不良娘と特待生 6
カーリャは嘆息した。
困ったことになった。
別にカンニング云々、の話ではない。
彼女の知識、技術が蝋の城だったのならば、いずれは白日の下に曝されるだけである。
それよりも困っているのは、目の前の小娘がここで話を打ち切ろうとしていることである。
我に任せろとばかりに意気揚々とやってきたのに、蓋を開けたら交渉する余地もなく断られたと報告するのはいささかどころではなく、ばつが悪い。
ラファール小隊長から、「お使い一つできないとは、やっぱり君は素敵な給料泥棒だね」とまた、胃の痛くなる小言を言われてしまう。
あの顔を思い出して来たらまた、胃が痛くなってきた。嫌味が本当に秀逸すぎる。
「なので、この話はこのままお持ち帰りください。御側路頂きありがとうございました。なんの力にもなれなくて申し訳ありませんでした」
完全にお客様モードである。
次の句も告げられないほどの完全な拒絶。
お持ち帰りしたいのは、目の前の小娘である。
仕方がない。
このまま、自責で終わりにしない為にも、あまり気が進まないが、当初構想していたプランで行くことにした。
「そう。なら、仕方がないわね。スッパリキッカリと諦める事にするわ」
「解って頂いて幸いです」
「けど、いいの?」
「何がです?」
「こういう勧誘って続くわよ」
「ええ」
ばつが悪そうに陰りを浮かべて頷く。
思い当る節があるのだろう。
「憶測で悪いけれども、故国でも同じような状況に晒されていたんじゃなくて?」
「よく、御存じで」
「少し考えれば、解るわよ」
カーリャはそこで、軽く天井を見上げた。
木目の天井はまだ新しく、清潔だ。
もしかしたら、店主が何らかの手段で天井の拭き掃除をしている……わけがないか。
少し、思い悩む素振りをわざとらしく見せてから、心配そうに言葉を慎重に紡いだ。
「我が国の諜報部が情報を掴んでいたからね。出所は知らないけれども、情報が表に出た以上は、すでに誰かしらが知っているという事なのよ」
「っ!」
息を飲む小柄なウエイトレス。
「その情報源が誰かは知らないけれど、おそらく、近日中、遅くても夏の終わりぐらいには情報は出回るでしょうね。その様子だと魔道協会にも籍の申請はしていないんでしょ?」
「はい」
「まー、悲惨なことになるだわね。引っ張りだこで手足が八本あっても足りないことになるだわさ。そういう魔法ってあるの?変異とか暗黒進化的なやつがいいわ」
「ありません!」
「あ、そ。面白くないわね」
「面白がらないでください!」
語気が強い。
明らかに効いている。
カーリャは内心でほくそ笑むと、話を続けた。
「そこで、交渉なんだけど」
「交渉?」
「そ、交渉。お互いが勝ちを拾える素敵な交渉。話は単純よ。私に少し協力してくれるのならば、噂を止めてあげる」
「そんな事、出来るんですか?」
「軍属だからね。諜報部から情報の出所を聞いて臭い物に蓋をすれば今回の件は無事、円満に終焉よ。まあ、その後の事は知らないけどね」
「臭い物に蓋って、具体的には?」
「聞きたい?」
「いえ。いいです」
ミシューはさぞ、不快そうに目を背ける。
意外と潔癖だ。
カーリャは話を続ける。
「内容は、至って簡単。私、今から別件でゼファーリア大森林に行かなければならないから、貴方。付き合いなさいよ」
勿論、これが当初の予定であった。
近隣の森に突如出現した竜種の調査に、件の特待生を同行させる。
斥候は危険な仕事であり、情報が少なければ少ないほど死亡率も上昇する。今回の案件に関しては、求められるのは最悪、目撃情報の裏を取るだけ事なので、実際に竜種と死闘というファンタジーは起こらず、面白可笑しくもないゼファーリア大森林の偵察だけに留まるだろう。
さすがの軍部も、ピンでドラゴン退治をさせるほど無策でも薄情でもない。そう信じたい。ラファール小隊長は割とマジなトーンで、「倒せるんだったら倒してきてね」と別れ間際に付け加えてきたが。
近隣の集落にて、聞き込みと情報の収集、そして実際に危険な魔物が跋扈するゼファーリア大森林に侵入し、竜種の目視確認、それが叶わずとも存在の証明となる物証や状況証拠を収集するのが、今回のゼファーリア大森林遠征の目的である。
危険は、少ないと言えば少ないだろうし、多いと言えば多いと言える。
というのも、今回の遠征に使用するルートは一般市民が資材収集等に用いる事もある程度には安全性が確保され、魔物の出現率も、遭遇するのが珍しいとされるほどには低い。
おそらくは、遠足の延長のような安全な旅路になるだろうとカーリャは考えていた。
ただ、もし竜種が本当に存在していた場合。
