ゼファーリア大森林 6
「人間か。何の用だ」
深い声帯が木々や草花を揺らしながら厳かに大気を震わせた。竜の言葉には威圧感があるのか、もしくは竜自体が圧倒的であり、生物はその支配的な覇気に無条件な屈服をせざろう得ないのか、それは判らないがその声だけで絶対的な絶望感を感じずにいられなかったのは事実であった。
竜について、話そう。
竜はおおよそ、四種に分類される。
まず下位の竜。ロウ・ドラゴンと呼ばれる事もあるが一般的に竜といえばこれである。幻想的な力は持ち合わせていないが、圧倒的体躯で他を蹂躙する。並みの猛獣など無条件に屈服するしかない自然界の頂点。
けれども、これでも竜種の中では下位である。竜というだけで無条件に自然界のヒエラルキーで頂点に立てるのである。
続いて、ノーブル。中位に位置する。ここから火を吐いたり、雷を纏ったり、そういう超常的な力を発言するようになる。カーリャが様々な情報から推測した雷竜種、カンヌドレイクと呼ばれる事もある竜種もここに分類される。各地に点在する竜の集落などでは力あるノーブル種が頂点であることが多い。
そして、上位種。ロードと呼ばれる。名が表す通り竜種の頂点に位置する。ここに位置するのはグラン・ドラグーンと呼ばれる種族一種のみであり、ガルガード山脈のドラゴンピーク、つまりは竜の王国を支配しているのがこの種族である。
最後にエンシェント種であるがこれはもはや神話の話になってしまうので体系として存在することさえ知ってもらえば良い。
つまり現存する竜種の中で最高位に位置するのがグラン・ドラグーン。別称、黄金竜なのである。
ある夜、カーリャが語った通り、王金、オリハルコンや練り上げた魔法銀、ミスリルを用意しなければ貫けないほど強靭な皮膚を持つ。竜種の頂点に位置する為、現存する竜種の特注を併せ持つ。飛翔や火炎の吐息のようないかにもなものから、魔術の行使まで、様々な力を持つとされている。人類が勝利するのは絶望的とされる文字通りの竜種の王である。
竜種の王。
つまりは本来、北のガルガランドの険しい山脈の奥深くに根城を築き、険しい山脈を死ぬような思いをして登頂しなければ出会う事すらない、ある種人類にとって最も縁遠い存在である。
なので、カーリャも普通に考えて雷竜で間違いはないだろうと、黄金竜の存在など絵空事と視野にも入れていなかったのだが。
「もう一度聞く。何用だ」
そう、厳かに告げる者。
信じたくはない。
信じたくはないが。
雷竜にしては肌が眩すぎる。
金色に輝く鱗の一つ、一つからは粒子が満ち、不可思議な波動を生んでいる。
三界の力が大きく流動しているのである。
強い力を持つ証明である。
そして、輝く鱗が如何なる硬質さを持つかは、すでに語った通りであった。
体躯は樹木を仰げるほどに大きい。
爬虫類をそのまま巨体にしたような姿。
偉大なる風貌。
四足だが、二足での歩行。
歩行に使用する後ろ脚は鍛え上げられて樹齢千年の大樹のようにどっしりと根を下ろしている。
逆に、歩行に使用しない前肢は細く、かわりにしなやかに仕上がっており、先端は、鋭い爪を生やした四本の指だった。
指先の爪は、太く、大きく、長く、硬く、伝承で語られる神槍の一種かと感じ得る程に圧倒的であった。
実際にそれは絶望的な攻撃力を持ち、アークガイアの王城や城壁などは豆腐かチーズと勘違いするかのように容易く粉砕するだろう。
背には翼。
翼竜を思わせる翼。
大きく堅牢だが、残念ながら竜種の体躯を支え、滑空するには頼りないと言わざろう得なかった。
しかし、カーリャは知っている。
その背面の翼に力を流動させれば大気を震わせ、空を支配の範疇へと置き、たちまち風と共に天を征服せんとすることを。
首は長く、太い。
王都の巨大で鋭利なギロチンでも切断するのは不可能だろうと思えるほどに強靭。
眼光は鋭い。
眼光は、黄金に輝く。
金色の眼光は、グラン・ドラグーンの特徴が一つとカーリャは何かの書籍で読んだことがあった。
顔は、思ったよりも小柄である。
牙も鋭い。
岩や鋼ならば平気でかみ砕くと伝え聞く。
何よりも特徴的なのは鬣。
金色に逆立った鬣。
まるで獅子を彷彿とさせる王者の鬣。
威風堂々とした鬣。
雷竜には特徴として鬣は生えていないはずである。
雷竜の特徴は比較的のっぺらとした頭頂部と四足の歩行であり、雷電を起こす際に鬣に帯電するのが理由で退化したとカーリャは聞いたことがあった。
最後に尾。
これも太く強靭。
それを三本目の脚のように地に下している。
