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悪役令嬢の法廷リベンジ~慰謝料は国庫から?結構ですが、それは横領罪ですよ。王子様~

作者: 後堂 愛美ஐ

無数のシャンデリアが放つ光の洪水が、磨き上げられた大理石の床に黄金色の川を描き出す。王立アカデミーの卒業記念パーティー。楽団が奏でる優雅なワルツ、華やかなドレスをまとった令嬢たちの談笑、そして上質な香水と甘い焼き菓子の香りが混じり合い、この国の栄華を煮詰めたような空間がそこにあった。


その喧騒の中心で、私の婚約者であるユリウス・フォン・アストレア第二王子は、澄み渡るテノールの声で、しかし内容はひどく濁った言葉を、高らかに張り上げた。


「エレオノーラ・フォン・ヴァイス! 君との婚約を、今この場をもって破棄させてもらう!」


ピタリ、と音楽が止んだ。人々のざわめきが嘘のように消え、全ての視線がナイフのように突き刺さる。彼の隣には、庇護欲をそそる小動物のような瞳をした男爵令嬢、デルフィーヌが儚げに寄り添っている。純白のドレスが、彼女の計算された「無垢」を際立たせていた。


ああ、やっとだ。待ちに待った、物語の始まり。この凡庸で退屈な筋書きの、最高に刺激的な開幕のベル。この瞬間を、転生してからの十数年、私はどれほど待ち望んだことか。


周囲の貴族たちが息を呑む緊張の中、演劇の主役を気取る王子は、おそらく幾晩もかけて書いて書き直し手を繰り返して、無駄に時間をかけて暗記したのであろう台詞を、芝居がかった仕草で続ける。


「君は! 自らの美貌と家柄を笠に着て、清らかで心優しいデルフィーヌを陰で虐げてきた! その証拠に、彼女は毎夜のように私の腕の中で涙していたのだ! 君のその氷のように冷たい心では、愛を知らぬ君では、この国の民に寄り添うことなどできはしない! そんな君に、未来の国母たる王族の妃の資格はない!」


身に覚えのない罪状のオンパレード。前世、日本の霞が関で理不尽な案件に忙殺され、三十代半ばで過労死した元弁護士でなければ、衝撃のあまり卒倒していたかもしれない。だが、今の私、公爵令嬢エレオノーラの心は、驚くほど静かに凪いでいた。それどころか、心の奥底から湧き上がる歓喜と高揚感で、胸が打ち震えるのを抑えるのに必死なくらいだった。


(ありがとう、世間知らずの王子様。その見事なまでの茶番劇、特等席で待っていました!)


この、美しくも窮屈な鳥籠。公爵令嬢という役割に与えられた、決められたレールの上を歩くだけの人生に、ようやく終止符が打てる。自由への扉が、今、目の前でゆっくりと開かれようとしているのだ。


私は扇で含み笑いのこぼれる口元を隠し、必死に上がろうとする口角を抑えつけながら、完璧な「悲劇のヒロイン」を演じる。震える声、潤んだ瞳。王立アカデミーの演劇の授業で、貴族の子女のたしなみとして習わされた演技力が、まさかこんな形で役に立つとは。


「……まあ、ユリウス様。あまりに、一方的な……いったい、私がいつ、どこで、デルフィーヌ様を虐げたと仰るのですか……?」


か細い声で問い返すと、ユリウスは一瞬言葉に詰まる。私に一切の心当たりがない以上、具体的な証拠などあるはずもないのだから当然だ。


「まだ言うか! デルフィーヌがどれほど君に怯え、心を痛めていたことか! 僕の愛は、真実の愛は、デルフィーヌと共にあるのだ!」


(真実の愛、ね。結構です。それは法廷で何の役にも立ちませんから)


心の中で冷たくバッサリと切り捨て、私はこの第一幕を締めくくる最後の一手を打つ。これは、この先の法廷闘争を圧倒的有利に進めるための、最も重要な布石。


扇を強く握りしめ、貴族の令嬢としての作法の全てを注ぎ込み、優雅に膝を折る。計算された角度で顔を伏せ、一筋の涙をはらりと頬に伝わせた。床の大理石に落ちた雫が、小さな染みを作る。


