不良娘と特待生 4
「店員の教育がなってないんじゃない?」
「すいません」
「ヴィジョンの喜劇ぐらいしか、客の顔面に皿を投げる寸劇を見たことがなかったわよ。まさか、私がそれをやられる立場になるとは夢にも思わなかったわ。私が今、どんな気分か解るかしら。店員さん。とても不愉快よ。家に帰ったら先週買ったばかりの枕とシーツを怒りのあまり、ビリビリに破いてしまいそうだわ。それぐらい、遺憾の意よ」
「そうですか」
「こんな不快な気分は久しぶりよ。何気なく街を歩いていたらバロック鳥に糞を落とされたような気分だわ。ねえ、聞いてる?」
「あの、帰っていただけませんか?」
ウエイトレスは至極迷惑そうにそう言った。
店員側にも客を選ぶ権利があると言わんばかりに。
盛大に吹き飛んだあと、カーリャは鼻から垂れてきた赤い液を軽く拭うと、太々しくもすぐ傍の、別のテーブルに着いた。
この太々しさで、カーリャは第七師団第七小隊の給与泥棒として生き残ってきた。働かざるして食う飯は美味い。ろくでもない話である。
ウエイトレスは、至極迷惑そうな視線をカーリャに向け、圧で早く帰ってほしいと訴えかける。それを横目に見つつ、気付きつつも絶妙に空気を読まず、カーリャは話を続けた。
「要件が終わったら帰るわよ。こんな下手物料理を食べさせる飲食店、一秒でも早く去りたい気分だわ」
「下手物、マジ殺す。末代まで呪う」
「それで、話がしたいんだけど店主はいる?どうせ貴方じゃ話にならないし。店主を呼んで来て頂戴。犬でもそのぐらいのお使いはできるのだからあなたにも出来るわよね。私、暇だけど時間にはうるさいわよ。ほら、早く」
「私です」
「は?」
「店主のミシュー=スフィールです」
少女ははっきりそう名乗ったのだった。
若い。
年齢は、十代の前半に見える。
童顔である。
背丈も大きくない。
五トゥース程度だろうか。
小柄である。
華奢だ。
屈強な冒険者を幾人も見ているカーリャの目からは、まるで地面から生えたモヤシのように見えた。
悔しいことに、可愛らしい。
なんともなしに、気品がある。
感覚的に、市民の出ではないのだろうとカーリャは勘付いた。
爵位を持たない家系に生まれた者特有の貧乏臭さを感じさせない。
一言で、育ちが良いのだろうと思わせる。
食器を脚にブン投げてブチ割っても気にしないところもそうだ。
垢ぬけない娘だ。
やっぱり、金持ちが道楽で行っている店だったんだなとカーリャは思った。
カーリャは道楽娘に話しかけた。
「若いわね」
「良く言われます」
「あそ」
興味なさげに話を打ち切る。
「じゃあ、店主さん。手短に聞くわ。とっとと要件を済ませて別の店で口直しをしたいから」
「もう、出てってくれて結構です。てか、出てけ」
「口の減らない娘ね。私が探しているのは人。アーシュナイド魔法学院って知ってる?」
「あ、はい。有名ですよね」
「そうそう。あのベルファンド王国の名門の、ね。そこの特待生?首席卒業生?まあすごく優秀な子が隣国より移転してきたから、その子を勧誘できないかと思ってね」
「はあ」
「貴方なんか、爪の垢を煎じてそれをピッチャー三つ分飲んでも敵わない逸材よ。そんな優秀な人材がなんの因果かこの国のこの王都に移転して、偶然にもこの辺りに住んでいるらしいので今、探しているの。人探し。美味しい仕事よ。時間を必要以上にかけても、何の成果も得られませんでしたと言えば許されるし」
「すがすがしいまでのクズですね。初対面の印象通りです。多分、十年一緒に暮らしても、友人にはなれませんね」
「私もあなたと一緒に暮らすのは死んでもごめんだけどね。グールやスケルトンと寝室を一緒にした方が五割増しに幸せだわ」
「地獄に落ちろ」
「お前が落ちろ。で、話を続けるわ。私が探しているのはそんな人間。たしか、前年卒らしいわ。卒業してからすぐにこちらに移転してきたのね。もう、二時節ぐらい経っているかしら。そろそろ地に足がついている頃合いね。魔道関連の学院を卒業したのだから魔術に携わる仕事をはずなのだけれども、しらみつぶしに探しても一向に見つからないのよ。専攻は精霊学らしいわ。割と一般的ね。ねえ、あなた。何か知らない?」
