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ルインシールサーガ 一章 竜と刀とブルーベリー  作者: 宮下しのぶ
第五章 グラン・ドラグーン

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グラン・ドラグーン 1

 

「!」

 カーリャは目が覚ます。

 そこは洞窟の中であった。

 簡素な洞窟だ。

 取りててて、語ることもない。

 外の灯りが見えないところから、おおよそ夜か、入り口が遠いのだろう。

 灰色の岩肌が、体の熱を奪う。

 だが。

「ありがとう。メルニド」

 と、声が聞こえる。

 カーリャはもうろうと視線を移した。

 そこには、焚き木に火を灯すミシューの姿があった。

 それだけなら、特筆するべきことは無い。

 おおよそ、精霊魔術を幅広く行使できる彼女にとって、火をおこすなどとは容易い行為なのだろうに。

 けれども。

 彼女が火をおこした手段が特殊であった。

 カーリャが思う限り、このような手段で火を起こす事例は存在しなかった。

 そう。

 存在、しえなかった。

 彼女が使役し、礼を告げた存在。

 それは、精霊であった。

 精霊魔術師が魔術行使の効率化等を目的に、精霊と契約することは決して珍しくない。ダビデにも精霊と契約する者は数多くいた。魂界との接続を効率化することは精霊魔術の精度と術者の負担、そして詠唱の短縮化といった様々な副次的効果がある。彼女のように、精霊を呼び掛けて力を貸してもらえるのもまた、一つの利点ではある。

 だが、問題は。

 彼女が呼び出した精霊、その名がこの世界の根源、火、水、風、土の四つの属性の大元を統べる大精霊、四大が象徴とされる一柱、火のメルニドと同じということである。

 まさか、と思う。

 そう簡単に四大の一柱と契約できる道理はない。

 そもそも召喚に応じないし、交渉にすら応じないし、行使するにしてもおおよその魔術師は力が足りない。少なくとも、セインブルグ王国の歴史上、四大との契約に成功した事例は皆無である。ただ、別の大精霊と契約を成功した事例はあるのだが。

 それも当然、相手はこの世界の象徴が一つである。おいそれと人に手を貸したら世界の調和が乱れるし、そもそも人の手には負えないほどに力が強すぎる。

 だからこそ。

 信じられなかった。

 目の前の存在が、彼の大精霊とは信じられなかった。

「もういいよ」

 ミシューの言葉に、赤より紅き影がうなづいたような気がした。同時に、紅い精霊はすうぅと薄らぎ、姿を消失せた。まるで、幻の夢物語を見せるかのように。

 ミシューは気安い友人を見送るように手を振った。

 カーリャはその光景を横目に、身体をおこす。

 ミシューはカーリャが目覚めたのに気づくと、優しく声をかけてきた。

「目、さめた?」

「ええ」

 カーリャは頭をさすりながら聞く。

「あれから、どうなったの?」

「うん」

 ミシューは頷くと、カーリャの問いに答える。

「風の魔術を使って崖の下になんとか着陸して。その後はあの竜に見つからないように、言われた通り森の中を抜けて行った。途中でちょうど良い洞窟を見つけたんだ。小鬼の住処かと思ったんだけど誰もいないみたいだから、勝手に使わせてもらった」

「時間は?あれからどれだけ経った?」

「うん。もう、夜。日は回ったんじゃないかな?随分とぐっすりと眠っていたね。疲れていたんじゃない?」

「そうね。誰かさんのせいでね」

「助けてあげたのに、ひどい!」

「嘘よ。助けてくれてありがとう」

「意外と、素直」

「十年に一度ぐらいは素直に礼を言うわよ」

「次は十年後か。気の長い話になりそうだね」

 ミシューはそこまで言うと、火に薪をくべる。ぱちぱちと、火が音を鳴らす。

 実際に、迂闊だった。

 竜と交戦したのが正午として、半日も眠っているとは。

 ただ。

 実際は、疲れていたのかもしれない。

 別に、ミシューの事ではない。

 むしろ、好き放題に奔放な自分として振舞えるこの目の前の少女との時間は、自分にとって気楽な一時であった。

 こんなことを言ってしまっては非常に悔しく、自らの沽券にもかかわることだが、正直な話、この二日間はとても気の休まる心地であったと言わざろう得ない。

 竜とガチンコをしたというのにも関わらず。

 そこに苦笑する。

 ただ。

 今までの時間が過酷すぎた。

 自分では大丈夫だと思っていた。

 まだ、平気だと。

 まだ、耐えられると。

 けれども知らぬ間に、圧力は心を押しつぶし、まるでヒュドラの猛毒かのように徐々に心を蝕んでいたのかもしれない。

 実際の話。

 目の前の少女に抱きとめられた時に身をゆだねてしまった自分は存在した。普段は誰かに気を許したりは絶対にしないのに。誰かの傍で気の休まる安眠など決してした事はないのに。

 心も身体も、ゆだねてしまった。

 それが、このざまである。

 保護者のつもりでいたのに、母親のように甲斐甲斐しく守られていたのは自分だというオチであった。笑えもしない。

 カーリャは自重気味に肩を落とす。

 おおよそ、人の機微には割と聡そうな目の前の少女である。カーリャの内心の落胆にも気付いているに違いない。

 ならば、おそらくこれは気の使っての行動なのだろう。ミシューはにこりと笑うと、焚き木のすぐそばに無造作に置かれていた皮袋を手に取った。

「カーリャ。おなか、空いてない?」

「……」

 思案する。思案して、ようやく気付く。もう、随分と何も腹に入れていないことに。正直、おなかは空いていた。そして、今更ながらに空腹ということに気付いた。

 だから。

「空いている」

 と、少々つっけんどんに答えた。

 ミシューはにこりと笑う。

「そう。良かった。なら、食べ物の用意があるの」

 そこでカーリャは気付いたのだが、自分の所持品を入れた皮袋は紛失していた。あれだけの激戦である。見失ってしまうのも当然と言えたし、正直、大した貴重品は入っていなかったので惜しくはなかった。

