ビレッジ・フォレスティア 3
「ちょっといいかしら」
カーリャが気さくに話しかける。
「ひっ!」
気さくに話しかけられた男は一目散に逃げだした。正しく脱兎のごとくである。
「……」
「……」
「……なぜ」
「顔が怖いんじゃない」
ミシューは所在なさげに答えた。
あれから、話しかけるに話しかけて約十件。
話しかける先から、話しかけられた者たちは同じようにおびえた表情を浮かべると一目散に逃げだした。老若男女、悉くである。
カーリャは脳裏に疑問符を浮かべる。
「こんなに美人で愛らしい顔立ちなのに」
「なんか、眉間にしわが寄っているんだよね」
「そんなこと、あるはずないじゃないの!」
カーリャは眉間にしわを寄せて否定した。
そして、思案げに。
「おかしいわね。私みたいな美人に話しかけられたら、普通は皆、喜んで会話に応じるのに。村社会なので閉鎖的という事なのかしら」
「交易盛んな土地なのにそんなわけないじゃろ。なんか、オーラが近寄りがたいんだよね。初対面から感じていたけど」
「誰が美人で近寄りがたいって?」
「耳もおかしいね」
ミシューはあきれたようにジト目をする。
そして、カーリャを見定めるように。
「なんだろうね。どうにもさ、気持ち悪い言い方でゴメンだけど妙な気品みたいなものを感じるんだよね。ちょっと人とは違うような」
「え、そう?」
「そう。これは真面目な話。なんか、珍しい感じなんだよね。うまく言えないんだけどさ、どこぞの公爵令嬢とか、そういうやんごとなき方と話しているような、そういう雰囲気を感じるの」
「子爵令嬢だけど」
「子爵令嬢なんて埼玉王国王女みたいなものじゃない。全然大したことないって。だから、余計に不思議なんだよね。違和感でチグハグな感じ。あ、ちなみに私は伯爵令嬢だから。長女だし」
「……三女」
「勝った」
「辺境の田舎娘なくせに」
「何か言った?」
「別に」
と、カーリャは不服気に。
「大体、さっきまで敬語だったのにいつの間にか敬語でなくなっているじゃない。年上は敬えと教わらなかったのかしら」
「そういうみみっちい所ばかり見せるから、敬う気持ちを失ったんだよね。別にこいつには適当でいいかという気持ちになったというか」
「殺すわよ」
「二言目には殺すっていう。簡単に人を殺してはいけないとお母さんに教わらなかった?」
「師からは、殺られる前に殺れと口酸っぱく教わったわ」
「最低な感じだわね」
「エキセントリックな人だったわ」
遠い目のカーリャ。
一体、何があったんだろうとミシューは思った。
ミシューはわずかに思案するように頬を小さな人差し指でポリポリかくと困ったような、しょうがないなという表情を浮かべる。
「仕方ないな。私が手伝ってあげるよ」
「余計なお世話だわ。これは私の仕事よ。成すが前に諦めてしまっては何事も成せないのだわ。挑戦心を失ってしまっては無為なる停滞あるのみよ。あなたは茂みの隅にでも引っ込んでなさい。大人しく隠れて見ているといいのだわ。私の話術が閃光のごとく輝く場面を」
意地になっている。
心が狭い。
ミシューは嘆息した。
「もう、午後だよ。さっき、鐘鳴ったでしょ。たぶんあれ、四刻目を知らせる鐘だよ。もうそろ日が暮れる頃合いだし、早く情報収集を終えないと夜になっちゃう。宿も探さなきゃいけないんでしょ。もたもたしている暇も、意地を張っている暇もないんじゃない?」
「うぐぅ」
可愛く鳴いた。
案外可愛いなこいつとミシューは思った。
ちなみに四刻目の鐘はおおよそ三時を過ぎた頃合いに鳴る。四回鳴らすのが特徴であり通例でもある。そろそろ日が暮れ始めるから警戒しろという警鐘でもある。
街灯は存在するが、街灯があるからと言って夜、活動できる程に明るくはない。特にビレッジ・フォレスティアは発展しているものの、分類的には集落である。日か沈めば皆、寝静まる。営業しているのは酒場等の一部の店だけである。
確かに、ミシューのいう事も一理ある。
一理どころか、二理も三理もある。
眉間にしわが寄ったままではさすがに、聞き込みもへったくれもない。
カーリャは観念して、至極不服そうに、本当に至極不服そうに、しぶしぶと両手を観念したとばかりにあげると。
「解ったわ。私も大人よ。貴方に任せるわ」
大人ならばもう少し物分かりがいいものだが、カーリャは若干不貞腐れ気味にそう告げるのであった。
「けど、貴方にできるの?まあ、警戒心は持たれないと思うけど。どちらかといえばなめられるタイプだと思うし」
「余計なお世話だ」
と、ミシューは吐き捨てるように言うと続けて。
「私、接客業よ。コミュニケーションスキルはばっちりよ。マルチをやっても成功するに違いない程度にはね」
「まるち?」
たまに会話がかみ合わない。
そういや突っ込み忘れたけどサイタマってどこだよ。ルーガリア大陸やナタリア大陸の国か?ガリアでそんな国の名前、聞いたことねえぞとカーリャは今更思った。
「ま、まあお手並み拝見といったところね。成果を上げられなかったらギロチンよ」
「任せておいてって。大船に乗ったつもりで任せなさい。にゃーはばーゆあーってね。脳筋の軍人の目の前で接客業で鍛えた私のコミュ力を炸裂させてあげるわ」