「知りません」
「本当?」
「本当です」
「あ、そ」
と、カーリャは言葉を打ち切る。
そこで、ミシュー、といったか。おかしな名前である。間延びしている名前が性格とピッタリだ。そんな彼女の目がわずかに横に逸れるのをカーリャは見逃さなかった。
「……」
「……」
沈黙。
黙秘。
二枚舌がくっ付いた。
おかしい。
カーリャは直感的に気付く。
対人関係の、特に金と秘密に関する嗅覚は鋭い。
頬がピクリとしている。
心なしか、動揺しているように見える。
「ねえ」
「はい」
「本当に、知らない?」
「知りません」
「本当に」
「はい」
「本当の本当に」
「知りません」
「私、一応国家公務員よ。軍属だし。所属を名乗っていなかったわね。第七師団の第七小隊。縁起が良い番号でしょ。隠した後でやっぱり知っていましたは、通用しないわよ。ギロチンよ。ギロチン」
「知りません」
「そう」
と、カーリャは会話を打ち切る。
そして、見やる。
口の悪いウエイトレスの額には冷や汗。
何かを悟らせまいと、露骨に顔を背ける。
嘘が下手だ。
まあ、いい。
これ以上話しても、黙秘が続くだけだろう。
ギロっと首をチンしても二度と喋れなくなるだけだし。
カーリャは嘆息交じりにラファール小隊長から渡された獣皮紙の地図を見やる。
確かに、場所は間違っていないはずだ。
誤情報だろうか。
と。
厚い皮紙の裏面を見る。
そこには、探し人の詳細な情報が書かれていた。
迂闊にも、今まで気付かなかったわけだ。
そこには、性別、出身地、出自等の詳細な情報が書かれていた。
良く調べたものだ。
やはり、この国の諜報部は優秀である。
感嘆交じりにそれを読み解く。
裏面の文書にはこう書かれていた。
性別、女性。
男性ではなく、女性だったのか。
出身地、ベルファンド王国スフィール辺境伯統括ラザーニア領。
良い所である。
辺境ではあるが資源が豊富で潤っている。
統治者も温和で民衆の意を汲んでくれる良主であり、耳心地の良い噂しか聞かない。
年齢、十五歳。
名前、ミシュー=スフィール。
……。
名前。
ミシュー=スフィール。
……。
ミシュー……。
カーリャは、目を皮紙からウエイトレスに移す。
ミシューという名のウエイトレスは、露骨に目を背けた。
「ねえ」
「もう、帰ってください」
「帰るけどその前に、追加の注文があるんだけど良い?」
「帰ってください」
「この、ミシューっていうのが欲しいんだけど。テイクアウトで」
「無理です。それはテイクアウト対象外です」
「ってーか!あんたでしょ!ネタは上がってるのよ!」
「違います!才色兼備で優秀な首席魔法使いはここにはいません!」
「いるじゃない!そもそも自分で自分の事を才色兼備とか言ってんじゃないわよ寸胴の小娘が!」
「寸胴は余計です!そもそも、自分だって小娘じゃん!」
「あんたよりはスタイルが良いわよ!このいけ好かないチンチクリン!よくも白々しく黙っていてくれたわね!想像を絶するほどオーラがなかったから微塵も気付かなかったわ!どう考えても馬鹿そうだし!」
「誰が知的で、理知的だ!」
「んなこと言ってねーわよ!本当に図々しい小娘だわね!ぶっ転ばすわよ!」
「望むところだ!やってみろ!眉間にしわが寄った因業ババア!」
「だれが美人で可憐だコラア!」
これ以上特筆すべき必要もないほど不毛で生産性のない会話はその後、約十分以上にも亘って行われた。
おおよその内容もこれ以上記載することのないほど醜くも稚拙な言い争いである。
まあ、具体的には馬鹿とか間抜けとか、お前の母ちゃんデベソ、といった具合である。
ちなみにカーリャは母親が大好きなので母罵倒系の悪口は琴線であり、それが余計に二人の関係悪化に拍車をかけた。
修復はすでに絶望的である。
十年分ほどの悪口を気の済むまで言い続けた二人はいい加減疲れ果て、息絶え絶えに会話を止めるのだった。
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