ビレッジ・フォレスティア 10
淡々と剣を振り上げ、振り下ろすという所作を繰り返しながら、カーリャは傍らのミシューに視線を移すこともなく告げる。
「明日は第三林道を行くわ」
「第三林道?」
「ゼファーリア大森林の資源採取を目的に開拓された林道の一つよ。大森林の中層まで足を踏み入れない程度の距離に位置するローザンス丘という小高い丘までの道程を調査するつもり。行程にしては、早朝に出発すれば夜には戻ってこれる距離よ」
「大変なの?」
「全然。本来は林業や採取職の為に用意された道で、森に慣れた人間なら軽装でも何事もなく往復できる程度には整備されているわ。整備といっても、人里離れた森の中だからたかが知れているけれども。でも、徒歩で歩く分には問題ない程度には踏み鳴らされている道よ」
「へえ」
「学生上がりのへなちょこでも、問題なく帰ってこれるわよ」
「だれが、へなちょこだ」
カーリャの悪態にミシューは口を尖らす。
「目撃情報が一番多かったのがこの第三林道なの。資源採取や材木の伐採、運搬にも使われるから割と人の出入りは多かったのだけれども。今は、察しのとおりね。早く解決しなければ、材木の値段が高騰してしまうわ」
「大工さんが大変だ」
そこで、ミシューは少しだけ不安を露わに、しかしどうしても聞かなければいけない事だったので、内心の恐怖を押し殺し、カーリャに聞いた。
「ねえ」
「なに?」
「魔物は出るの?」
カーリャはしばし、言葉を詰まらせ、しかし剣の振りを留めることは決してせずに、言葉を再び紡ぐ。
「第三林道は魔物の遭遇率がきわめて低いわ」
「そうなの?」
「人の出入りが激しいから。魔物も馬鹿ではないわ。人を襲えば手痛い反撃が待っていると知っている。ましてやそれが小鬼や人獣のようにそれなりに知能のある種族なら、なおさらね」
ゼファーリア大森林という広大な土地の中にはゴブリンやコボルトといった知性の低い種族が集落をつくり、隠れ住んでいる。
文化や文明を創成できるほどに知性を持たない彼らは原始的な生活を営むことしかできず、自然の資源を甘受し、自然と共に生きている。人間より動物に近い種族なのだろう。
ただ、中には人の味を知り、人の持つ文化の便利さを知り、人への襲撃を良しとし、自らの狩猟の対象だと認識する者達が現れる。そういった者達はゼファーリア大森林に訪れる人間を、蜜袋を腹に抱えた蜜蜂だと勘違いする。実は猛毒を持った雀蜂であるにもかかわらず、だ。
ビレッジ・フォレスティアに駐留するセインブルグ軍は、人を襲った原生生物に容赦はしない。過去にそのような勘違いをし、人を襲った小鬼の集落は悉く、軍によって滅ぼされる。土着のハンターに代行を頼むなどといった容赦はない。小鬼は皆殺しである。
連中も、中途半端に知識があるものだからそのような事が繰り返されると、自然と人を襲うのを躊躇うようになる。セインブルグの駐留軍も敵意のない原生生物に対しては悪戯に干渉する事なく、そうなると自然と大森林内部に明確な住み分けが生まれるのであった。
「基本的に、林道を明確に外れることがなければ、魔物に襲われる心配はないと思うわ。場所が場所だから、まったく安全というわけにはいかないけれども。ただ、少なくとも林業の人間が小鬼や人獣に襲われたという話はここ暫く、聞かないわね」
「なら、実際はかなり安全なんだ」
「そうね。そうだと思うわ」
と、そこまでさりげなくいいつつもカーリャは何かを濁すかのように、顔をしかめる。普段から眉間にしわが寄っているからそれで更にしかめたら、本当に人相に救いがないなとミシューは思った。
「なにか、懸念があるの?」
「ええ」
カーリャはそこで、少しだけ言い淀みながらも、暫しの思案を挟んでから、しっかりと、口を開いた。
「これは、仮説だけど」
「うん」
「もし、本当にゼファーリア大森林を竜が寝床にしているのならば、おそらく小鬼を筆頭に魔物達は竜を恐れて、住処を移動している可能性があるわ」
「どういうこと?」
「生態系が、変わってしまったという事よ」
「生態系が変わった?」
