小さな勇者
本羽 香那先生主催の【一足先の春の詩歌企画】参加作品です
キーワード:「桜」「ランドセル」
梅が咲き沈丁花が香り彼岸桜が咲いて、また春が来る。
もうすぐ桜が咲き真新しいランドセルを背負った子ども達が道路を行き交う季節がやってくる。
春になるたび思い出す。
小さなあの子の後ろ姿。
◇ ◇ ◇
上の子が小学校に上がり電車通学をする子を送迎する事になった。下の子を抱えて送迎する毎日。
ある日、出かける直前にアクシデント(育児あるある)があってお迎えに遅れてしまった。私は最寄り駅までベビーカーを押して慌てて改札前に駆け込んだ。
到着してまもなく子どもは駅の改札から出てきた。「遅れてごめんね……」と私が謝る前に子どもは一言。
「お母さんはもう迎えに来なくていいからっ!」
そう言って、ぷいっと駅から出ていってしまった。
ちょっと待って!
と声を掛けようとするも子どもの姿はどんどん小さくなる。
私は重いベビーカーを押しながら慌てて追いかけた。遅れた申し訳なさと置いていかれた苛立ちをごっちゃにした気持ちを抱えながら。
バチッバチッとベビーカーの車輪が花殻と桜の実を潰していく。その音と桜の実が今でも目と耳に不思議と焼きついている。
通行人を抜かしながら早足で追いかけていくとようやく子どもの姿が見えてきた。思いの外、足が早くてなかなか追いつけない。
ちょっと待ちなさい!
と声をかけようとして。あの子の後ろ姿を見て私は口を閉じた。私が思っていたより子どもの姿が小さいのに驚いて。そういえばこの子の後ろ姿を見るのはいつぶりだろうか。
同年代の子どもより頭一つ小さな身体。
身体の半分近くを覆うランドセル。
まだもみじの様に小さな手が握る不釣り合いに大きくて重そうなサブバッグ。
しっかりしている子だと思っていた。
でも。こんなに小さな身体だったんだ。まだ幼いのに。登下校だけでも大変だろうに頑張っている子を叱ろうとするなんてと罪悪感に胸が痛くなる。小さな子に電車通学させるなんて酷な事をさせてるのではないかと後ろめたさも感じた。そうして俯いてから改めてみたその子の後ろ姿に私は目を見開いた。
背中をぴんと伸ばし歩く後ろ姿。
その姿は誇り高く。
まるで戦いに赴く勇者のようだった。
この子は毎日、学校という新しい環境、戦場で沢山頑張っているんだ。こんなに頑張っている子にこれ以上、何を期待するのだろう。
そう想いながら眺める少しぼやけた背中は徐々に大きくなり、いつしか横に並んだ。
「今日ね、電車の中で言われたの。『小さいのにえらいね』って。」
そっか、褒められて嬉しかったんだね。うん、お母さんもそう思うよ。貴方は本当に偉いよ。
◇ ◇ ◇
それからも色々な事があった。
電車を乗り過ごして泣いちゃったり、電車の中に傘を忘れてしょんぼりとして帰ってきたり。電車の事故で一つ前の駅まで急遽迎えに行ったりもした。
あれから何年たっただろう。
小柄な勇者の冒険はまだまだ続く。
今はリケジョを目指す旅をしている勇者。
テストは大丈夫なのか、単位は落とさないかと頼りない母は後ろでわたわたしているだけだけど。それでも。
頑張れ!小さな勇者!
お母さんは貴方の冒険を応援しています。そして祈ります。勇者に幸あれ、と。
後ね、辛い事や悲しい事があったらいつでも冒険から戻ってきて良いんだよ。頼りない親だけど話はいつでも聞くからね。
◇ ◇ ◇
春になるたび思い出す。
小さなあの子の後ろ姿。
私が忘れてしまわない限り、いなくならない限り、これからもずっと思いだすのだろう。
春近き 桜見上げる 眼裏に
ランドセル背負う 小さき勇者
春に新しい世界へ旅立つ全ての勇者の方々に幸せがありますように。
背中を押してくれました「一足先の春の詩歌企画」を主催された本羽 香那先生に心からの感謝を。
3/6午前 エッセイジャンル初のベスト5入りです。ご評価頂きありがとうございます。