 ただ、問題は非常食のハードクラック等もそこに入っていたことである。なので、非常食はもうない。ならば、目の前の少女は自分が寝ている間に森から食料を確保したか、あるいは自分で隠し持っていたのだろうか。準備がいいと言わざろう得ないし、今はそれに甘えようと思った。

「はい」

 そう言い、ミシューは食べ物をカーリャに手渡す。何だろうと火に照らされた手元を見て、その正体にカーリャは明らかに顔をしかめた。

「これ」

「おいしいよ」

「いや。なんだろう。いや、本当になんだろう。この世界とか、あんたの頭の中とか、本当になんだろう。世の中には理解できないものが多すぎる」

 酷い言いようであるがそれは通常運転だし、そう言いながらミシューが手渡したもの、それは店頭に置いてあった良く分からない小麦を加工したなにかだった。

 なんだろう。パンとかポンとかいっていたような気がする。おおよそ、処分するしかなかった売れ残りのをいくつかを、とっさに皮袋に入れておいたのだろうて。

 アークガイアのクリュール区にある店で出された、スライスした何かとは違いこのポン、だったかはこぶし大に加工されており、楕円形の形であった。

 この非常時に食料はありがたいし、原料も解っているので毒でないのは知っているが、正直そうまでして食べさせたいかとカーリャは思った。まあ、森のキノコを不用意に採取して毒にあたり、この洞窟を墓場にするよりはましだと思ったが。

 視線を移すと、ミシューはニコニコしながらカーリャの姿を見ていた。そうまでして食べさせたいらしい。すごい執念だ。ここまで徹底しているのも珍しい。

 こういう事態なのでたとえ蛙や鼠でも腹に入れられるなら腹に入れなければならない。それが野生である。カーリャはいい加減、観念して正体のわからない小麦の風船を口に運ぼうとする。

 すると、ミシューが葉の上に乗った紫色の物体を取り出した。

「即席のジャムもあるの。煮詰めただけだけど、つけて食べると美味しいよ」

 準備が良い。どうやら寝ている間にブルーシュを加工したらしい。本当に準備が良い。この情熱はどこから現れるのだろうか。

 カーリャは頷くと、良く分からない小麦風船にブルーシュのジャムを付けて食した。

 正直、酸味は強かった。時期ではないからである。だが、ほのかな甘みが疲れた体に心地よかった。

 それに、小麦風船の食感。

 いままで食べてきた小麦団子とは違い非常に噛み応えがあり、柔らかかった。仄かに感じる塩見と甘味が心地よく、それでいて風味があった。

 とても食べやすいと思った。

 セインブルグで主食にされている小麦団子に不服は無いものの、カーリャはそれを決しておいしいと思ったことはなかった。小麦の取れ高等を検討した上で主食として適されている事と、比較的腹持ちが良いことを理由に今日までそれほど、セインブルグでは疑問視されずに小麦団子は食されてきた。

 ただ、硬くて重い小麦団子は食べるのに疲れるし、それ自体を美味しいと思いながら食するようなものではなかった。どちらかといえば純粋な腹の足し、と思う人間が多いのではないだろうか。

 けれどもこの小麦の風船はカーリャの価値観を一瞬で変えた。まず、それ単体で食べてもおいしいと思えた。柔らかく、かみ切り易く、歯ごたえも良く、食べていて疲れない。そして、味わい深く、その生地の中には決して小麦だけではなく、複数の素材が練りこまれていることを瞬時に悟った。恐らくは塩と砂糖。だが舌が豊かなカーリャはほんの少しだけ蜂蜜も含まれているのに勘付いた。蜂蜜が風味を生み、小麦風船の舌触りを良くしていた。

 そして、そこに合うのは雑多に作ったブリューシュのジャムだった。時期ではないので甘味は足りないし酸味も強い。けれども、それでも小麦風船の味を損ねることはなく、それどころか柔らかいジャムが小麦風船と上手に混ざり、小麦風船の味わいを数段と深めていた。

 小麦団子だとこうはいかない。決して合わないというわけではないが、団子は団子、ジャムはジャムといった感覚である。おそらく内層が網目状になっているからジャムが良くしみこむのだろう。中々考えられているとカーリャは思った。

「セインブルグもベルファンドも薄力や中力がメインだからね。パン作りに耐えうる小麦を探すのにも苦労したよ。団子が主食だから中々流通しなくてねえ。でも、特注は高くて原価が上がっちゃうんだよねえ」

 何を言っているんだこいつとカーリャは思った。

 しかし、上手い。

 非常に残念で遺憾の意だが、味が良い。

 この目の前の娘に敗北したようで非常に心苦しいが、惜しむべき事に、ハードクラックと干し肉を紛失して良かったと心から思った。頑固な自分の事だから、おそらく残っていたらこれを食していなかっただろうから。

 三つ、手渡されたが三つを五分もかからないうちに食べきってしまった。それがまた悔しくて、勝負事ではないのに心底敗北感で一杯だった。

 ミシューが聞く。

「美味しかった?」

 カーリャは答えた。

「まずい」

「あ、そ」

 まずいと言ったのにミシューは満足顔である。結局、口はだますことができないのである。あれだけ夢中になって本当にまずいと思っているわけがないだろうに。それを見透かされたことも同時に屈辱だった。


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