第55話 04 幻影都市に墜ちる少女
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もちろん、エリーサは外の世界でどのような戦況が繰り広げられているのかを知る由もなかった。
今の彼女は、まるで見えない手によって天穹へと放り投げられたかのように、制御を失ったまま落下していた。激しい失重感に身体は空中で引き裂かれるように翻弄され、手に込めた魔力の攻撃もすべて逸れ、花火のように虚しく弾け散る。
だが、敵影は一歩一歩迫ってきていた。鎌の冷たい光が閃き、それはまるで死神の爪が伸びてくるかのようだった。
「お願い……早く場面を切り替えて……お願い!」
エリーサは心の中で狂ったように祈った。その声は心臓の鼓動をかき消すほどに大きい。
盾が粉々に砕け、鎌の刃が彼女の瞳に届くまで残りわずか一センチ――その瞬間、世界は唐突に崩壊した。
光と影が反転し、景色は瞬時に切り替わる。気づけば彼女は都市の中心に立っていた。真っ直ぐに延びる大通り、響き渡る車の音、周囲にそびえ立つ近代的な高層ビル。そのあまりにも見慣れた光景に、エリーサは思わず息を呑んだ。
「ここ……私の家の前?」エリーサは驚愕の声を漏らす。
まさか、これまでの荒唐無稽な光景はすべて、自分の記憶の奥底から幻術によって編み出された虚像なのか?
だとすれば、この徐々に現実味を帯びつつある街並みは……幻術の世界が少しずつ補完され、完全に彼女を取り込もうとしている証ではないのか。
その事実に気づいた瞬間、彼女の心臓は強く締め付けられた。
――このまま囚われれば、他者を救うどころか、自分自身が偽りの世界に完全に閉じ込められてしまう。
思考を巡らせる間もなく、大地が突如として震え、厚いコンクリートの路面が波のように裂けた。亀裂から数体の鎌を持った敵が勢いよく飛び出し、まるで影の中のモグラのように執拗に迫ってくる。
「お前たち……しつこいモグラか!」
エリーサは怒りに歯を食いしばり、即座に反撃を開始した。木の魔法の蔓が地面から飛び出し、鎖のように敵を絡め取る。続けて炎が猛々しい火竜となって、烈しい熱風と共に襲いかかった。
だが――敵影は炎に包まれても無傷だった。攻撃はまるで泥に消えるように効果を示さず、かすり傷一つ与えられない。仕方なく、エリーサは急いでビルの中へ駆け込み、高所の窓を利用して反撃を試みる。
次の瞬間、敵たちは灰色の武器を掲げ、刃のような斬撃を暴雨のごとく解き放った。砕け散る窓ガラスの破片と風が渦を巻き、一瞬にして階全体を呑み込む。防御の盾は瞬時に粉砕され、さらに一撃が彼女をビルの上から叩き落とした。
肺から空気が激しく絞り出され、視界は逆さに揺れ動く。エリーサの身体は糸の切れた凧のように地面へと墜ちていく。
「どうすれば……何か方法を……!」
エリーサは心の中で叫ぶ。
もし自分にシャーのような冷静さと知恵があれば。あるいはフィードのような鋼鉄の耐久力があれば。いや、ニックスのようなほとんど無敵に近い戦闘力さえあれば……。
だが現実は――
彼女はただのエリーサ。
そんな自分は、本当に仲間の足を引っ張っているだけなのだろうか。
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