「殿下のお覚悟、しかと……受け取りました。ヴァイス公爵家とアストレア王家の婚約は、古くからの盟約に基づくもの。軽々しく扱われるべきではございません。どうか、どうか……法に則り、正式な手続きをもって、この関係を清算させてくださいませ」


私の悲痛な(ように見える)訴えに、ユリウスは一瞬怯んだ。おそらく、「泣いて非を認め、許しを乞う」以外の反応を想定していなかったのだろう。だが、隣のデルフィーヌに「毅然となさってくださいませ、殿下」と甘い声で囁かれ、彼は正気を取り戻す。


「……よかろう! 君がそう望むなら、その小難しい正式な手続きとやらを踏んでやる! 僕たちの真実の愛の勝利は、誰にも、何にも覆せはしないのだからな!」


(言質、承りました)


私は深く、深く頭を下げ、その長い睫毛の影で、内心のガッツポーズを完璧に隠しきった。


法廷という名の、新たなステージで会いましょう、殿下。あなたのその「真実の愛」とやらが、いかに無力で無価値であるか、この私が証明して差し上げます。


◇ ◇ ◇


自邸に戻る馬車の揺れは、思考を巡らせるには心地よかった。窓の外を流れる王都の夜景には目もくれず、私はすでに「公爵令嬢エレオノーラ」の仮面を脱ぎ捨てていた。頭の中は、前世の「弁護士」としての冷徹な思考が、水を得た魚のようにフル回転を始めている。


まず確認すべきは、契約書だ。あの婚約が、単なる口約束ではなく、両家の利害と義務、そして権利が複雑に絡み合った「契約」であるという事実。それこそが、私の最大の、そして最強の武器になる。


自室に戻るや否や、心配そうに付き従うメイドたちを「少し一人で考えたいの。下がってちょうだい」と穏やかに、しかし有無を言わせぬ口調で下がらせる。そして、部屋の奥にある重厚な金庫へと向かった。ダイヤルを合わせ、ずしりと重い扉を開けると、そこには分厚い羊皮紙の束が厳重に保管されていた。


『ヴァイス公爵家及びアストレア王家間における婚姻に関する契約書』


蝋燭の揺れる光の下、私はその束を机の上に広げた。回りくどく、華美な修飾語に満ちた貴族特有の言い回し。だが、その本質は法的な拘束力を持つ文書だ。一つ一つの条文を、法務担当者としての鋭い目で精査していく。インクの微かな匂いと、羊皮紙の乾いた感触が、眠っていた闘争本能を呼び覚ます。


(あった……これだ)


指先が、ある条項の上でぴたりと止まった。


第37条第4項「正当な理由なく、一方の都合により本契約を破棄する場合、破棄を申し出た側は、相手方に対し、婚約に際して取り交わされた結納金の三倍に相当する違約金を支払うものとする」


口元が自然と綻ぶ。さらに読み進めると、付帯条項の中に「相手方の名誉を公の場で毀損する行為があった場合」「婚約期間中に不貞行為が確認された場合」の損害賠償請求に関する記述も見つかった。勝てる。いや、圧勝できる。これはもう、勝負ですらない。茶番劇だ。ただの債権回収だ。


問題は、証拠。ユリウスがデルフィーヌと不貞を働いていたこと、そしてそれが原因で私に精神的苦痛を与え、公の場で名誉を毀損したことの、誰にも覆せない客観的な証拠が必要になる。泥臭い仕事も伴う。貴族の子女が手を出せる領域ではない。


(プロに頼むのが一番確実で、早い)


翌日、私は侍女にも行き先を告げず、質素ながらも上質な街着に着替え、お忍びで王都の一角にある「司法ギルド」を訪れた。貴族間の揉め事を中立の立場で調停する、この国では比較的新しい組織。慣例と血縁と派閥が物を言う古臭い貴族会議より、よほど話が通じるはずだ。


石造りの重厚な建物は、伝統と革新が同居する不思議な空気をまとっていた。応対してくれたのは、カイ・アーベントロートと名乗る、切れ長の瞳が印象的な男性だった。平民出身でありながら、その卓越した知性で王立大学法学部を首席で卒業し、最年少で調停官補佐の地位に就いた切れ者だと、以前パーティの席で聞いたことがある。無駄のない所作と、全てを見透かすような鋭い瞳。値踏みするような視線が、私に注がれる。


