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ルインシールサーガ 一章 竜と刀とブルーベリー  作者: 宮下しのぶ
第四章 ゼファーリア大森林

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ゼファーリア大森林 7


 カーリャは緊張の面持ちの中、口を開く。

「失礼。確かに黄金竜と見受けします。名乗るのが遅れました。我が名はカーリャ=レベリオン。セインブルグ王国騎士軍ローレライ第七師団第七小隊所属の従騎士。以後、よろしくお願いします」

「失礼、だって。ぷぷ」

 空気を読まない馬鹿がいる。交渉に失敗したらギロチンにしてやろうとカーリャは心に強く誓った。

 竜の眼光が強く光る。

「ほう。軍属か。レベリオン家。まだ存続していたのか?建国以来の旧家だな。六大公爵ぐらいにはなったのか?」

「いえ、レベリオン家は代々子爵の家系で」

「王都の連中も見る目がない。あの名家を飼い殺しにしておくとは。大方、正義に自分達の悪事が侵食されるのを嫌がっての閑職だろうに」

 良かった。話は通じる。しかもなぜか好感触である。レベリオンの小さな家名はなぜか、黄金竜にも通じるらしい。レベリオン家すげーとカーリャは思った。

「なるほど。レベリオン家の娘か。ならば、会話に応じるのも吝かではないのかもしれぬなあ」

「光栄でございます」

「光栄って初めて聞いた。リアルでいう人いるんだ」

 隣で空気を読まない小娘は後で崖から突き落とそうと思った。今なら完全犯罪も辞さない。

 竜は厳かに口を開く。

「さて。では何から話そうか。何を聞きたい」

「では。なぜガルガード山脈に居城を構える偉大なる王の一族がこのような辺境の地で独り、隠れ住まわれているのでしょうか。矮小な我々に教えていただけないでしょうか」

「それを聞いて何になる」

「え?」

「それを聞いて何になると言ったのだ」

 竜は強く鼻を鳴らす。

 どうやら、いきなり切り込んではいけないところに切りこんでしまったらしい。空気が読めないで近所でも評判だが、さすがに今のはなぜ怒ったのか、カーリャには解らなかった。

 視線を軽く移すとミシューがなるほどねと、妙に納得した表情をしているので、この娘に解って自分に解らないことが妙に腹正しかった。もしや、ドラゴンピークで王族の派閥争いでも起こったのかもしれない。それで国を追われて、とか?いや憶測では何とでもいえる。今は対話を続けるべきである。

「申し訳ありません。出過ぎた発言でした」

「ふん。言葉には気を付けろ」

「本当に、申し訳ありませんでした。分をわきまえぬ発言、反省します」

「口では何とでもいえるわ」

「では、続けさせてよろしいでしょうか。黄金竜よ。貴公はこのゼファーリア大森林に居城を構えるつもりで?」

「それがどうした」

「いえ。他にも貴公にふさわしい土地があるのではないかと」

「ここに住まわれたら困ると」

 カーリャは重々しく頷く。

「このゼファーリア大森林は我らがセインブルグ王国の領土。そして首都であるアークガイアからも離れておりません。矮小な人の身では貴公の威光はあまりにも強すぎるのです」

「それで、出て行けと」

「お望みでしたら、住処は我々で用意します。希望があるのでしたら極力、譲歩しますので。ここはなにとぞ、お考えを改めていただけたらと」

「笑わせるな。なぜ、我が矮小な人間に気を使わなければならない。むしろ、自らを矮小と自覚するのならば貴様らが居住を移せばよかろうに。王都を移転するなりして、な」

 カーリャはやばいと思った。一見すれば気さくに見えてこれは、完全に話が通じない相手である。

 そもそも、建国三百年の大都市を安易に移動など話が通じないにも程がある。あれほどの大都市が一夜にして生まれたなどと、そのようなおとぎ話があるはずもない。地道にコツコツと増築していったのである。すでに人口も三百万人を突破している。竜の気まぐれ一つで三百万人の国民を路頭に迷わせるわけにはいかない。

 カーリャはだから、再度懇願する。

「ご存じかと存じ上げますが、我らがセインブルグが王都、アークガイアはすでにガリア大陸でも類を見ないほどに発展しております。我々は我が王都をガリア大陸随一、いえ、他国の首都と比べても圧倒する程の規模だと自負しております。いくら名高き黄金竜といえども、いたずらにそれを蔑ろにするのであればそれは、いずれは竜の王国であるガルガランドとの外交問題に発展するのではないでしょうか。今一度、お考え直し下さい」

