儀式魔術を試したそうよ。目的は大精霊の召喚と対話、そして上手くすれば隷属の契約も執り行おうとしていた。ホドとネツァクの位階を持った魔術師が十数人招集されて行われたから割と有名で、記録に残っているのよね」
「そうなの」
「召喚陣も十分なものだったし、集められた魔術師も全員が高い位階と実績を持っていた。場所も火の元素が多く集まるヴァグナ火山近郊にあるパワースポットだったし、おおよその良条件が揃っていた。けれども、やはり大精霊は召喚に応じなかったそうよ」
「そ、そう?残念だっね」
「そうね。残念ね。大精霊の召喚はそれほどまでに難しいものなのよ。どれほどの準備に手間と時間と人員を費やそうとも、術者本人が見初められなければ大精霊は現れないし、契約なんて正しく夢物語でしょうね。事実、私はセインブルグ建国以来三百年の間、大精霊との契約に成功したという話は聞いていないわ」
「へえ、そうなんだ」
「なにより、下手な術者と契約したら世界の調和すら乱しかねないからね。それほどまでに大精霊との契約は至難でデリケートなものなのよ」
「ふーん」
「ところで」
そこで、カーリャの目が光る。
「随分と力のある精霊とお見受けするわね。輝かしい姿が気に入ったわ。名前はなんていうの?」
「え?」
「名前よ。名前。契約の時に聞いたんでしょ。教えてよ。私たち、友達でしょ」
「あーえー」
と、ミシューはしばし口ごもり。
「えー、タロウ」
「んなわけあるか!殺すわよコンチクショウ!」
「ごめんなさい!メルニドです!メルニド!」
ブチ切れて立ち上がったカーリャに向かってミシューは平謝りを行った。
カーリャしばし肩をいからせると、しばらくして落ち着いたように腰を下ろした。ミシューは甘いものを取ったのに随分と沸点が低いなあと思った。
カーリャは嘆息交じりに口を開く。
「メルニド、ねえ。やっぱり。四大の。あの神霊の。なるほどねえ」
「……」
「気を失う前に、別の精霊も召喚していたわよね。確か、風の精霊だったように思えるわ」
「……」
「シュティアって呼んでいたような。あれよね。風の神霊シュティアと同じ名前よねえ」
「……そーですね」
「それだけ?」
「……え?」
「契約しているのは、それだけ?」
「あ、いえ」
「どうなの?それだけなの?」
「あ、えと」
ミシューはしばし口ごもる。
カーリャはその様子に上手く話を逸らすか、ごまかそうと思案しているに違いないと思った。けれどもミシューは、こういう時のカーリャの口撃というか、追及にはいい加減隠しきれたり逃げ切る事は出来ないと体感的に理解したのか、しばらく逡巡すると、重々しく口を開いた。
「ウィヌスと、ルガイアとも契約しています」
「そう」
驚かなかった。
すでに、驚きは通り越していた。
それに、なんとはなしにそうだとも感覚的に予見していた。もしかしたら血筋の先見が無意識のうちに発現したのかもしれない。
どのみち、二つ契約していたら四つも同じだ。人間達の呼びかけを散々無視してきた精霊共もきりの良い数字を好むだろうに。
カーリャは、彼の者に与えられる為に生み出され、三百年以上も眠っていた称号を、ぽつりとつぶやいた。
「四大精霊使い。クワット・アニマージュか」
感嘆の吐息だった。
「まさか本当に実在するとはね」
ミシューは、それ以来、沈黙を続ける。
「とてつもない才能ね」
火が、鳴る。
「精霊魔術の申し子だわ」
再び、鳴る。
「天才ね」
「違います」
ミシューは、そこで首を横に振る。
「四大の召喚を行ったのも、契約の手続きを行ったのも私じゃありません。私はただ、成すがままに状況を受け入れただけで。実際に四大召喚の為の召喚陣の形成と召喚儀式の一部始終を見ていたからわかります。四大の召喚なんて大掛かりな事、私じゃできません」
「謙遜?」
「ううん。そうじゃない」
ミシューは首を横に振る。
