不良娘と特待生 5
「……もう、止めましょう。きりがないわ」
「そうだね。やめよう。そもそも、何が発端だっけ?」
「もう、よく覚えていないわ」
カーリャはいい加減疲れ果てたかのように椅子の背もたれに身体を預けると、疲労感満載の様子で口を開いた。
「まあ、もう話は理解しているだろうけど、やっぱりね。うちの国としても他国の最新技術は気になるわけよ。名門のアーシュナイドといえば英才ウォルフ=アーシュナイドが開校した魔道の一大機関で、そこの卒業生が様々な国で大きな功績を残しているのは知っているでしょ。電霊波の発見者もあの学院の卒業生じゃなかったっけ。そういった最高学府の首席卒業生となれば、国を挙げても確保したいわけ」
「の割には、随分とヤクザな人が勧誘に来ましたけどね」
「ほっとけ。まあ、でも悪い話じゃないと思うわよ。名立たる魔導士は王立魔道軍ダビデに所属するのが通例ではあるけど、軍属が嫌なら様々な魔道機関が我が国には存在するし。精霊学専攻なら錬金術に携わる職なんかもあるわ。研究が好きなら研究棟も複数用意しているし。そういえば気付かなかったけど貴方、おそらく辺境伯の縁者でしょ」
「ラムザス辺境伯は父です」
「なら、ベルファンド王国貴族の家系よね。貴族の家系なら相当の優遇処置を得られるわ。女性は男性に比べて昇格し辛いけど、他国よりは女性に対する社会的成功の門戸は開かれているつもりよ。ダビデの軍団長も女性であるし」
「そうですか。珍しいですね」
「それを言ったら王すら女性だしね。時代が進んで男尊女卑の傾向が薄れてきているのかもしれないわね。兎も角、貴方にとってはとても良い提案だと思うわ。中層ではなく山の手の王都に近い土地で暮らしていけるだけの収入は約束するし、将来的には爵位の授与も可能性として考えて良いわ。女性は女男爵以上は難しいかもしれないけど、セイブルグ王国の爵位を与えられたら故郷の御父上もきっとお喜びになるはずよ」
「はあ」
「別に、喧嘩をぶり返すつもりで言うつもりじゃないけどさ」
と、そこでカーリャは軽く言葉を切り。
「儲かってないんでしょ」
「まあ」
閑古鳥である。
あれだけ大喧嘩したのに、いや、大喧嘩したからだろうか、昼時に人が一人も店の扉を潜らない。
店頭に並ぶ珍しい小麦の加工品は全部売れ残りだ。
おそらく、自分で食べられる分は食べて、後は廃棄か近隣へのお裾分けだろう。
情報では移転して二時節弱、七十日から八十日近い日数が経とうとしているらしい。
子慣れた様子からも、開店してから随分と日が経つのだろう。
分が悪い。
負け戦である。
三流の戯曲ならば小麦の加工品を手に取って、「この珍しい食べ物は何だ!」と識者が騒ぎ出し、王都中から様々な美食家が集まり、明日には億万長者という流れだが、現実は残酷だ。わけのわからない食べ物は野良猫すら食べやしない。
おそらく、才能がない。
飲食に関しても、経営に関しても。
今のこの閑散とした結果が証明している。
別種の才能は満ち溢れているのに。
最高学府。
アーシュナイド魔法学院。
コネ等の入学は一切行われておらず、完全な実力主義であり、国内だけでなく他国からの留学も行われている。
隣国セインブルグでもその名は広く知られており、年に一度行われる実力模試は魔道協会や王立研究所のエリートすら顔を青ざめるほどの激戦らしい。
そこの首席卒業者。
それこそ、大国の議会で軽く話題に上がる程度には注目される。
故郷でも激しい勧誘が行われただろう。
皮紙には、急にいなくなったと書かれていたので、夜逃げに近い形だったと思われる。
故郷ではなく隣国に転居したのも、それが理由だったのかもしれない。
彼女の社会的な評価はそれほどである。
魔道関連の機関の就業を選べばそれこそ入れ食いで、どの機関でもこちらが提示した条件を無条件で受け入れてくれるだろう。