「ふん」

 カーリャの真摯な言葉に、しかし黄金竜は鼻を鳴らした。

「外交問題?知った事か。戦争を起こすならば起こせばよい。そもそも、それこそが望むところよ」

「え?」

「望むところといったのだ」

 竜は大きく威圧するように羽を広げると、敵意を露わに二人に告げた。

「そもそも、なぜ、我がこの地に足を踏み入れたと思う。わざわざ、矮小でこざかしい人間が住まう王都の傍の森に。少し考えればわかりそうなことだがな」

「まさか」

「そう。まさかだ。我の目的、それはすなわちセインブルグの王国を滅ぼす事。いや、違うな。矮小たる人間がのさばり、我こそが地上の支配者といわんばかりに闊歩しているこの時代に、竜という強大かつ偉大なる存在が戒めを与える為に、この地に訪れたのだ!」

「それはつまり、人間を襲う、と?」

「そうだ!」

 竜は怒りをあらわに、言葉を放った。

「我は人間という無力でしかし、数ばかり多い存在が自らの存在を誇示し、あまつさえ我ら竜種と対等だと言わんばかりの現状が我慢できん。先ほどの問答もそうだ。なにが外交問題だ。貴様ら人間は、我ら竜よりも圧倒的に劣る存在。ならば、貴様らは我らに絶対的な服従を誓わざろう得ないに違いなかろうに。それをなにが、交渉だ。笑わせるな!」

 早口だった。

 おまけに敵意、丸出しだった。

 向こうから話しかけたので、正直少しは話が解るかなと思ったら解るどころか、言い分を聞いてみれば完全に人間に敵対しようとしているパターンの竜だった。一のダイスが二つ出て、さすがに次は無いだろうと思ったらもう一個一がでたような感覚だった。つまりは最悪の最悪の、それまた最悪というパターンだった。

 カーリャはそこで、更に言う。

「確かに、お怒りはもっともです。我らが偉大なる竜種に対して分を弁えぬ行動をしたのは確かです」

「こういう場合は、対等で威圧的に交渉をした方が良いんじゃないかな」

 知ったか民が横からしゃしゃり出る。そういう場合じゃねえんだよ。こっちは必死なんだよ。

「ですが、失礼かと申し上げますが我らにも武装の準備があります。中には御身に傷を負わすことの可能な手段もいくつも用意しております。人間を矮小と申し上げましたが、もし敵対するのならば御身も無事では済みますまい。なにとぞ、怒りを鎮めて、矛を収めていただけませんでしょうか」

 下手をすれば余計に竜を刺激する言動。しかし、敵対するのであれば、ただでは済まぬという注意喚起も必要である。そうしなければ一方的に蹂躙されるだけである。

 実際、『砲』を初め、高位種族であるグラン・ドラグーン種に対抗できる手段はいくつか存在する。しかしどれもが扱いが難しい上に使用に当たる承認も難しく、おまけに事後の被害や損失が大きい。できればそれは最終手段にしたい。

 したい、のだが。

 やはりというか、竜はその言葉に怒りをあらわにした。

「我を傷つけるだと!望むところ!よくぞ申した!それがよもや真実としても我は決して矛を収めぬだろうよ!たとえこの身がいかに傷つこうとも、人間に我らが恐ろしさ、驚異を受け付けてやらぬと気は収まりつかぬのだ!」

 咆哮。

 カーリャは、竜の咆哮を正面から浴びる。

 想像以上だった。

 想像以上に高圧的だった。

 威圧するだけで大抵の猛獣はひれ伏すというが、これはもはや生物の本能的な恐怖心を刺激するものである。

 師に、何度か殺されかけていなければ、自分も恐怖にひれ伏していただろう。まさに地獄の英才教育であった。

 ちなみに隣の小娘は終始きょとんとしているが、これは恐怖心がマヒしているだけなので例外中の例外中の例外である。

 しかし、何故にここまで人類に敵意を露わにするのだろうか。大抵の竜はそこまで人類に興味がない。人が蟻に興味がないのと同じである。誰かが、致命的な何かを行ったのだろうか。例えば肉親等の大事な相手を傷つける、とか。

 まあ、実際にそんなことに思案をする暇はなかった。

 非常に残念なことだが、すでに竜は臨戦態勢であった。問答の中で自分達もまた、滅ぼそうとする対象でしかないと認識したのだろう。

 竜は、その山のような巨体を静かに構えた。

「もはや、語ることなどあるまいて。まずは手始めにレベリオン家の小娘を引き裂いて、その肉片を王都にばらまいてやることにしよう。矮小なる身で、我に挑む事、地獄の底で後悔するが良いわ!」

「わーRPGゲームのボス戦みたい。ああいういかにもな台詞って本当に言うんだ」

 緊張感の欠片もないミシューを横に、黄金竜、イグナートが嘶いた。

 それをきっかけにひらかれたのは、竜と人という絶対的に絶望的な戦いの幕であった。


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