「すぐ傍で見ていたからこそ解る。ましてや、アーシュナイド学院でちゃんと精霊魔術の知識や体系、歴史なんかは全ては教わったから。カーリャがさっき言っていた話も歴史の授業で聞いたし、四大がどれほど力を持っているかも知っている。四大が私には過ぎた力だという事も理解している」
ミシューはそこで、口ごもる。しかし、今度はそこまで間を置かずに口を開いた。
「四大を召喚し、私に契約精霊として預けてくれたのは私の先生なんです。あの時は入学したばかりで、なんの魔道の知識もなかったし、先生が気を利かせて守護精霊を憑けてくれた程度にしか思っていなかったけど、後からとんでもないことになっているんだと知って。契約を取りやめようにも契約したのは先生だから、私には四大との契約を破棄することは出来なくて……」
そこまで言い、ミシューは再び口を閉ざした。
様子をじっくりと観察する限り、ミシューが謙遜で嘘を告げている様子はない。むしろ彼女の態度は、大した力もないのにズルをして、不必要な力を手に入れてしまった悔恨の念のようなものを感じる。
カーリャ自身も、如何に才能満ち溢れていても十代前半の少女が四大の召喚と契約に成功できるとは思えなかった。
なるほど。四大を召喚したのは別の人間か。
カーリャは、召喚者がたとえ別の人間だとしても、四大に見初められなければ、彼らは頼まれても守護精霊になろうとはしないという事を、あえて口にしなかった。
しかし、これで色々と解ってきた。
今まで、断裂していた糸がようやくつながりかけてきた。この世界にもし、四大の精霊を召喚できる可能性がある者がいるとするのならば、それはおおよそのところ現在、このガリア大陸には二人しかいない。
そして、アーシュナイド魔法学院。
そこに、二人しかいないとされる者のうち、その一人がいる。その者は酔狂にも学院で専属の講師をしているらしい。セインブルグの王都、アークガイアでも知らぬものの方が少ないとされるほどに有名な人物である。
もし、ミシューの『先生』と呼ぶ人物がその者ならば、すべて合点がいった。
七界の魔法使い。虹の魔術師。精霊術を極めし者。時を統べる者。虚空の魔術師。無限鏡面の魔法使い。
賢者の石を抱く者。四大の支配者。ガリアの大杖。ざっとカーリャは一瞬で思い浮かぶ二つ名だけでもこれだけ羅列できる。他にも様々な呼び名で呼ばれている。そしてその呼び名のどれもが彼女に対する称賛と畏怖を含んでいた。
だが。
実際のところ。
彼女を敬称する名でもっとも適切でわかりやすいものがある。これがもっとも有名でもっとも知られている称号であった。
とても強い力を持つ魔術師である彼女はいつからか、だれもがわかりやすく納得できるほどに単調で冗談とも思えるような称号を与えられていた。
そう。
伝説の魔法使い。
解りやすいほどに解りやすいが、健在する人間にこれほどまでに直接的な呼び名が許されるだろうか。本来、こういう名は死後、膨大な時が経過したのちに、功績を称えて自然と呼ばれるようになるのではないだろうか。
だが、実際。
それが許されるほどに強い力を持った魔術師であった。魔術協会が彼女に認定した位階は正のケテル。この称号は『人類史史上』一人にしか与えられることが許されない正真正銘、魔術師の頂点と評される称号である。それがこの時代、現存する人類に与えられている。
魔術協会は、これからの人類史で彼女以上の魔術師が現れないと認めてしまった。正のケテルが与えられたという事はそういうことを意味している。
つまりはそれほどの人物である。
カーリャは、静かに彼女の名を呼ぶ。
「リリス=リースティア」
ミシューの身体がピクリと動いた。
答えは沈黙。
それだけで、カーリャは無言の肯定なのだと察することができた。
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