十で神童十五で才子、二十過ぎれば只の人という言葉があるが無才で結果が残せるほどあの学院は甘い世界でないとカーリャは聞いていた。結果を残せたという以上は正真正銘の天才なのである。
それが。
場末の裏路地にある小さな店で調理人の真似事をして閑古鳥を鳴かせている。
カーリャからしたら、鳥が魚になろうとしているようなものである。
今回、彼女の持ってきた提案も不可思議ものではない。国家の諜報部が隣国の貴族の家系であることを証明しているし、能力的にも文句のつけようがない。
提案を受け入れれば、一等地のシャーレ区辺りで貴族や豪商に囲まれながら使用人を複数雇い貯蓄も残せるような生活が約束されるだろう。
だから。
「迷うのは当然よ。自分の人生に関わることだから。けれども、これは貴方にとって良い提案だと思うわ。じっくりと時間をかけて良いから、良い返事を聞かせてくれるとありがたいわ」
と言った。
口論になってしまったし、わだかまりもあるだろう。自分が窓口になるのも良くなかったのかもしれない。
けれども、所在は知れたし、後日しかるべき日にきちんと国営に関わる身分の人間と面談をしてもらい、結果を決めてもらえば良い。
軍属を希望するならダビデのセリナ、研究職等の魔道機関が希望なら秘錬官監院に一報を送れば話を進めてくれるだろう。
子供ではないから、どうすれば良いかは理解できるだろう。
生活の糧にならない事を何時までも許容してくれるほど社会は甘くない。
趣味は趣味として留めておけば置けば良いのである。
自分の仕事は終わったとばかりにカーリャは軽く椅子から腰を上げた。
「そういうことだから、これで話はお終い。詰め込んだ話に関しては後日、別の者が訪れると思うからそこでして頂戴。じゃあ、長々とごめんなさいね。お店、流行るといいわね」
「あ、いえ。ここでお断りします」
「そう。それがいいと思うわ。人生は堅実が一番。こういうことは本業の傍ら、空いた時間でやればいいのよ。解ってくれてうれしいわ」
「……」
「……え?」
論旨迷走。
カーリャの耳に届いたのは、明らかに拒絶の言葉だった。
聞き間違いかと思ったので、カーリャは再び聞き返した。
「今、断るって」
「言いましたけど」
小首をかしげる小娘。
言葉を続ける。
「お断りします。心の底から興味がないです。故国でも問答ありましたけど、別に魔道に興味があって学院に就学したわけでもありませんから。話も進めていただかなくて結構です」
「別に冗談で言っているわけではないわよ。色々口論になってしまって申し訳ないと思うけれども。我が家の紋章を見せましょうか?旧家だし信頼はできると思うわよ」
「いえ、そういうのを疑っているわけではありませんし。おそらく、そういう話も来るだろうなと予想していた部分もありますから」
「まあ、そうでしょうね。故国でも同じような目にあったと言っていたからね」
「お話を頂いて嬉しくないわけではありません。評価を頂いてとても喜ばしく思っています」
丁寧な口調。
こういう部分は育ちの良さを感じさせる。
「けれども、就学した目的も魔道に携わりたいという事ではありませんでしたし。別に主席といっても私よりも、むしろ指導していただいた方が優秀だったから、だと思っています」
「それは謙遜じゃない?」
「いえ。それに、筆記に関しては若干ズルもしていましたし……」
「え?」
「いえいえ。何でもありません」
いや、聞こえたぞ。
若干、ズルだと。
実はカンニングで主席というパターンか。
そうなると、彼女の実力も若干疑わしい。
まあ、首席を奪い取ってしまうほど高水準のカンニングというのもとても興味はあるが。
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