「これはこれは、ヴァイス公爵家のエレオノーラ様。このような場所に、一体どのようなご用件で?」


探るような視線を真っ向から受け止め、私は単刀直入に告げた。


「婚約破棄に伴う、損害賠償請求の代理人を依頼したいのです。相手は、アストレア王家」


彼の目が、興味深そうにすっと細められた。面白いおもちゃを見つけた子供のような、それでいて獰猛な肉食獣のような光が宿る。


「……面白いことを仰る。王家を法で裁くと? 前代未聞です。一歩間違えれば、貴女はおろか、こちらの首まで飛びかねませんよ?」


「私が勝てば、協力者であるあなたの名声と、なりより司法ギルドの権威は飛躍的に高まる。そして、法の下の平等の理念が、この国に根付く大きな一歩となる。あなたは、法治国家を謳いながら、旧態依然としたこの国の貴族社会を、心の底では変えたいと思っているはず。この一件は、そのための絶好の機会になるのではありませんか?」


私の言葉に、カイは初めて口の端を愉しそうに上げて笑った。


「……参ったな。そこまでお見通しとは。あなたのような方は初めてだ。謹んでお受けしましょう、エレオノーラ様。ただし、これは茨の道ですよ。王家を敵に回す覚悟はおありで?」


「望むところです。茨の道は、踏み分けた先にこそ、美しい景色が広がっているものですから」


◇ ◇ ◇


カイはまさにプロフェッショナルだった。彼の指揮のもと、ギルドの腕利きの調査員たちが密かに動き出すと、パズルのピースがはまるように、証拠は瞬く間に集まっていった。まるで腕利きの間者か密偵だ。調査員の中には、盗賊ギルドから引き抜かれた実力者も少なくないという。こればかりは貴族の子女の手には終えない。やはり頼って正解だった。


まず確保したのは、ユリウスがデルフィーヌに貢いだ高価な宝飾品の購入記録。その足取りを追うと、王宮御用達の宝石商に行き着いた。調査員が慎重に接触すると、主人はあっさりと裏帳簿の存在を認めたという。王太子からの無理な要求と圧力に、かねてより不満を抱いていたらしい。そこには、代金が国庫から不正に支出されたことを示す、決定的な記録が残っていた。


さらに、二人が王宮の離宮で幾度となく密会していたという、複数の衛兵からの詳細な証言も確保できた。デルフィーヌが王宮に上がる際、偽名を使っていたことまで。


全ての証拠を精査し、私は最終的な「婚約不履行に伴う損害賠償請求及び慰謝料請求書」を作成した。違約金、慰謝料、公衆の面前での名誉毀損に対する賠償金。その合計額は、小国の国家予算に匹敵する天文学的な数字になった。


私が完成させた請求書に目を通し、カイは感嘆の息を漏らした。


「……完璧だ。法と証拠に基づき、反論の余地が一切ない。まるで芸術品です」


「ええ。だからこそ、相手はこれを無視するでしょう。次の一手も、すでに考えてあります」


私は完成した請求書にヴァイス公爵家の印を押し、王家へ送付した。そして、想定済みの傲慢な反応を、静かに待った。


案の定、数日後に王家から届いた返答は、こちらの請求を「不当かつ無礼千万」と一蹴する、国王の尊大な署名が入った一枚の書簡だった。「訴えを取り下げるならば不敬罪は不問に処す」との一文から、先方の後ろめたさが透けて見える。


(想定通り。では、こちらから仕掛けましょう)


私はカイを通じて、正式に司法ギルドへ「公開調停」の申し立てを行った。王家の横暴と不正を、白日の下に、民衆の目の前で裁くために。前代未聞の申し立てはギルド内で大論争を巻き起こしたが、最終的にはカイのつけ入る隙のない理路整然とした主張と、調査の過程で高まっていた世論を無視できず、受理されることとなった。


公開調停の当日、ギルド内で最も大きなホールは、開廷前から異様な熱気に包まれていた。傍聴席は、好奇の目にぎらつく貴族や、固唾をのんで成り行きを見守る民衆で埋め尽くされている。ステンドグラスから差し込む光が、床に色とりどりの模様を描き、舞い上がる埃をきらきらと照らしていた。


ユリウスとデルフィーヌは、どこか余裕の表情で被告席に座っていた。自分たちが断罪される側だという実感がわいていないらしい。王家の権威という分厚い鎧が、自分たちを永遠に守ってくれると信じきっている顔だ。