「本来、連中は人を恐れてあえて、林道から離れた場所に集落を作る。けれども、もし竜がゼファーリア大森林のどこかに住処を作ってしまっていた場合、魔物は竜を恐れて竜から遠ざかった場所に居住を移している可能性があるわ」
「そうなんだ」
「竜と人。残念ながら魔物がより、恐れるのは竜でしょうね。竜に比べたら人なんてどうとでもなるでしょうし。ましてや、ここ最近は林道に人が足を踏み入れないとも聞いているわ。昼のハンターも、同業者が減ったと言っていたでしょう」
「そういえば、そうだね」
「もしかしたら魔物達が林道近くに居住を移している可能性がある。そうなると……」
「魔物の襲撃が、あるかもしれない?」
カーリャは重々しく、首を振る。
そして、聞いた。
「ミシュー」
「え?」
「あなた。戦えるの?」
「戦えるって?」
「魔道の腕が立つのはすでに理解している。けれども、実戦で有用な術を会得しているかは聞いていないわ。実際、どうなの?」
「あ、うん」
そこで、ミシューはしばし口淀み、答える。
「テレーマ式の攻性魔術はいくつか習得している」
「テレーマ式ね。護身程度はできそうね」
「ごめん。役立たずで」
「別にいいのよ。そこに関しては実は期待していなかったし。あなた、典型的な草食系だから。荒事に向いていなさそうだし。身を守れるだけ、めっけ物よ」
テレーマ式攻性魔術とは魔道協会で流布されている攻撃魔術の系統である。セインブルグ軍で採用されているダビデ式攻性魔術と比べ、総じて高い殲滅力を持たず、殺傷能力の心許ない術が多い。
カーリャはそこで、もう一つ、必ず確認しておかなければならないことがあり、聞く事にした。
「もう一つ、質問があるのだけれども」
「何?」
「あなた、魔物は殺したことあるの?」
「え?」
重要な質問である。
実際、実戦での命のやり取りにおける緊張感は現実では想像もつかないほどに大きい。慣れない者は四肢が硬直し、脳の酸素が瞬間的に奪われて、赤い水の詰め込まれた案山子へと変わる。
実際に、目の前の少女に対してどれほどまで期待して良いのか、重要な指標の一つだった。
正直、カーリャは目の前の少女がそういった荒事とは無縁だと思っていたから、仮に案山子でも問題ないと考えていた。案山子になられても、彼女の魔術の腕は別の場所で役に立つだろう。
しかし、返答は想像とは少し違うものだった。
「……あるよ」
「意外ね。今日、一番驚いたわ」
「そう?」
「どういう経緯か、聞いてよいかしら」
「うん。大した話じゃないよ。私が学院時代にお世話になっていた先生が割とスパルタで。実戦的な魔術の研修?実地?それとお金稼ぎ。そういうことを兼ねて、魔物や魔獣の討伐をしていたことがあるの」
「へえ。そういうの、嫌がりそうなのにね」
「実際、嫌だったよ。でも」
そこで、ミシューは視線を落とし気味に反らし。
「そういう事、言ってられる世界でもないでしょ」
確かに。
口には出さなかったが、カーリャは深く思った。
少し考えればすぐに解りそうなことだが、これほどまでに簡単なことを理解していない人間は多い。特に、セインブルグの貴族連中。自分が手を汚さなければ、自分の手が汚れていないと勘違いしている。牛を喰っているのならば、結局は牛を屠殺しているのと同じなのに。
そういったことから、目を背けないだけ、目の前の少女はそういった連中と違うのだろうなとカーリャはしみじみ思った。
「じゃあ、明日はそれなりに期待して良いのね」
「期待はしないで。攻撃魔術は苦手だから」
「戦えるだけ大したものよ。王都に戻ったらダビデへの推挙をしてあげるわ」
「だから、本当にやめてって」
ミシューは明らかに困り顔だ。
からかうと面白い。
頭がいいとは聞いていたが、実際は割と単純な性格をしている。打てば響くし、多分、裏表もない性格なので話していて気楽だった。
だから、カーリャは笑みを絶やすことができなかった。
夜天の月光。
頼りない灯り。
それに照らされながら。
更に、夜は更けていくのだった。
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