ビレッジ・フォレスティア 9
「ねえ」
唐突に声をかけたのはどちらだったのだろうか。
静かすぎるほど静かな闇夜の中、響く連れの言葉に、カーリャはそっけない返答をする。
「なに?」
「綺麗な太刀筋だね」
「ありがとう」
「それにしても珍しいね。ガリア大陸で刀なんて。刀剣を扱うのってシフォンの文化でしょ」
「そういえば、そうね」
と、カーリャは素振りを止めて思案に耽る。
「確かに、珍しいわね。普段はそこまで気に留めたことは無いけれど」
「でしょ」
「確か、東方のシフォンはあまり重武装する文化では無いらしいから。国土でガリア大陸のような重装の鉄鎧を精製する技術や文化が根付かなかったのが理由らしいわ。詳しくは知らないけど、それが肉斬り包丁のような武器の流通、発展した理由らしいわね」
「でも、セインブルグは違うよね」
「そうね。鉄鋼の資源はそれなりに豊富だから。国軍の部隊にもほぼ最低限一式の鉄装備は行き届いているし。ハンター連中も最低限の鉄装備はしているでしょ。昼間の連中みたいに」
「だよね」
「そうなると、刀って割と、使い勝手の悪い武器なのよね。横からの衝撃には弱いし、鉄製の盾と打ち合うと打ち負けて折れてしまうこともあるから。切れ味はガリアで流通している鉄剣よりはるかに良いのだけれども。中々、難しい所よね」
「じゃあ、だれも使っていないんだ」
「そういうわけでもないんだけれども。硬質の殻や皮膚を持たないような魔物相手には有効だし。でもね」
「でも?」
「刃渡りの短い刀で危険を冒して魔獣相手に斬りかかるぐらいなら、普通は槍や弓を使うわよね。基本的に両手で持たなければいけないから、盾を装備できないし」
「腕に装備すればいいんじゃない?」
「そういうわけにもいかないのよ。繊細な扱いが必要な道具だから盾との相性が最悪なのよ。鉄剣のように盾と併用するように作られていないのよ」
「じゃあ、使い道がないじゃん!」
「だから、流行らないんじゃない」
ミシューの渾身の突っ込みに、カーリャはさらりと何の気なしもなく言葉を返した。
「まあ、自分でいうのもなんだけど非常に物好きな得物を使っているわよね。私の所属している第七師団第七小隊にラファール小隊長というのがいるんだけど、彼に言わせると、役立たずで使い勝手の悪いのが君らしいね、との事らしいわ。思い出したら腹が立ってきた。帰ったら簀巻きにして七等分にぶった斬ってやろうかしら」
物騒な事を言う。
平常運転だ。
ミシューはなんか、安心した。
「じゃあ、使うのやめればいいじゃん。軍部では基本的には西洋剣なんでしょ」
「西洋剣ね。言いえて妙ね。シフォンが東だからガリアは西で西洋剣、か。洋、というのは大海、という意味合いで良いのかしら。なるほど。解りやすいわ。その案。採用するわ」
「何の話?」
「いえ。話を戻すわね。確かに、軍部で採用しているのは西洋剣ね。私も普段は鉄剣、いえ、西洋剣を使っているし。でもね、やっぱり私の場合、これの方がしっくりくるのよね」
と、カーリャは刀を片手で掲げる。
年代物の刀だ。
見るからに古傷で草臥れている。
柄の手垢に血糊が混ざっていた。
どれだけの死線を、この刀は潜ってきたのだろう。
逆に刀身は不思議なことに、血糊も傷もついていなかった。
まるで、昨日打ち下ろしたばかりのようである。
はるか昔、漫画やテレビの話だけれども、刀はすぐに血糊がついて、幾度使用すると使い物にならなくなると描いてあった。
なのに、この刀はまるで新品同様である。
柄や鍔には、激戦の痕を無数に残しているのに。
よくよく見れば、刀剣の腹に六つの文字が描かれていた。
ミシューは見たことがない文字だった。
少なくとも精霊言語であるオガム文字ではない。
ガリア共用言語でないのは当然として、マグナグランドでもラグラストラでもなく、ゼノヴィドス帝国で用いられるヴァリア文字でもなかった。
不思議な刀だった。
神秘的と呼んでも良いのかもしれない。
「それ」
「え?」
「どこで、手に入れたの?」
「ああ」
と、カーリャは少し逡巡してから答える。
「貰ったの」
「貰った?」
「師匠に」
カーリャは剣を握り締めたまま素の刀身の鏡面に映るはるか郷愁の思い出を懐かしむかのような表情を浮かべた。
「師匠?」
「ええ」
「カーリャの、剣の師匠?」
「そう」
そう、二度と会えない愛しき想い子に向けるようななんともいえない切なげな色を見せた。
「あなたと、同じね」
「そう、だったんだ」
「そうだったのよ」
カーリャは、優しげに微笑む。
それだけで、その思い出の中にひっそりとしまい込まれた彼女と師との思い出がどれだけ彩深く、彼女にとって大事な宝石かという事をミシューは深く感じ取った。なぜなら、自分も同じ宝石を胸の中に抱いているから。
ミシューはそこで、少しだけ前のめりになって聞く。
「ねえ、カーリャの師匠ってどんな人だったの?」
「え?」
「聞きたい」
「面白い話じゃないわよ」
「それでも教えて」
「気は進まないわね」
「教えてくれないと、明日、朝にちゃんと起きてあげないよ」