調停官の厳かな開会宣言の後、まずユリウスが声高に口火を切った。


「そもそも、これは愛の問題だ! 私とデルフィーヌは真実の愛で結ばれている。それを金銭で汚そうなど、エレオノーラ嬢の心が卑しい証拠に他ならない!」


傍聴席から、デルフィーヌへの同情的な声がいくつか上がる。デルフィーヌはそれに合わせ、涙を浮かべてか細い声で呟いた。


「私が至らないばかりに、エレオノーラ様を不快にさせてしまいました……この愛が罪だというのなら、甘んじて罰を受けますわ」


完璧な悲劇のヒロインの演技だ。だが、その手はここでは通用しない。法廷は劇場ではないのだ。


「異議を申し立てます」


私の声がホールに響き渡ると、その場の全ての視線が一斉に集まる。私はゆっくりと立ち上がり、調停官に向かって告げた。


「ユリウス殿下の主張は、本件の本質とは全く関係ありません。感傷的な恋愛論に論点をすり替えるのはおやめいただきたい」


きっぱりと言い放つと、場の空気がぴりりと引き締まった。


「本件の争点はただ一つ。契約不履行に基づく、正当な損害賠償請求です。そして、ユリウス殿下の言う『愛』は、法的免責事由にはなりません。これは法治国家における、法的な手続きです」


それに、と私は続ける。


「その輝かしい『真実の愛』を育むために使われた資金の出所について、ご説明いただけますか?」


私は第一の証拠として、ユリウスがデルフィーヌに贈ったネックレスの精巧なスケッチと、宝石商の購入記録を提示した。


「この『妖精の涙』と呼ばれる首飾りは、アストレア王家に代々伝わる国宝に指定されているものです。なぜそれが、デルフィーヌ嬢という一個人の所有物となっているのでしょう?」


ユリウスの顔から、さっと血の気が引いた。


「そ、それは……父上である国王陛下から、デルフィーヌに贈ることを許されたもので……」

「では、こちらの証拠をご覧ください」


私は間髪入れずに、国王がその時期、隣国へ長期視察に出ており、国内に不在であったという王宮の公式記録を突きつける。さらに、宝石商の主人が記した裏帳簿の写しと、彼の宣誓供述書を読み上げた。


「『第二王子殿下より、代金は国庫から支払うよう強い指示がございました』。殿下。これは業務上横領という、重大な犯罪行為にあたります。あなたの清らかな『愛』は、国民の汗と涙である血税によって、その輝きを保っていたのですよ」


私の冷徹な追撃に、ユリウスは言葉を失い、ただ口をパクパクとさせている。隣のデルフィーヌは顔を真っ青にして震えていた。


「わ、私は……殿下がくださるというから、いただいただけで……国宝だなんて、そんなこと、全く知りませんでしたわ!」

「知らなかった、では済みません。デルフィーヌ嬢」


私は次の証拠を提示する。デルフィーヌが、彼女の数少ない友人に宛てた手紙の写しだ。


「『ついに、あの国宝である“妖精の涙”を殿下から賜りましたの。これで私も、真の妃殿下に一歩近づいたというわけね』。あなたは、その首飾りが国宝であることを明確に知っていましたね? そして、それを悪用して自らの地位を高めようとしていた。これは詐欺罪の共犯とみなされても、文句は言えません」


私は次々と、しかし冷静に、衛兵たちの証言、離宮の利用記録、偽名の使用といった証拠を提示し、二人の嘘と欺瞞を、論理という名のメスで徹底的に切り刻んでいった。彼らが拠り所にしていた「王家の権威」や「真実の愛」といった曖昧で脆い盾を、法と事実という名の重い槌で、一片残らず粉砕していく。


形勢は、完全に、そして絶望的に逆転した。傍聴席は、先ほどまでの同情的な雰囲気から一転、今や二人への怒号と非難の声で満ちている。王家の権威は失墜し、民衆の信頼は地に落ちた。


調停の結果は、言うまでもなく私の完全勝利だった。


ユリウスは、国庫流用の罪と王家の権威を著しく失墜させた責任を問われ、王位継承権を剥奪された上で、辺境の修道院への幽閉が決定した。デルフィーヌも、悪質な詐欺罪の共犯として裁かれ、貴族の身分を剥奪された上で、生涯を鉱山での強制労働に服すことになった。