その存在は確実に生態系を乱し、普段は魔物達も人の立ち入りに警戒し近付かないはずの場所にも足を踏み入れるかもしれない。
それに、竜。
人類との戦力比、一対百。
攻城兵器を用いなければ傷を負わせるのも難しい難敵と遭遇した場合、死亡の率は跳ね上がることだろう。
そういった意味もあり、実際に連れて行くのは躊躇した。
それに、口論になった事も理由としては大きい。ぶっちゃけた話、相性悪いだろうなあと素直に感じてしまったから、カーリャは話の流れの中でこの提案を切りだすのを止めようと考えていた。
だが。
どうにも。
何かが引っ掛かる。
そして、こういう時の予見は大概が当たる。
血筋らしい。
簡単な未来視が出来ると聞いたことがある。
カーリャはまだ、見えはしないがこういった勘のようなもので、自分にとって正しい道の選択に成功した体験があった。
正直、この娘の実力を測りたいという気持ちも強い。
実も蓋もないことを言ってしまえば、名門の卒業生と言えども、現場の最前線で数十年戦ってきた者達の経験に勝てるわけではない。
経験値と実務の習熟値が違う。
けれども、名門首席卒業となれば、今の時点でダビデのホドやネツァクに匹敵する程度には高い位階を獲得しているのかもしれない。
見極めたい。
そういった好奇心が沸き起こる程度には、この僅かな問答の中で目の前の少女に興味と関心を抱いていた。
だから。
「一緒に来なさいな」
と、ごく自然な口調で誘うカーリャがいた。
当然、目の前のウエイトレスは答えに逡巡する。
「いえ、店もありますし」
「どうせ、だれも来ないわよ」
「売れ残りの子をどうにかしないと」
「それも大丈夫。玄関に、自由に持って行ってくださいって看板を置いておけばみんな持って帰るわよ。それに、行き際に暇そうな奴捕まえて言付けして、今日の最後に軍部の小隊にも配ってあげるから」
「遠出ですよね。旅支度もしてませんし」
「近場よ。近場。往復で三日もかからないわよ。遠足のつもりで気軽に行きましょう」
「そんな、強引な!」
「嫌なの?」
と、カーリャは小首をかしげる。
反応は、想定とは違った。
有体に言えば、満更でもなさそう。
拒絶するなら当身で気絶させてでも連れて行こうと思っていたカーリャとしては想定外だった。
顔を少し赤らめて。
「別に、そういうわけでは」
というので、なんだ、この娘、思ったより可愛いぞとカーリャは感じてしまうのだった。
「じゃあ、良い返事を頂いたという事でよろしいかしら」
「……そういうことで良いです」
少々の戸惑いを表情に浮かべ、ウエイトレスの少女は答えるのだった。
顔に出やすい。
嘘の付けない性格だ。
ウエイトレスの少女は言葉を続ける。
「正直、色々な事に煮詰まっていたので、気晴らしにも良いかもしれないので。短い間ですが、よろしくお願いします」
「そう。うれしいわ」
カーリャはにっこり笑う。
そこで、思い出したように。
「そういえば、名乗っていなかったわね」
「はい。軍部の方と思っていましたから。そう名乗っていましたし」
「レベリオン家って知ってる?」
「はい。セインブルグの伝統ある名家ですよね。王立以来の古参と聞いていますが」
「古参でも三百年続く子爵の家系だけどね。古カビが生えて出世競争から取り残されたのよ。私はそこの三女。カーリャ=レベリオン。爵位を継げない。結婚相手も見つからないから仕方なしに軍属になった親不孝者よ」
「なら、改めて。ミシュー=スフィールです。出身はベルファンド王国のラザーニア領。伯爵家の出で、長女だけど兄が二人いるので家督の継承権はありません。よろしくおねがいします」
「よろしく」
二人は手を結ぶ。
その手が、永遠に切れないように。
醜い口論も忘れ。
二人は、堅い友情を結ぶのである。
そして。
物語は始まる。
「ところで」
「はい?」
「歳は?」
「歳?」
「重要な事よ」
「え?」
「重要な事よ」
「十五です」
「私は、十六。なんだ、年下じゃない」
「そうですね」
「決まりね。敬いなさいな。年長者よ」
「一歳違いじゃない」
「十代の一歳は大きいのよ!」
「みみっちい!」
「うるさい!上下関係はあった瞬間にしっかりさせておくのが私の流儀なのよ!」
「本当に、あなたは!本当に!なんか、いう事言う事癇に障る!」
「可愛くない子ね!さっき少しときめいちゃったのが馬鹿らしいじゃない!返せ!」
「あー頭にくる!少しでも良い人かなと思ったのが馬鹿みたい!」
「小娘!黙れ!」
「お前が黙れ!」
……。
始まる。
……。
のか?
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