「その脅し方は新しいわね。でも、まあ起きなければ寝たまま首に縄を付けて引っ張り出せばいいだけの」「すいません。起きます。絶対に」「話でって、無理しなくてもいいのに」
ミシューは直感的に感じた。
こいつは絶対にやる、と。
カーリャはなぜか、若干残念そうにして、おそらくろくでもないことを考えていたのだろう、話を続ける。
「師匠の話ね。まあ、ずば抜けた人だったわ。エキセントリックな人だったわね。たぶんあの人、国王を乗せた馬車が大隊を引き連れていても、その前を平気で横切って挙句の果てに行軍を止めてしまう性格だわね」
「へえ」
「私とは対極的な性格ね」
「すごくわかる~」
師と弟子は似るものであるな。
「棒読みね。他意があるなら言いなさい。遠慮なく聞くわよ。叛意を感じたらブチ殺すけど」
「そういうところだよ~」
「殺すわよ」
「そういうところだよ~」
「殺すわよ」
カーリャはそこで肩をすくめ。
「出会いは、特筆すべきも無いわね。ある日、私が草原で黄昏ていたら師匠が声をかけてきて、そこからの腐れ縁」
「へえ」
「師匠は旅人、そうね。少し小洒落た言い方をするのならば冒険者、というところね。旅から旅に、各地を放浪してるらしいわ。笑ってしまうことに、前時代的な武者修行、というやつよ」
「武者修行!」
「で、偶々当時、私の住んでいた故郷が偉く気に入ったらしくて、長期滞在しようという事になって。私の屋敷も部屋が空いていたから食客とばかりに一緒に過ごすことになったの」
「故郷?アークガイアにずっと住んでいたんじゃないの?」
「アークガイアに来たのはここ最近。それまではここからはるか離れた田舎で暮らしていたわ。田舎といってもあなたの郷里とは違うかもしれないわね。ラザーニアほど豊かではないから」
と、カーリャはなんともいえない表情をした。おそらくは郷愁の想いに複雑な感情が巡っているのだろう。
「知っているかしら。グラフェルク。王都でも知るもののほとんどいない忘れられた土地よ。決して資源が豊作ともいえず、外交的にも要所とは呼べない、用事があってもだれも寄り付かない土地だったわ」
「……そう」
ミシューは改めて、自分が恵まれていると感じた。このような話を耳にするとき、自らの境遇の良しを強く実感する。
「短いと言えば短かったし、長いと言えば随分と長かったような気がするわ。旅烏で同じ土地にじっとしていられない師匠を、いったい何があそこまで引き留めたのかしらね」
そう不思議そうにひとりごちるカーリャ。
全く何も状況を知らないミシューはなぜか、その答えをすぐに理解することができた。カーリャの師匠はおそらく、その土地で出会った何かに強く心を惹かれたのだろう。鏡があれば彼女の顔を映してあげたい。
「師匠はシフォンの剣士だった。厳密には純粋なシフォン人ではなく、ベルファンド人の血統が強かったけど。クオーターとでもいうのかしら。祖父がシフォン人だったらしいわ」
「へえ」
「祖父から剣を教わった師匠も刀剣術の使い手だった。ガリアの剣術しか知らなかった私にはシフォンの流れるような水の剣は魅力的だったわ。すぐに弟子入りを頼んだ。なけなしの小遣いをすべて使って、安物の刀をわざわざ王都から購入してね」
「それで、シフォンの剣術を学ぶことになったんだ」
「そういうこと」
「強い人だったの?」
「知らないわ。興味なかったし」
「え?」
「ただ」
カーリャはそこで、憧憬に心揺るがせる子供のような表情をした。
「かっこいい人だった」
その無邪気で純真な横顔を見て、彼女の本来の正体はここに存在するんだなとミシューは感じた。そして、一瞬でもそのような真実の表情が見れたことにわずかにうれしくなった。
「結局、そんな道楽が今も続いて、とっととガリアで主流の鉄剣に趣旨替えすればいいものの、あいも変わらず傾いているわけよ」
そこでカーリャは、いつものように肩をすくめた。まったく、救われないとばかりに。。
だが。
思う。
同じような変わり者の自分としては。
彼女が。
如何にして。
ここまでの研鑽を積むことができたか。
憧れは大事である。
自分にだってある。
目標は大きければ、大きいほど良い。
追いつけなれば、なおさらに。
ミシューは、あの人の小さくて大きすぎる背中に思いを寄せる。
「と、まあそんなところよ。とりたてて面白い話ではなかったわね。割と独りよがりの印象もあるし。長々と話してしまってごめんなさい。反省はそこはかとなくしかしていないけれども」
「ううん。面白かったよ。そこはかとなく」
「そう。ならいいけど」
と、そこまでし、しばし何かを含むようなわずかな沈黙をした後、カーリャは何かを振り切るように再び素振りを始めた。
何か、言いたかったのだろうか。何を言いたかったのだろうか。それは、目の前の青い海の少女にしか分からない。
お読みいただき、ありがとうございます。
ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。