自信満々にそういい、歩き出すミシューの背中にカーリャは不安しか感じえないのであった。
〇 〇 〇
「すいません」
とミシューが声をかけたのは若い三人組の男性だった。若いといってもすでに三人とも、二十は超えているだろうと思える容貌であった。
それぞれが軽装の武装をしていた。
厚い麻の服装、皮の靴。
厚手の服装なのは、森での虫除けや棘のある植物対策なのだろう。
心臓をかばうように胸当てをしている。
武器は取り回しの良い短めな鉄製の剣に、安物の槍。槍はオーク材の柄の先端に鉄の刃を添え付けた簡素な代物である。
剣も槍も胸当ても、どれもが使い古されており、金の巡りが悪く買い替える事ができないのか、あるいは買い替える金があるのならば賭博や酒に使ってしまう意志薄弱性がそれをさせているのか、それは本人達のみが知ることであった。
狩猟者、別の呼び方をするのならば狩猟組合に属するハンターに多い格好であった。
首に、組合に所属する証明でもある鉄製のタグを二つ、一組付けていることから、おそらくハンターで間違いないだろう。
一組なのは、業務遂行中に死亡した後の処理において、タグが二つあった方がなにかと便利だからである。
所有者が死亡した後に余ったタグが高頻度で再利用されているという話は、まあここでは関係ない話なので置いておこう。
小さなか細い声。
少女らしい然。
愛らしい風貌。
職業柄、警戒心の強い彼らだったが、小柄な少女の遠慮がちな接触には思わず緊張を緩めるしかなかった。
険の強い表情をあからさまに緩めて男達はミシューに向き直った。
男の一人などは、あからさまに愛想を浮かべて優しい声色になる。普段は鋭く棘があり、出てくる言葉は野次や怒声ばかりというのに、である。
「なにかな?」
邪心を感じさせる邪心のない笑顔。
男の明らかな作り笑みと言葉に、ミシューは戸惑いながら言葉を選ぶ。
「あの、実は聞きたいことが」
「なになに?」
男の内の一人が、ミシューの背後に回り込んだ。
逃さない為である。
「えーと」
「うん。なんでも聞いて」
「実は、私。仕事でこの辺りの調査に来ていて。それで、お兄さん方、この辺りで竜を見たことあったりしないでしょうか?」
「竜?」
三人は顔を見合わせ。
「見たこと、あるある」
「本当ですか?」
ミシューの表情に花が咲く。
男も、ハエトリクサのような表情で笑みを返した。
「うん。あるよ。最近」
「え、どこですか?」
「教えてほしい?」
「はい。教えてください」
「お願いしますは?」
「お願いします!」
ミシューはぺこりと頭を下げる。
頭を下げて視線が下がったところで、三人は目配せをした。良い夜のお供が手に入ったと言わんばかりに。
ミシューが顔を上げた頃には、器用にも三人の表情は気さくで邪気のない若者に戻っていた。
男の一人が言う。
「じゃあ、教えてあげるね」
「はい」
「それは……」
「それは?」
「俺達の股間にいるのでした!」
「アハハハハッ!」
三人組が、下卑た笑い。
下ネタで、面白くもなんともなかった。
その面白くない笑いの理由が、ミシューを純粋にからかっているという事実に気付いたので、心中が穏やかではなくなった。
「バカにしてるんですか!」
「まあね」
そこで、背後に回った男の一人が力強くミシューの肩を掴んだ。
非力な少女のミシューと、様々な獣を相手に日々、闘争に明け暮れている男達の膂力を比べた場合、軽毛のように跳ね除けられるファンタジーは存在しなかった。
動けないほど、もしかしたら痣が残るのではないかというほど力強く掴む背後の男から悪しき念を感じ、ミシューは焦燥する。
「なにを、するんですか?」
震える声のミシューの問い。
それに。
「何をするって、言わなくても解るだろう。どうしてそんな事聞いてくるのかは知らないけどさ、くだらない仕事なんて放り出して俺達と楽しい事でもしようぜ。この集落は王都と違って田舎娘ばかりだから、飽き飽きしていたんだぜ」
「こいつ。もしかして貴族とかじゃないのか?だとしたら、拾い物だぜ」
「たしかに、格好は小汚いけど身なりは良いからな。もしかしたら貴族かもしれねえな」
「だったら、拾い物だぜ。俺、貴族の女、抱いてみたかったんだ」
「貴族の女は良い声するぜ。プライド高いからよ。お上品だし、そういう事に慣れてないから、ちょっと乱暴にするだけでゾクゾクするような声をするんだぜ」
「へえ、そいつは楽しみだ。早く、連れて行こうぜ」
「ああ、確か町外れに廃棄された小屋があったな。そこにするか」
邪悪な笑み。
もはや隠そうともしない。
下卑た響き。
ミシューは思わぬ事態に顔を真っ青にした。
これから始まる甘美な体験に夢想し、男たちは欲情のままに恍惚で残忍な邪気を醸し出す。
奏でられる絶望。
綴られる悪夢。
そんな男達の背後で。
カーリャは準備運動とばかりに、指をコキコキと鳴らした。
お読みいただき、ありがとうございます。
ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。