そして私には、請求額満額の慰謝料が支払われることが決定した。それだけではない。カイの機転の利いた交渉により、デルフィーヌに渡っていた国宝級の宝飾品は全て国に返還されることとなり、その功績を称えられ、慰謝料の一部として王家が所有していた風光明媚な湖畔の土地の所有権まで、私が得ることになったのだ。


◇ ◇ ◇


数日後、追放刑が執行される直前に、やつれ果てたユリウスが私の前に姿を現した。もはや王子の威厳はなく、ただの哀れな男だった。


「エレオノーラ……僕が、僕が全て間違っていた。君の言う通りだったんだ。どうか、もう一度……もう一度だけ、チャンスをくれないか」


「もう遅いのです、ユリウス殿下」


私は、彼の言葉を静かに、しかしきっぱりと遮った。その瞳には、もはや憐憫の色すら浮かばない。


「あなたは、私に負けたのではありません。あなた自身の愚かさと、無知と、傲慢さに負けたのです。私とあなたの間には、もはや何もありません。過去も、未来も」


後悔と絶望に顔を歪める彼に一瞥もくれず、私は静かに背を向けた。背後で何かが崩れ落ちるような音がしたが、振り返ることはなかった。


◇ ◇ ◇


それから半年後。


私は、あの湖畔の地に建てた瀟洒な館の執務室で、法律相談に関する書類の山に目を通していた。窓の外では、澄み切った湖面が太陽の光を浴びて、ダイヤモンドのようにきらきらと輝いている。隣では、法律事務所の共同経営者となったカイが、新しい判例集を読み込みながら、時折鋭い意見をくれる。私たちはここに、地位に縛られることなく法の下の平等を体現するための「虐げられる女性のための法律相談所」を開設したのだ。


コンコン、と控えめなノックの音。


「どうぞ、お入りください」


入ってきたのは、まだ若く、しかしその顔には深い疲労と絶望の色を浮かべた子爵夫人だった。夫の度重なる暴力と浪費に耐えかね、最後の望みを託してここへ来たのだという。


「夫は、もし私が家を出るなら、結婚の際に私が持参した財産は一銭たりとも渡さないと……実家も、夫の権勢を恐れて頼ることができず、私はどうしたら……」


俯いて涙をこぼす彼女に、私は優しく、しかし何よりも力強く告げた。


「ご安心ください、奥様。あなたの持参金は、法的にあなたの固有財産として認められています。夫君であろうと、それを不当に奪う権利は一切ありません。それに、暴力の証拠はありますか? 医師による診断書や、事情を知る使用人の証言は?」


私の具体的で法的な質問に、子爵夫人は驚いたように顔を上げた。その瞳に、微かな希望の光が宿る。


「は、はい、ここに……」


彼女が震える手で差し出した書類の束と、途切れ途切れに語られる痛ましい状況を、私は冷静に分析していく。そして、隣の頼れるパートナーと視線を交わした。


「カイ、お願いできる?」

「お任せを。裏付け調査と、相手方への通告準備にすぐ取り掛かります」


カイの迅速な機動力と、私の緻密な法理論。この組み合わせは、もはや鉄壁だ。


一週間後。私たちが作成した、慰謝料請求と財産分与を求める法的根拠を詳細に明記した書状が子爵の元に届くと、彼はすぐに音を上げた。裁判になれば、社会的地位も財産も、その暴力的な性癖も全てが白日の下に晒されると、ようやく理解したのだろう。子爵夫人は、自らの持参金以上の財産と、何物にも代えがたい自由を手に入れることができた。


「先生、本当に、本当にありがとうございました……!」


深々と頭を下げ、涙ながらに感謝する彼女を温かく送り出した後、私はカイが淹れてくれた薫り高い紅茶を一口飲んだ。窓の外に広がる、風にそよぐ木々と、穏やかな湖面を眺める。


「王太子妃になるより、ずっとやりがいのある、素晴らしい仕事だわ」


富と、名誉と、そして誇れる仕事。何より、誰にも縛られることのない、私自身の意志で切り拓く自由。私はこの手で、最高のセカンドライフを掴み取ったのだ。


華麗なる人生の逆転劇の幕は、まだ上がったばかりだ。さあ、次の依頼人は、どんな理不尽に涙しているのだろうか。

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