つまりは膨大な樹齢を重ねた大樹がそのままの強度と密度を内包したまま編み上げられた鞭と化したようなものである。
彼らが軽く一周して、そのままなにげなく尾を流しただけで、熟練の兵団が半壊したというのは良く聞く話だが、それが誇張ではなく現実だと深く思い知らされる程に逞しかった。
人類との戦力比一対百。
随分と甘く見積もったものだと、その堂々たる風貌を見上げ、カーリャはそう感じるしかなかった。
「ねえ、カーリャ」
「……なに?」
能天気な馬鹿が声をかけてくる。首を絞めて殺してやろうかとカーリャは思った。
「あれが、雷竜?」
「あ、いえ」
「へえ、大きいんだね。漫画でみたとおりだ。ファンタジー世界に来てよかったって初めて思ったよ」
「ファンタジーはあんたの頭よ!」
狼狽露わに叫ぶカーリャ。
その二人の問答を耳に、竜は口を開く。
「我を矮小な雷竜と同等に扱うとは。つくづく人間とは度し難く無知な生き物よのう。見てわからぬか。我の正体を」
竜は厳かに言い放つ。
「我が名はイグナート。竜種の頂点に立つ者。貴様達は黄金竜だのグラン・ドラグーンだの呼んでいるらしいな」
最悪だと思った。
完全にババを引いた。
午前中からダイスの出目が悪いとは度々感じていたが、まさかここでファンブルをかましてしまうとは夢にも思わなかった。
黄金竜、グラン・ドラグーン種。竜族の王。ガルガード山脈に居城を構えし竜種の支配者。王金に匹敵する爪と皮膚を持つ生物の頂点。
勝てる道理はなかった。
というか、昨日からゴロツキともめ事になったり、普段は合わない悪獣と遭遇したり、乗合馬車の乗り心地が悪かったり、部屋が汚かったり、酒場で食った夕食がまずかったり、朝は朝でカピカピの小麦団子を出されたりと、踏んだり蹴ったりの運の悪さだがもしかしたらこの何気なく連れてきた小娘が全部自分の運を吸い取っているのかとカーリャは思えた。
完全に八つ当たりだが、カーリャはミシューを睨みつける。ミシューはまるで観光名所で訪れた先の巨大な仏像でも眺めているかのような表情で竜を見上げていた。その能天気さが逆にカーリャの殺意を三割増しに増幅させた。
竜がつまらなそうに鼻を鳴らす。
「ふん。矮小な子虫がちょこざいに我の庭を闊歩していると思ったから話しかけたのだが、やはり矮小な生物には言葉も通じぬか。話しかけた我が愚かだったかもしれぬよのう」
どうやら、対話は通じるらしい。
わざわざ竜の言語ではなくセインブルグでの公用語に置き換えて話してくれるところを見ると中々律儀な竜らしい。ならば、意思の疎通も可能ではないかとカーリャは思う。
今までは討伐を視野に入れていたが黄金竜が相手ならば討伐もへったくれもない。さすがのセインブルグも王金や魔法銀一式で武装した一個中隊など用意していない。そもそも、そんなものを用意したところで使い道がない。今回のようなケースも、セインブルグ王国建国以来で初めてである。初めてをもらっちゃったというわけである。
カーリャはすぐに方向を転換し、対話での解決を試みようと考えなおした。人間、話せばわかる。まあ、今回の件は人間が相手ではないのだが。
向こうの言い分を聞いて、こちらの言い分を通す。ウインウインの決着が理想である。目標としてはゼファーリア大森林から移ってもらう事であり、それがもっとも理想的な終着点である。
次点としては非常に気は進まないが、居住地をもう少し森の奥に移動してもらい、人間に干渉しないようにしてもらうという事である。竜の脅威がなくなるわけではないので落としどころとしては不服だが、さすがに相手が黄金竜となれば無理強いは出来ない。
最悪なのは敵対。これが一番避けなければならない。黄金竜が相手ならば雷竜相手に想定した戦術行動は役に立たない。オリハルコン製の攻城兵器はないし、ミスリルで武装した兵団もいない。もはや『砲』の使用ぐらいしか対抗手段が思いつかないが、あれは射程が短いのでアークガイアまで竜を引っ張ってこなければならない。王都がかじりかけの小麦団子になるのは想像に難くない。
いずれにしても、この問答にセインブルグの興亡が関わっている。失敗は許されない。カーリャのご近所様に評判なレベリオン家三女の軽快なトークに満開の薔薇が咲くときが訪れたというわけである。
ちなみに余談だが彼女のトークは地雷が多い。空気も普通にぶち壊す。逆鱗に触れるのも得意分野であった。
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