【天使】養殖(5)
「さあ、答えてください!」
群衆の大波を背にした少女のこの剣幕に、まずひとこと、
「生意気なやつ」
て、裂けたみたいな笑み浮かべた【神女】は、
「よかろう。聞かせてやらむそかり、歩みながら話さむ」
少女のわきを平然と通りすぎ、人海の前に立つ。
かかげられた群衆の腕が威圧するみたいに波だちよったものの、【神女】の冷ややかな一瞥で瞬時に凪いだ。
「【天使長】、背を貸せそかり」
「へえ」て答えてすごすごと【天使長】が彼女の前にひざまづき、貧相な背後をさらすと。
とん。その背を蹴り跳んだ【神女】が、なめらかな両脚舞わせて人波の上に降り立ち、差し上げられた無数の手のひらの上をそのまま大股で歩んでいくのを、少女と襟紗鈴は目ぇかっぴらいて見つめてよる。
「……ほな、わても。お嬢やんがた、お先に御免なはれや」
ヴン。薄手のコートの裾が立てる風切り音。アニメの忍者みたいな動き。ふぬけた容貌から想像もつかん、一瞬コマ落としの映像に見えたほどの速度で【天使長】がこちらは正面から、群衆の中へ飛びこみ、波打つ人々にほとんど触れるか触れぬまま衣ずれかすかに隙間を縫い去っていく。
「ある島国に、ある平野がありそかり……」
声がなみはずれて通るんか? それともさっきのあのキス……【天使爆弾】の影響か?
遠ざかりながらも【神女】の声は、少女の鼓膜に明瞭に響き取れた。
「狭い列島において有数の広さを持つその平野で、ある人造言語が設計された。名を【標準弁】という」
「いや【神女】はん、そこはさすがに『標準語』やおまへんか……?」
「もともとが『標準』にして従順なる安価な労働力や兵力を緊急生産するための『自我剥奪言語』……。時をへた現代においても【準民】は朝夕飽きもせずラッシュ時に貨物のように運ばれ、横断歩道では緊急車両が来ても黙々と渡りつづける。山羊か? 豚か? まこと汝らは家畜にてそかり、この平野に造られた『人間牧場』に飼われおる『畜人』と呼ぶにふさわしき」
ひと呼吸おいて、
「怒ったか?」
「怒ってません……!」
て、少女はのどに力こめて言い返しよった。
「ただこう思うだけです、『あわれな人だ』って……!」(『【天使】養殖(6)』に続)